遥かなる西のその先へ





 「あ・・・なぁあれ・・・」

 そう言って指差して示す物が何なのか、視力の良くない自分の眼では殆ど判らないが、
 さしたる移動速度ではないそれに、ジープが追いつくのは、それ程時間が掛からなかった。



 キキ―――ッッ



「「ぅおわっ!?」」

 あ、ちょっとブレーキが急だったかも知れない。
 まあ実質的な被害はないから大丈夫だろう。
 それよりも問題は、

「・・・・・・ぁ・・・」
「あ、驚かせてしまいましたか?」

 蒼い()を瞬かせる、一人の少女。
 年齢は自分達より少し若い――悟空と左程変わらなさそうだ。
 男ばかりの集団に対してか、車という桃源郷に於いてはかなり珍しい部類に入る物に対してかは判らないが、驚きと僅かな警戒心を孕んだ表情でこちらを見ている。
 特徴的なのは、その秋晴れの空のように明るい蒼の()と、

「金の・・・髪・・・」

 緩くウェーブを描く長い髪は、今し方自分達を照らしている太陽のように明るい金糸。
 隣に座る最高僧のそれより薄い色合いのそれは、昔見たビスク・ドールのようにふわふわとして、髪そのものの質感以上に柔らかそうな印象を受ける。
 自分達は常日頃眼にしているものだが、実際は金髪というのはこの地では滅多に見かけない。
 桃源郷とは海を隔てた遥か西の大陸の住人に多く見られる特徴らしいが、そもそも桃源郷自体が広大な土地であるため、わざわざ海を渡る者は稀有な存在だ。
 少女の方も、集団の一人が金髪である事に多少驚いたのだろう、視線は声を掛けた僕の方ではなく、その金糸の髪に向けられている(本人は迷惑そうだ。もとより気にしているのだし・・・色々)。

「何、うちのリーダーのハゲが眩しいって?」
「誰がハゲだ!」

 車を停めたはいいが、何と声を掛けようか、それ以前に改めて考えると何となくナンパ臭くて困ったなと思っていたら、本物のナンパ男が先に口を開いてしまった。
 ますます困ったが、まあ彼と同類ではない事は後からきちんと説明すればいいだろうと思い、様子を窺う。
 幸いにも、少女は表情を緩め、緊張を解いたようだ。流石本家本元のナンパは違う。

「あんた、歩いてこの先の荒野を抜けるつもり?」
「えぇ。定期的に通る行商隊を捕まえそこなったので」
「何なら、乗ってかねぇ?詰めれば1人くらい何てことねぇし。
 荒野の先はまた森があるし、車でも結構かかる距離だってのに、女の足じゃ何度野宿することになるやら判んねぇぜ?」
「ですが・・・」
「あー心配ねぇって。俺以外はどいつもこいつも女には興味ありませんってな奴ばっかだから。
 ――って、ホモじゃねぇからな?チェリーはいるけど」

 これには少女も大きく噴き出した。
 彼女の視線が悟浄の方に向かっていて幸いだった。
 口こそ挟んではいないが、助手席の人物の怒りのオーラが半端じゃないからだ。
 その所為かは判らないが、悟空まで少しびくついて言葉数が減っている。

「えぇと・・・こんな事を言ってますが、彼に関しても、貴女にちょっかいを出すことは絶対にあり得ませんので、取り敢えずこの先の町まで乗って行きませんか?」

 少女は迷っていたようだが、最終的にはこちらの言葉に甘えることにしたようだ。

「・・・・・・」

 ちょっとだけ、ほんの僅かに思うところのあった僕は、助手席の方を見やった。
 こちらを見てはいないが、視線には気付いているのだろう、

「・・・お前が決めた事だ」

 そう言うと、我関せずといった態で目を瞑ってしまった。
 取り付く島もない。








 取り敢えず、小1時間程ジープを走らせた後、オアシスで朝食を摂ることにした。
 少女は、アイリスと名乗った。
 名前からして、やはり西の大陸の出身なのだろう。その割には、訛りがないというか、むしろ自分達と同じ桃源郷の中央から東側くらいの話し方だった。
 アイリスは、食事を摂らないと言い出す。

「旅を始めてから、食料を節約する習慣がついちゃって、あまりお腹が空かないんです・・・山や森に入ったら、出来るだけ野草や山菜を摂るから、今は食べなくても何とかなります」
「缶詰あるけど、食わねぇの?」
「車に乗せてもらえただけでも充分有り難いのに、これ以上してもらうわけにはいかないですよ」
「えー、後で返せとかケチ臭ぇ事言うように見える?ゴジョさん、かなしー」

 大袈裟におどける悟浄に、屈託なく笑うアイリス。
 それなのに、というよりはだからこそ、僕の中には消化しきれない感情が湧いてくる。
 もやもやしたものが喉の辺りでつかえて、飲み込むことも吐き出すことも叶わない。

「八戒」

 苦しむ僕に声を掛けたのは、三蔵。
 それ以上、何か言葉を続ける様子でもなく、
 でも、彼の言いたい事は、何となく解った――というより、一つしかないのだ。
 これ以上の我儘は、許されない。

「アイリス・・・貴女も、昨日まであの森にいたんですよね?
 なら、その時採った山菜を調理しましょうか?新鮮なうちに」
「え・・・」

 戸惑ったように僕を見て、そして持っていたナップザックを広げる。
 流石に僕達が中を覗き込むわけにはいかないが、アイリスの表情を見れば、求めるものが無い事は手に取るように判った。

「えぇと・・・昨日・・・は、寒くて野草とかもすぐには見つけられなかったし、日があるうちに森を出る事しか考えてなかったから、何も採ってないんです。
 結局、森を出る前に日が暮れたから、そこで野宿したんですけど」

 アイリスの言葉に、悟空は彼らしくなく視線を彷徨わせ、悟浄は複雑な表情で視線を落とした。
 確かに昼尚暗い森で、気温はここよりもずっと低かっただろうが、
 今は――真夏だ。
 獣道(というか、それ以下)を通っていてさえ、口に入れられる野草は山ほどあった。
 それに、彼女の服装。
 幾ら森を抜けるといっても、毛織物のポンチョは、流石に季節外れも甚だしい。

「おい」

 業を煮やしたのか、口を開いたのは、三蔵。

「なぜ、思い出せない?」

 彼女がこの先旅をするのに、必要な事。
 それを失い、彼女は出口を見つけられないでいる。

「私・・・何を・・・?」

 恐らくは、彼女自身も判らないのだろう。
 迷子の子供のように、不安を彩らせた眼でこちらを見る。
 僕は彼女を怯えさせないように、殊更安心させるような口調で、しかし残酷な現実を告げた。

「アイリス・・・覚えていないのでしょうが、貴女は僕達と昨日、行動を共にしているんです――」








 一行は沼の一件で大幅に時間を喰ったものの、夏の高い気温が幸いし、何とか日の高いうちに服を乾かし、森を出ることが出来た。
 そしてその先の荒野を走っている途中、アイリスと出くわしたのだ。
 アイリスが三蔵の金髪を驚きの表情で見ていたのも、悟浄が終始おどけつつ彼女を同乗させたのも、丸っきり今朝と同じ光景で、
 唯一つ違ったのは、オアシスでの休憩中、三蔵が悟浄を酷くなじっていた点だった。

『ったく、貴様は次から次へと面倒の種を持ち込みやがって・・・!』

 八戒も三蔵が何を言わんとしているかは薄々感付いてはいたが、それ以前に彼女に関して何か得体の知れない感覚があり、それを知りたくて敢えて同乗させたということもあり、口を噤んでいた。
 しかし、事態は思わぬ形で展開する。
 荒野を抜けた先は林があり、その先が町だった。
 だが、既に日が落ちて時間が経っていたことと、女性であるアイリスが同行しているため、強行策を避けてその日は林の入り口で野宿し、翌日林を抜けることにした。
 アイリスの様子が急変したのは、夕食が出来上がった頃。
 急に胸元を押さえ、激痛を堪えるかのような苦痛に満ちた表情を浮かべたかと思うと、

『アイリス!?』

 その姿が、煙のように消えたのだ。
 悟浄はこの時になってやっと彼女がこの世ならざる者と気付いたようで、血の気を引かせていたが、他の3人にとってはそれはどうでも良かった。
 取り敢えず夕食を摂り(悟浄は殆ど食べられなかった)、元の予定通りジープで林を抜け、町に入った一行が聞いたのは、

「金髪の少女の幽霊が、東の荒野を彷徨い続けている」

 という噂だった。







名前変換の登録をしていても、出て来る名前はオリジナル、という非常に申し訳ない話。
次頁で変換名が登場する予定。と言ってる時点でオチが見えた方もおられましょう。
この後はほぼヒロインと八戒さんしか喋らないので、ご了承下さい。







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