Shinning sun and brilliant moon







 サアアアアァ――・・・



 一行が寝静まってから降りだした霧雨は、渇ききった地面を少しずつ潤してゆく。
 羅昂は、洞窟の入り口で何とはなしに天から滴る雫を、手甲を嵌めたままの手で受け止めていた
 洞窟、といってもそれは岩山の斜面が雨風の影響により長年の間に削れたような、単なる窪み程度のものなのだが、羅昂の結界の作用により、中にいる4人には限りなく広い空間に感じられている筈である。

「―――・・・?」

 ふと、羅昂の鋭い感覚が結界の中の変化を敏感に捉える。
 重く、暗い・・・澱んだ空気が流れて来る――
 決して喜ばしいものではない状況に、形の良い眉を顰めながら印を結び、呪文を唱える。

「・・・・・・・・・・・・」

 玲瓏な響きと共に開かれる光の扉。
 その瞬間――



 ガウンッッ
シュッ



「!!っ」

 結界の入り口から銃声と共に一つの鉛弾が出現し、羅昂を常に守護している白輝の霊力によって一瞬のうちに蒸発した。
 通常の鉛弾であれば非実体である白輝を通過するが、三蔵の場合、銃そのものが特別製であり、弾に『気』を込めて発射しているため、『気』同士のぶつかり合いでは、時にこのようなことになる。
 が、幾ら自身に危害が及ぶことがないと判っていても、自分に向かって鉛弾が飛んで来るのを許容出来るわけでは決してない。

 あ、の、御、仁、は〜っっ!!

 そんな芸当が出来る唯一の人物を思い浮かべ、感情が表れにくい秀麗な顔に怒りと呆れの表情を浮かべる。

「チッ・・・余計なことしやがって・・・」

 銃を懐にしまいながら謝罪の様子もなく苦々しく呟くのは、結界の入り口の光を受けて更に眩く輝く金色の髪の持ち主。
 どうやら、自分の銃で結界を破れるか試すつもりだったらしい。

「・・・いい根性をしておられるな」
「煩ぇ。静かに吸いてぇんだ」
「結界の中は無限空間の筈だが?」
「所詮そう錯覚させられてるだけだろうが。貴様の手の平で遊ばれるなんざ御免だ」
「・・・・・・」

 開いた結界の入り口を再び閉じながら、羅昂は薄布の下で小さくため息をつく。
 三蔵がこういう人物であるということは、成都(チョントゥー)にいた頃から多少なりと耳にしていたし、ここ数日で散々目の当たりに――見えないが――してはいる。
 束縛されたり、他人の意のままに動かされたりすることを極端に嫌う。
 自分もそういう傾向が無いわけではないが、未来を読む能力が備わっている分三蔵ほど徹底することが出来ないのも事実。
 何物にも捕われず、あるがままの自分を貫き通す――それが出来る三蔵を羨ましく思う自分がいるのも、また事実であった。
 袂からマルボロのパッケージを手探りで取り出そうとする三蔵の様子に、羅昂は素早く呪文を唱えると、蛍のような淡い光の塊を出した。
 目の見えない羅昂に照明は不要であるため、三蔵が結界の外に出るまでは、羅昂は雨雲で月明かりすら見えない暗闇の中で佇んでいたのだ。
 三蔵は、初めて見る術に片方の眉を上げながらも、その仄かな明かりを頼りにライターでタバコに火を点ける。
 程なくして、辺りにマルボロの煙が漂い始めた。
 喉を痛める煙草の煙は、呪文を要とする陰陽師にとって正直有り難くない代物である。
 そのため、羅昂は僅かに眉を顰めながら、三蔵に対して風上へと場所を移動した。
 そして、己の目に映る唯一の光を眺める。
 羅昂は、基本的に夜眠ることはない。
 今のように他の4人+1匹が眠る周りを結界で囲み、その外で番をする。
 結界の効果により、たとえ敵が近付いても、4人の存在に気付かれることはない。
 そして大概の敵は羅昂と白輝であらかた対処出来るので、4人の安眠も確保されることもあり、羅昂が一行に加わってから程なくしてこのパターンが定着したのだった。

「・・・・・・」

 視線を伴わない(あお)の先にいる人物は、早くも吸い終わった1本目を足で踏み消し、2本目に火を点けたところである。
 その所作に、普段と変わるところなどないように見える――普通の人間ならば。
 しかし、常人よりも鋭い羅昂の感覚は、その行動の奥に潜む澱みを敏感に捉えていた。
 そしてその原因も――

「・・・何だ?」

 自分の様子を窺う気配を感じ、不審に思った三蔵が尋ねる。

「・・・別に・・・」








 静寂な時間はかなり長く続いた。
 2本吸い潰したところで多少は落ち着いたのか、新しい煙草を取り出すそぶりはない。
 もしかすると、残りの本数を気にしてのことかも知れないが。

「・・・落ち着かれたか」
「・・・知ったような口の利き方だな」
「それだけ態度をあらわにしておられれば、気付かぬ筈もなかろう」
「チッ・・・」

 弱みを握られるのも、それを気遣われるのも、三蔵の自尊心が許さない。
 けれど、旅の同行者は、揃いも揃って心の機微に敏く(悟空は動物的な勘だろうが)、
 それは、新たに加わった人物にとっても同様らしい。
 ――まあ、万事面倒を嫌う三蔵にとってはそちらの方が、説明が省けて有り難いともいえるが。

「・・・中にも陰鬱な『気』が漂っているな・・・八戒殿か」

 そう言いながら、羅昂は洞窟内に僅かに顔を向ける。
 空間は遮断しても、空気まで遮蔽しているわけではない。
 雨の夜特有の冷たく湿った空気に、常より浅い眠りを強いられているのだろう。

「奴も、俺と似たようなものだ・・・まあ、以前と比べりゃ随分マシになったがな」

 三蔵の言葉に、羅昂の目元が苦味を伴うように歪んだ。
 間接的にしか聞いていないが、計都の母――つまりの羅昂の母でもある――は、かつて百眼魔王の贄とされ、城に着く直前に自害したらしい。
 それから幾年かの時を隔て、父親も魔王の手下の妖怪によって殺害されたと聞くから、この双子達にとって彼の大妖怪の話は、相当な苦痛を伴うものなのだろう。

「ハ、貴様も人の事は言えないようだな」
「・・・言っておくが、私は『失った』ことへの後悔はないぞ」
「なら何だってんだ」
「そうだな・・・強いて言えば、嫌悪、か・・・魔王に対して、だけではなく、自身・身内・・・諸々に対しての」
「意味が解らん」
「長くなってもいいなら」

 どうやら、自身の過去を語ろうとしているらしい事に気付き、三蔵は逡巡した。
 長話は好まない性質だが、このまま横になったところで寝付けそうにない自覚はある。
 それに、この得体の知れない人物が、如何にしてこのように在るに至ったのか、気にならないといえば嘘になる。

「確かに、こっちの過去ばかり筒抜けってのも胸糞悪いからな」

 三蔵特有の言い回しでそう促すと、羅昂は見えない眼を雨の向こう、遠い過去へと向け、おもむろに口を開いた。

「・・・・・・全ては、私という存在を作り上げた、あの『一族』の恥ずべき習慣が発端と言えよう・・・」







大変久し振りな桃源郷メインストーリー。にも拘らずただ語ってるだけの話で申し訳ない限り。
ですが、この話の内容は一連の作品のバックボーンたり得るものなので、香月としては中途半端には出来なかったのです。その割には左程長くはないのですが(爆)。
中に書かれているように、時間軸は三蔵達がオリキャラ羅昂を仲間に加えて数日後。まだ取り立てて大きな問題も事件もありませんが、一方で羅昂についても誰も良くは知らない状態です。







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