ハッピーエンドになる人魚姫の話(笑)





 「何だと・・・?」
「王女から話を聞いて、王女を脅していた吠塔国のスパイである清一色をとっ捕まえようと数人の衛兵で奴の部屋に突入したが、もぬけの殻だったんだ。
 船中を捜させたところ、救命ボートが1つ消えていたってワケだ」
「クソ・・・」

 船は、八百鼡姫の国の沿岸沖をなぞるように西へ向かっており、円を描くように南下する予定ですが、そのまま西へ行けば、吠塔国の領海です。
 恐らくはそこに、吠塔国の海軍が、清一色を匿うべく待機しているに違いありません。
 そこまで逃げられては、こちらは手も足も出ません。
 それを聞いた計都は、伏せていた身体を、痛みを堪えて起こしました。

「おい、まだ寝ていろ」
「王子様・・・どうか、私を行かせて下さい。お願いですから・・・」
「姫・・・」

 その真剣な表情に突き動かされたのでしょうか。

「無理は、するなよ・・・」
「有り難うございます」

 微笑むと、傍のチェストに置いていた竪琴を手に、船室を出たのです。
 肩と足の痛みを堪えながらも、急ぎ足で向かった先は、甲板。
 手にしていた竪琴を、静かに爪弾きます。
 すると――

「計都!どう、上手くいったの?」

 次々と海面に浮かび上がる人影。
 計都が人魚へと戻る事を信じていた姉君達です。

「今はそれよりも、お姉様方にお願いがあるんですの――・・・」








 月に照らされた海面を漂う、小さなボート。

「やはり、お姫様には荷が重過ぎましたかネ・・・フン、まあいいでしょう・・・
 ちょっと予定より早く船を出る羽目になりましたが、概ね予定通りですネ」

 蛇のような目つきの男が、西へとボートを漕いでいました。
 目指す先、吠塔国の領海には、海軍の船がカンテラを照らしているので、広い海の中でも迷うことはありません。
 ――と、

「・・・・・・?」

 突然、利かなくなった舵に、清一色は訝しげに眉を顰めます。
 固定具に何か挟まったかと見やった時、



 ドンッ
 ザバ――ンッ




「!?っ・・・」

 救命ボートに何かがぶつかり、不意を突かれた形で清一色は海へと投げ出されました。
 慌てて海面へ顔を出そうとしましたが、

「貴様は上に返すわけにはいかんな、下衆めが」
「妹のたっての頼みだ。姉としては聞いてやるべきだろう?」
「ま、あの通り可愛いノコギリウオ達が貴様の船如き木っ端微塵だから、戻ろうったってそうはいかねぇがな。ん?」

 見目麗しい、ですが凍りつくような酷薄な笑みを浮かべる、3人の女性。
 水を掻くことの出来ない足元を見れば、更に2人の女性が、白い腕を足に絡みつかせ、がっちりと固定しているのです。
 いえ、それは人ではない――

(に、人魚――・・・ッ!!)
「ようこそ、海の世界へ――(×5)」








 そして再び甲板の上。
 姉君達に清一色の始末を頼んだ計都が、部屋へ戻ろうとした時――

「っ・・・・・・!」

 物陰から現れたのは、計都を心配する余りついて来た王子。
 そう、姉君達を呼び、会話をするところを、全て見られていたのです。
 自分が人魚と知れば、王子は自分を突き放すでしょう。
 もう、ここには――海の上の世界には、いられません。

「・・・っ」

 咄嗟に海へ身を投げようと、計都は船の縁に足を掛けました。

「待て、姫!」
「お放し下さい!貴方様のお心が得られなければ、私は海の泡になるしか・・・」
「心が得られないと、なぜ決め付ける!?」
「え・・・?」

 力の緩んだところを、船の縁から引き剥がし、力一杯抱き締めます。

「お前が何処から来たのであろうと、俺の命の恩人である事には変わりねぇ。
 それに、それ以前から――お前を海岸で助けた時から、ずっと惚れていた――」
「・・・・・・!」

 思いもよらない、王子の告白。
 言葉を話せなかったあの頃から、ずっと自分を想っていてくれていたとは。

「父王には、すぐに知られた。あの人はぼんやりしているようで、結構勘はいいからな。
 その上で、釘を刺された。
 『貴方はいずれ国王となる身、幾らその娘が気品と気立ての良さを兼ね備えていても、口の利けない以上、王妃としての務めは果たせないでしょう。せめて第二夫人とし、正妃には別の人をお選びなさい――』とな」
「・・・・・・」
「だが、こうしてお前が声を出せるようになった以上、父王にだって文句は言わせねぇ。
 明日の朝、港に着いたらすぐ婚礼の準備だ。なに、既に父王が手配しているだろうが、ウェディングドレスを着る人間が変わるだけの事だ」
「王子様・・・っ」








 その後、王子の言葉通り、王子と八百鼡姫の為に準備されていた婚礼の支度は、王子と計都のものへと変えられました。
 八百鼡姫のした事は公には伏せられる代わりに、王女の国は王子の国の従属国として資金力を提供する一方、少ない軍事力を補うべく王子の国から軍隊が派遣され、特に吠塔国との国境は厳重に守られるようになりました。
 そんな中、婚礼祝いに湧く城の客間では――・・・

「おや、当てが外れたって顔をしてますね?
 王子を失って哀しみにくれているとでも思っていましたか?」
「んー?何の事かナ?
 ま、一筋縄ではいかないとは思っていたからネ。取り敢えずここは大人しくしとくヨ♪」
「生憎と、あの子も私に似てしぶといですから。
 あ、隣の国の国王夫妻に盛られた毒も、こちらの優秀な科学者により解毒させましたので、一応報告しときますよ」
「いーよ、端から興味ないから、あんな小国」
「ですよねぇ♪」
「フフン」
「フフフ」

 仲が良いのか悪いのか、そんな寒い会話を繰り広げる2国の王の姿がありましたとさ――








 今日も計都と王子は、日課の海岸の散歩を続けます。
 足の痛みは今尚続くのですが、

『この足があってこそ、貴方様の傍にいられるんです。その幸せの証ですわ・・・』

 そう言うことで、下手をすれば24時間自分を抱きかかえて移動しかねない王子を、無理矢理納得させているのでした。

「あ・・・」

 海の向こう、沖の岩陰に、ちらりと見えた5つの顔。
 次の瞬間には波間に消えたそれに向かって、心の中で呟きます。

(ごめんなさいお姉様方・・・私は幸せですから、どうか心配なさらないで・・・)








―了―
清一色の最期が何気にエグい(爆)。
まーあれでこそ人魚の本性なんですが。
そして当の黒幕はノーダメージという(怖)。ハッピーエンドなんだけど、これで良いのかとうか、という代物。
そしてここでは触れていませんが、八百鼡ちゃんは別の国の王子様(勿論紅王子)と結婚するんです。



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