遥かなる西のその先へ







 遥かな西へ、更にその先へ。
 流れる血潮が、そう促すから――








 事情があるとはいえ、本来西に向かっている自分達が東に向かってジープを走らせるのは、多分に奇妙な感覚がある。
 まあそれも初めてのことではないのだが。
 ちょっと前まで賑やかだった後部座席は、今は沈黙が降りている。
 無理もないだろう、結果的に強行軍となり、かなり疲労が溜まっている筈だ。
 それは助手席に座する人物もそうなのだろうが、こちらはそれを上回って不機嫌が支配している。
 これもまた致し方のないことで、ある意味原因の一つとなった身としては、申し訳なさが募る。
 そもそも前日に宿に着いた時点で、選択肢は別にあったのだ。
 そして自分が決めた行動の結果が、今の状態で。
 はぁ、と吐いたため息が聞こえたのだろうか、

「後悔してんのか」

 不意に、助手席から声が掛けられた。
 その言葉に、逡巡する。
 色々思うところはあるけど、後悔しているかといえば、行き着く答えは一つしかない。

「悪いなぁとは思いますけど、後悔は」
「・・・イイ性格してやがる」
「何今更な事言ってるんですか」

 その言葉に、小さくケッと毒づくのが聞こえてきた。
 それきり、沈黙が下りる。








 話は少し前に遡る。
 昼尚暗い森の中、三蔵一行の4人は、出口を求めてひたすら歩き続けていた。
 ――早い話が、迷っていたのである。

「どーすんだよ、もう獣道でもねーじゃんか。悟浄がこのまま進もうって言ったから・・・!」
「人の所為にすんじゃねぇよ、元はといえばお前が敵襲の時にやたらと突っ込んでったのを、俺達が親切に追っかけてやったんだろーが!」
「煩ぇんだよ、余計な口利いている暇があるならとっとと道を探せ」
「出来れば、空の見える所に出られればいいんですが・・・」
「キュウ;」

 足元が悪く、しかも木々が生い茂っているので、ジープは八戒の肩に止まったままだ。
 邪魔な枝葉や蔦を悟浄と悟空がそれぞれの武器でなぎ払いながら進むので、余り効率がいいとは言い難い。

「大体、森を迂回せずに突っ切ろうって言った三蔵が――」



 ガウンッ



「何か言ったか馬鹿ゴキブリ?」
「嘘です冗談ですってか何で俺が!?」
「三蔵、森の動物に当たったら可哀相ですから銃はしまって下さい」
「俺の心配は!?」

 親友にまで冷たくあしらわれ、心の中で滂沱の涙を流す悟浄。

 嗚呼、俺って可哀相・・・

 畜生それもこれもこいつの所為だ、とばかりに、目の前の枝葉に力任せに錫杖を突き立てた瞬間、

「っ!?」

 予想していた手への抵抗感は殆ど無く、僅かな枝を切った刃は、そのまま何も無い空間へ突き出た。
 藪と森の薄暗がりで全く見えなかったが、その先は何も無い崖だったからたまらない。
 結果、勢いを余らせた錫杖は、慣性の法則に忠実に従い、その持ち主ごと前方の虚空へと引き寄せられる。

「をわっ!!」
「うわぁっ!?」
「え、えっ!?」
「ちょ・・・おい!?」

 錫杖に掛けた勢いのままそこから足を滑らせ崖を落ちかけた悟浄は、すぐ近くにいた悟空のマントを掴んだ。
 反射的に悟空が八戒の足に、八戒が三蔵の腕に掴まる。
 が、最初に足を滑らせたのが4人の中で最も目方の重い悟浄なのが災いした。
 残りの3人が足を踏ん張ろうとする間もないまま引っ張られ、次々と崖から落下した。
 最悪の事態も覚悟した4人だったが、



 ドボ―――ンッ



 幸いな事に、4人の体を受け止めたのは固い岩でも地面でもなく、ぬめりのある水面だった。
 泥を多く含む水は、手足を動かすのも一苦労だが、何とか水面へと浮かび上がる。

「ぷはぁっ!んぺっ、ぺっ・・・泥水が口にっ」
「ンだよこれ・・・藻か?クソ、あちこち絡み付いてきやがるっ」
「沼でしょうかね・・・まあお陰で怪我は免れましたが・・・」

 ・・・・・・・・・・・・

「ってゆーか、一番悪いの、悟浄だよな」
「だから人の所為にすんなっつーの。テメェこそ普段無駄メシ喰ってんだから、こういう時こそ踏ん張るべきだろーが」
「あはははは、それで次々後ろの人に縋り付いて皆で落っこちてたら世話ないですよねー」
「・・・・・・(ヤベ、八戒超怒ってる;)」
「・・・(い、今暗がりで片眼鏡(モノクル)が光ったぞ?)」

 ・・・・・・・・・・・・

「と、とにかく早く岸に上がろうよ」
「お、おう。温泉じゃあるまいし、こんな気色悪ぃ水溜り、いつまでも漬かってられねぇよな」
「元の場所に戻るのは無理みたいですね・・・これ以上迷わなければいいんですが・・・」

 ・・・・・・・・・・・・

「「「三蔵!?」」」

 いつまでも浮かび上がって来ない一行のリーダーに、下僕3人組の顔色が変わった。
 4人団子になって落ちたのだから、ここからそう離れてはいない筈、そう考え、大きく息を吸って沼に潜る。
 暗い森の中の透明度の低い沼だ、視界はゼロに等しかったが、運良く左程経たないうちにその姿を確認することが出来た。
 どうやら、沼の底に沈んでいた古木の洞に足を挟んでしまったらしい。
 踏ん張る場所のない水中では足を外すのが難しく、浮かんで来られなかったようだ。
 どのように嵌ったのか、只引っ張るだけでは抜けそうもなく、このままでは三蔵の方がもたないと考えた八戒の指示により、悟浄の錫杖――水中でも召還出来るのだ、不思議なことに――で洞の部分から少し下を切り離した。
 根に近い方は幾つもの倒木が重なっているため、相変わらずびくともしなかったが、幸いにして三蔵の足が挟まった方は動かすことが出来るようになったので、そのまま3人で支えて水面へと向かう。

「!!・・・っ、ハアッ、ゲッ、ェホッ、ゴホッ・・・ッ!」
「大丈夫三蔵!?生きてる!?」
「生きてますけど流石に返事をする余裕は今はないと思いますよ悟空」
「・・・案外冷静ね、お前さん」
「取り敢えずこの状態で足が着く場所まで移動して、そこで落ち着いて嵌った足を外すとしましょうか・・・ジープ!」

 八戒の呼び声に、賢い翼竜が笛のような鳴き声と共に舞い降りてきた。
 4人が沼に落ちる直前、飼い主の肩から飛び立ち何処かの木に留まっていたらしい。

「ここから一番近い岸へ案内してもらえますか?」
「キュウ!」

 ジープの案内で岸へ上がり、古木に挟まった三蔵の足も何とか外す事が出来たが、
 崖から落ちたことで当初のルートから逸れた事――そもそもそのルート自体も間違っていた可能性は高いのだが――、全身泥水でずぶ濡れになった事など諸々の理由から、森の出口を探す事より清流を見つける事を優先し、結局大幅に旅程を遅らせてしまった。








 ――それからどれだけの時が経っただろうか。
 現在、自分達は、あの沼のあった森の西側に広がる荒野を、本来のルート通り西に向かって走っている。
 旅の同行者達はどう考えるか判らないが、やはり運転手の立場としては、西に進路を取っている状態が一番しっくりくる。
 森の中の一件の所為で、一旦東向きに進路を取ったりと随分無駄足を踏んだことになるが、まあ今まで踏んできた無駄足なんて数え切れないくらいあるので、どうということはないだろう。
 ただ、どうにもならないのは、それによる消耗であり、それが著しいのが――

「・・・腹減っ・・・」



 バシ――ンッ



「っ痛ぇっ!」
「煩ぇ」
「だって朝飯まだなんだから腹減るの当たり前じゃん!これ以上腹減ったら俺死んじゃうよ!」
「なら死ね」

 そう言って懐のS&Wに手を伸ばす三蔵の眼は据わっている。
 流石にこれ以上駄々を捏ねると本気で撃たれかねない、そう判断したのだろう、悟空はぶーと口を尖らせながらも、余計な口を利くのはやめたようだ。
 と、その彼が、前方遥か彼方を見やり、

「あ・・・なぁあれ・・・」







何と、ヒロイン出てきておりません(爆)。
頁を分けた後で気が付いた驚愕の事実(笑)。
基本は八戒さん一人称寄りの三人称語りですが、回想シーンなどは普通の三人称形式。
ややこしくて申し訳ありません(-_-;)







Floor-west            Next