ハッピーエンドになる人魚姫の話(笑)





 姉君達から短剣を渡された日からというもの、計都にとってまんじりとしない日が続きました。
 そして月日は流れ、航海の日。
 計都は、王子の付き人として船に同乗することを許されました。
 ――というよりは、あくまでも王子の客人として傍に置くことを、王子が押し切ったという方が正しいのですが。

(こんなに私の事を信頼して下さる王子様を殺すなんて・・・)

 出来れば、王子が八百鼡姫の事を断ってくれれば良いのですが、隣の国は資源が豊かであり、2国間の交流が深まれば国民もその恩恵に与れるとなると、自然と周囲からは2人の結婚を支持する声が高まってきます。
 今も、船内の広間ではダンスパーティーが始まり、王子のお付きの者達がしきりに、八百鼡姫をダンスに誘うよう王子をせっついているのです。
 けれどそんな大人達を一睨みすると、王子は引き止める手を振り切って、広間を後にしました。
 残された者達は、困惑気味に顔を見合わせていましたが、隣国の使者達もいる手前、パーティーを盛り上げようと努めることにしたようです。
 程なくして、広間は華やかな音楽と香水の香り、そして人々の熱気で溢れ返ったのでした。
 こうなると、きっと夜更けまで飲んで踊り明かすのでしょう。
 知る人のいないパーティー会場の中、計都は所在なさげに周囲を見渡します。
 と、

(あれは・・・八百鼡様?)

 辺りの様子を窺いながら先程王子が出て行ったドアへと近付き、するりと出て行ったのは、確かに隣国の王女と紹介された八百鼡姫。
 色とりどりのドレスを着た女性達が華やかに舞い踊る広間では、その事に気付いた者は自分以外は誰もいないようで、
 何となく自分が魔女に会いに行った時と似た状況だと感じた計都は、漠然とした不安に駆られ、同様にこっそり広間を抜け出したのです。
 けれど、広間の外も人がたくさん出入りしており、姫がどちらへ行ったのか、皆目検討もつきません。
 当てもなくあちらこちらを探す計都が、廊下の角を曲がった時、

「キャッ!?」
(っ!?)



 カラン、カシャン



 危うくぶつかりそうになったのは、当の八百鼡姫。
 その拍子に、互いが持っていた手提げ袋が床に落ち、中身が散らばったのです。

(大変・・・!)

 幾ら王子の客人扱いとはいえ、一国の王女に失礼な振る舞いをすれば、下手をすれば不敬罪で処罰されかねません。
 慌てて彼女の手提げ袋を拾おうと膝を突いた時。

(え・・・?)

 驚きに、計都の手が止まりました。
 王女である八百鼡姫もまた、慌てたように腰を屈め、足元の小物を掻き集めたのです。
 誰もいない場所であればいざ知らず、身分が下の者がいる前で取る行動ではありません。
 戸惑う計都を余所に、八百鼡姫は小物を入れ直した袋を手に立ち上がり、

「貴女は、確か『沈黙の姫君』と王子様達が仰っていた方ですね?
 私は大丈夫ですから、気になさらないで下さいね?」

 それだけを言うと、小走りにその場を立ち去ったのです。
 残された計都は、何が何だか解りませんでしたが、我に返って自分の小物を拾おうとして、

(・・・あら?)








 船室の最奥、貴賓室のドアへと続く通路。
 人目を避けるように、そっと足音を忍ばせて歩く人影。
 ドアの前に辿り着くと、前以って手に入れておいた合鍵で中へと潜り込みました。
 船室は真っ暗ですが、今日は月が明るく、眼が慣れてくると影は奥へと進んで行きます。
 豪奢な寝台から見えるのは、僅かな月光を弾き存在感を示す金糸の髪。

(王子様・・・)

 その人物は、携えていた手提げ袋から短剣を取り出すと、両の手で柄を握り締め、

(申し訳ございません。お許しを・・・!)

 大きく振りかざしたその時、



 ドンッ



「きゃっ!?」

 静かだった寝室に響く女性の声、
 絨毯の敷かれた床の上で、複数の人物がもつれ合う音、

「誰だ!?」

 声と音と気配で目を覚ました王子が、窓辺のカーテンを勢いよく開けると、

「姫・・・・・・?」

 床の上、短剣を取ろうと必死の形相になる計都――と、

「・・・っ、離し、てっ!」

 短剣を取られまいと身を捩る、八百鼡姫。
 かつて一度は自分の命を助けた隣国の王女が、今度は命を狙おうとしている事が信じられず、王子は絶句せざるを得ません。
 その間に八百鼡姫が我武者羅に腕を振り、計都を振り飛ばします。

「姫!」

 計都へと駆け寄る王子の背を目掛け、再び振り下ろされる短剣。
 見開かれる計都の目。
 重い音と、短剣が布と肉を切る小さな音、そして――血の匂い。

(・・・・・・ぅ・・・)
「姫!」

 王子を庇うように抱え込み、肩に深々と短剣の刃を受けたのです。
 恐らくは初めて他人の血を見た八百鼡姫は、柄を固く握り締めたまま全身を震わせています。
 その様子に、王子は手を切るのも構わず素手で刃を握り込み、短剣を抜き取ると、八百鼡姫に当て身を喰らわせ、気絶させたのでした。
 そして再び、計都を抱き起こします。

「姫!おい姫!俺なんぞの為に死ぬんじゃねぇ!」
(王子、様・・・お怪我を・・・)

 自分の手を握り締めるその手は、先程短剣を抜き取る際に出来た傷が痛々しく、
 無意識のうちに引き寄せ、唇を這わせました。
 舌が傷をなぞり、零れる血を舐め取った瞬間、

「ぁ・・・ぅ、あ・・・王・・・子、様・・・・・・」
「姫!?お前、声が・・・?」

 失った筈の計都の声。
 それを取り戻すきっかけとなったのは、先程口にした王子の血に外なりません。

(これで・・・王子様に想いをお伝えすることが出来るわ・・・)

 声を出せない苦痛から解き放たれた安堵に、計都の頬を涙が伝います。
 そして計都の身体を抱き締める王子の首筋に、そっと顔をうずめるのでした――








「――で、何だって王女サマであるあんたがあんな真似を?」

 悟浄という名の近衛隊長が、王子の船室で八百鼡を問い質します。

「そういえば、貴女の国は、最近国王御夫妻のお体が優れないと、極秘情報として耳にしたことがありますが、それと関係が・・・?」

 言葉を継ぐのは、王子の秘書官である八戒。
 この2人は王子の幼い頃からの学友でもあり、王子が最も信頼する人物でもあります。
 ――人柄まで信頼しているわけではないのですが、それはさておき。
 事を公にすると、船の中は大混乱になるのを避けられません。
 そのため、この2人を秘密裏に呼び出し、八百鼡姫から事情を聞きださせることにしたのです。
 八戒の言葉に、八百鼡姫は目を潤ませながら頷きました。

「国王夫妻は・・・父と母は、臣下の者から毒を盛られ、今は床に臥せっています。
 その者は西隣の国、吠塔国のスパイで、両親を救いたければ、貴方がたの国の王子に輿入れの申し出をして、船の上で亡き者にした上で海に落とすようにと指示してきたのです・・・」
「吠塔国・・・この近辺でも一・二を争う軍事力を有する・・・ですが、あの国の王様は、確か我が国の国王と遠い血縁関係で、古くから親交があった筈・・・それがどうして・・・?」
「あの国の王には、2人の王子がいます。貴方がたの国の王子様がお亡くなりになれば、どちらかの王子を王位継承者として養子縁組を組ませる・・・そうして、労せずして国一つを乗っ取るつもりだったのです・・・」
「おいマジかよ・・・!」
「両親は平和を愛します。大きな船を造る資源や財力はあっても、それを使って他国を侵略するつもりはなく、吠塔国の軍事力には到底太刀打ち出来ません。
 私は、その指示に従うしか方法はなかったのです・・・」
「そのスパイである家臣の名は?」
「清一色といいます・・・」








 所変わって計都に宛がわれた船室。
 速やかに呼び出された船医により傷の手当を受けた計都は、王子の手厚い看護を・・・

「寝返りを打ちたい時は遠慮なく言え。俺が抱えてやる。そういえば今日の晩餐はあまり食が進んでなかったな?腹は減っていないか?気付けのワインはどうだ?あぁ、身体を動かすと負担が掛かる、俺が手ずから飲ませて・・・」
「(///)あ、あの・・・今は何も欲しくはありませんので、お気遣いなく・・・」

 ・・・とても手厚い看護を受けていました。

「それにしても王女を赦して欲しいなどと、お前は本当に優しい娘だ」
「・・・これは私の主観でございますが、あの御方は、それこそ非常に御心の清らかな方のように見受けられます。
 あのような大それた事をするようには、どうしても思えないんです」
「フム・・・今、八戒と悟浄が王女に事情を聞いている。
 そういえばお前、どうして王女が俺の命を狙う事を知っていた?」
「それは・・・ダンスパーティーが始まった頃、広間を出た私が不敬にも私があの御方と鉢合わせた際、手にしていた小物入れを取り落とし・・・」

 慌てたように立ち去った王女を呆然と見送った計都が、自分の手荷物を拾おうとした時、

(あら?・・・この短剣・・・私の物ではない・・・?)

 大きさなどは殆ど変わりませんが、細工が異なるそれは、恐らくは八百鼡姫の物。
 そう考え、王女の部屋を訪れたのですが、

(八百鼡様・・・?)

 蒼白な顔をし、部屋を出る王女を発見した計都は、不安に駆られてその後を追いました。
 そうして、王女が王子に向かって短剣を構えるのを見て、足の痛みも忘れて王女に飛びついたのです。
 流石に自分が王子を殺すための短剣を間違えて持って行った、とは言えないので、

「・・・えぇと、その際に、短剣が床に落ちたのを見て、王女様の持ち物としては相応しくないと思い、只ならぬ予感がしたもので・・・」
「そうか・・・」



 バンッ



「王子!大変だ!」



 ズガ――ンッ



「俺の邪魔をする奴は容赦しねぇ」
「お、おまっ、今髪を掠ったっ!――あぁもう、ンな事言ってる場合じゃねぇ!
 王女を操っていた清一色って奴が、救命ボートを盗んで逃げたんだ!」







まさか隣国の王女が王子殺害未遂とは観音様でも予想すまいっ(笑)。原典からアレンジしだした途端これですよ。
八百鼡ちゃん大好きなんです。なので悪意があってした事にはしたくなくて、こんな背景設定。
一応、吠塔国の王様はアノ方で、2人の王子というのは某カミサマ&ヘイ様という(爆)。







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