「――来たか」
そう呟くと、羅昂は手甲に覆われた右手を差し出した。
心得ているかのように、小鳥はその手の指に留まる。
「え、これ、羅昂の鳥?」
「計都が寄越した式神だ。術者の目と耳に代わり、遠く離れた地のものを見聞き出来る。
私の事はともかく、お前達とはこの先当分会うこともあるまいて、一度は姿を『見て』おきたかったのだろう」
「なるほど、テレビカメラのようなものですか。コンパクトで維持費が掛からなさそうでいいですね」
「・・・術者しか受信出来んテレビカメラってのは、相当不経済だと思うが」
「コイツの言葉に一々ツッコんでたらキリねぇぞ三蔵」
「へー、じゃあ、今計都は俺達の顔が見えてるんだ!」
よく見ると、その白文鳥のようにつぶらな瞳は、彼女の目を映したかのように藍い。
「流石に長く維持させるのは、術者にとって大きな負担だ。そろそろ帰らせるから、一言声を掛けられよ」
「あっと、えーっと、飯、スッゲー美味かった!サンキュなっ!」
「悟空、それ、昨日言った台詞と同じですよ。
えぇと・・・お兄さんをお借りしますね。貴女も、お元気で・・・」
「ピイ、ピイィ♪」
ジープも八戒の肩の上から挨拶(?)する
「フッ、今回は無様な姿を見せちまったけど、次に会った時には、俺様の華麗なベッドテクを・・・」
「白輝」
かぷ
「痛い痛い痛い歯ァ刺さってる刺さってる!!」
「・・・何やってんですか悟浄」
「正真正銘の馬鹿だな」
「次、玄奘殿」
「あ゛!?」
まるで演説の順番を告げるように、羅昂がマイクならぬ式神を三蔵の前に突き出す。
小鳥のつぶらな瞳は、映し出すものを計都の藍い瞳に送る――
「・・・チッ・・・」
そう、苦々しく呟くと、視線を合わせずに、
「言っておくが、俺は『運命』やら『定め』やらを信じたわけじゃねぇ。
ただ、天竺側が経文を悪用しようとしている以上、あんたの兄貴の存在が今後何かに影響しないとも限らん、そう考えただけだ」
「羅昂の手の上で踊らされるのが嫌なだけじゃなかったんですか」
「お前は黙ってろ」
最後の一言は八戒に向かって言い、そこで完全に顔を式神から逸らす。
そんな三蔵の様子を知ってか知らずか、羅昂は目を細めた。まるで笑っているかのように――
「ま、そういうことだ・・・」
羅昂はそれだけを式神に向かって言うと、腕を上に上げる。
それを合図に、羅昂の手から小鳥が空へ飛び立った。
その行く先は町の北、計都の住む森――
「貴方は、計都に何も言わなくて良かったんですか?」
「必要ない。妹の身に何かあれば、私の身にも同様のことが起こる。逆もまた然り。
それは八戒殿、そなたが実際に目にした筈」
「それは、まあ・・・」
そう。
昨夜見せられた、手の指の傷。
自分と同じ男女の双子でありながら、自分達では遠く及ばない程強く共鳴しあう姿を、自分は目の当たりにしたのだ。
「じゃあ何か?お前が死ねば、計都も死ぬってことか?」
「もちろん。元は1人のヒトとして在った魂だったのだ、生を受けた瞬間からその運命は決定され、何者にも変えようがない」
茶化すつもりで放たれた悟浄の言葉は、至極真面目に返された。
「だからといって私を守れとは言わない。自分の身は自分で守れるし、もしもの時は妹も私もお互い様だ。あれも危険に身をさらす立場にあるからな」
「それはどういう――」
「計都は・・・あれでも陰陽道の最高峰に立つ人間だ。それ故その霊力の宿る血を求める輩も少なくはない」
「血?」
解んねぇ、という顔つきの悟空。
「邪教的儀式になるがな、高い霊力を帯びた血を飲むことでその力を己が内に取り込むというものがある――計都の血は、恰好の霊力増強剤になるわけだ」
「「「!!――」」」
羅昂の言葉に悟空達3人は目を見開き、三蔵は眉を顰める。
いつか三蔵が方々から聞いた――結局は絵空事だったのだが――『徳の高い層の肉を食えば寿命が延びる』という妖怪の間での言い伝え。
あれは、血肉を喰らってその『力』を取り入れるという、一種の古代宗教の名残から派生したものだったのだ。
「己が命を狙う相手が妖怪か人間か、というだけの違いだ。大して変わりはない」
「だからって、でも――・・・っ」
悟空が、何か言いたげな、それでいて言葉が浮かばないような複雑な表情を浮かべる。
そんな悟空に、羅昂は声を頼りに手を伸ばし、ポン、と軽く頭を叩く。
「心配は要らない。計都とて身を守る術を持っている。私がすべき事は、計都を護る事ではなく、私自身を守る事――そして――・・・あぁ、いや、何でもない」
「?」
「ともあれ、私は『護るべき者』の為にこの地を離れ、そなたらと共に在ることを選んだのだ。その事に、異存も異論もない。解ってもらえるか?」
「・・・・・・ん」
それが、『羅昂』と『計都』の意志ならば。
「じゃあ羅昂も、怪我しないように気を付けろよ!俺達の所為で計都が怪我するとかなんて、ヤだかんな!」
「・・・承知」
「を〜いをいをい、小猿ちゃんてば、一丁前なこと言ってんじゃん〜?何、惚れちゃった?」
「うっせーな、エロ河童と一緒にすんなよ!」
「おーおー、その割には真っ赤な顔しちゃって、青い春、ってヤツ?」
「ンなんじゃねぇってば!」
「煩ぇぞテメェら!!」
ギャーギャー喚く悟浄と悟空に、ブチ切れた三蔵がハリセン片手に追い掛け回す。
彼等にとっての日常の一コマに、羅昂が呆れたようなため息をつく横で、八戒がそっと呟いた。
「さっき、言いかけてやめた言葉ですが――」
「――言えば、あの御仁はさぞ嫌な顔をされるだろう。
言おうが言おうまいが、私がすべき事に変わりはあるまい」
「それもそうですね」
明らかに体力・戦闘能力に差のある自分達にすら、守られることを嫌う性格なのだ、羅昂が『計都の心の平安=自分の心の平安の為に貴公を守る』などと言った日には、『あ゛ぁ!?』と思いっきりガンを飛ばすに違いない。
クスリ、と当人に聞こえないように笑うと、流石に日程を遅らすわけにもいかないので、号令よろしく全員に声を掛けた。
「仲良く戯れるのもいいですが、そろそろ店も開きますし、残りの買い物を早く済ませて出発しないと・・・」
「「誰が仲良く、だ!!」」
「どーでもいいから、早く買い物済ませようよ。こういう時でないと生肉買えねぇし」
「食べ物がからむと、悟空はあの2人より物分りがいいですねぇ」
「・・・喧嘩売ってんのか?」
「あぁそうだ、思い出した・・・・・・玄奘殿、これを」
八戒の発言に、痛むこめかみを押さえていた三蔵の前に差し出されたのは――
『領収証 玄奘三蔵様』
「・・・何だこれは」
「貴公等、計都の家で飲み食いされたろう?前もって予知した私がこの辺りの店に声を掛けて、食材や酒を買い集めた、その時の領収証だ。
純粋に食材と酒の代金だけで、あの家での水道光熱費などは含まれていないから安心されよ」
「・・・・・・・・・」
羅昂三蔵・・・属性:守銭奴
その美貌の下から垣間見えた本性に、一抹の不安を覚える三蔵であった――
「――食料よし、燃料よし、飲み物よし、嗜好品よし、薬と包帯よし。
じゃあ、出発しましょうか」
「おう、ンな抹香臭ぇ街にいつまでもいるのもナンだからな」
「羅昂、何処座る?」
「端で」
「解った。悟浄、もーちょっとそっち寄って」
「俺様足がチョー長いから、あんま端に寄るの辛いのよねー。三ちゃん、助手席変わんね?」
「断る」
「うわ即答」
「ったく、人に優しくなれねぇ奴は、すぐハゲるぜ?」
「羅昂、白輝は出せるか」
「承知」
「嘘ですごめんなさい謝りますすんません」
「皆さんちゃんと座りましたね?じゃあイきますよ?」
「!?っ」(×4)
ブロロロロ・・・
「早いっ!八戒早い!」
「先は長いですからね〜、トロトロ走ってたら、天竺着く頃には僕達全員お爺さんですよ。
幸い暫く直線道路ですし、トバしますから、舌を噛まないようにして下さいね♪」
「「死ぬって〜〜〜〜〜〜っ」」
ジープ特有のエンジン音と、悟空&悟浄の悲鳴(三蔵は声は出さなかったが相当足を踏ん張っていた)の響き渡る車内。
その中でポツ、と洩らされた羅昂の呟きは、誰の耳にも入ることはなかった。
「まずは、第一段階成功・・・」
長い長い時を経て、輝く陽の光は煌めく月の光と出逢う。2つの相反する光の下、『選ばれし者』達が運命の歯車の導きにより集う。
そして500年の時を越えた因果律が今、回り始めた――
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第一話 ―了―
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あとがき
当館内で桃源郷メインストーリーと名付けられた一連の話ですが、苦節1年半、やっと第一話完結です。
とはいえ、この話、まだ全体の一割程度しか進んでいません(やっとオリキャラが合流したとこだし)。
最終的には三蔵×計都となるのですが、それ以外のキャラが出張り過ぎて、ゴールはまだまだ先になる予定。
――大丈夫か、香月? |
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