羅昂の出自は、桃源郷屈指の陰陽師の名家である 古くは月を崇める信仰を支える巫女と月天の交わりから興ったとされるその一族は、それ故に強大な霊力を操り、桃源郷の安寧を影から支えてきた。 程なくして朧家を中心に、陰陽道の知識や道具に関わりあう者達が集まり、都が立つ。 だが、その能力が血脈に依ることから、いつしか彼等は血統主義に固執し始める。 如何に朧の血を薄めることなく次代へ繋ぐか、その方法として、血族結婚が頻繁に行われたのだ。 文明が発展し、それが天地の理に反する行為と位置付けられるようになっても、彼等はそれを止めようとはしなかった。 そうして、彼等の思惑通り、一族は脈々とその能力を保持し、桃源郷中の陰陽師を束ねる存在として長く君臨し続けたのである。 だが、本来自然の理を解し、その流れを読むのが生業である陰陽師が、生物の営みの在るべき形から逸脱するのを、天は赦しはしなかった。 20年前、当時の当主の妻が懐妊した時、恐ろしい予言が下されたのだ。 『生まれる子供が陰と陽を併せ持つ時、今より後、半万の日の出を迎える前に、この子供が一族を滅ぼすだろう』 初め当主は、この予言を何かの不手際による誤りと見なした。 通常、『陰』は女性を、『陽』は男性を表す。 下等動物ならいざ知らず、ヒトに於いて 実際、胎児は順調に母親の胎内で育っていたので、先の予言は、初めて子が出来る喜びの感情が、先を読む眼を曇らせたと思い込んだのだ。 だが、その予言は間違ってなどいなかった。 その事が発覚したのは、翌年二月の末、その地域で皆既月蝕が起こった時。 月が完全に姿を消したのと同時に、滅びの予言を背負った赤子は産声を上げた。 この地に於いて、ヒトには有り得ない筈の彩を持つ――『陰』と『陽』の子供が。 それと共に表沙汰にされていなかった予言の内容も一族全ての知るところとなり、程なくして当主はその地位から引き摺り下ろされ、龍都の最果ての土地に追われたのだ。 鉱山が連なり、金属の鍛錬から術具の製作まで行われるその町で、名目上は土地の長となったが、それまでの暮らしからすれば、その生活の貧しさは天と地ほどの差である。 幸せな暮らしを奪われたその男は、己が子供の霊力の高さに目を付け、それを利用して一族に復讐する事を考えた。 然るべき教育を施せば、実の両親である自分達に危害を加えることはないと踏んだからだ。 そうして、日常の言葉と併行して呪文に用いる音を教え、目が見えなくとも足裏の感覚と周囲の気配を読みながら歩く術を覚え込ませた。 書物に浸み込んだ書き手や読み手の残存思念を読み取る術を覚えてからは、ありとあらゆる書物に触れさせ、知識を高めさせた。 中央から追われて5年後、妻が妖怪にかどわかされ、自害した後は、彼の執着は我が子を利用して元の地位に返り咲く事のみに当てられた。 「仮にも元当主なのだから、どちらかといえば乳母日傘で育てられた御仁の筈なんだが、私に対しては相当なスパルタだった・・・山の上に置き去りにして、自力で下山させられたこともあったな。 まあお陰でこうしてサバイバル生活に身を置いても何とかなっているのだから、無駄にはならなかったわけだが」 声に含まれる嘲笑の響きが、何に対してのものかは三蔵には判らなかったが、 そこまでしてかつての地位に固執したその男が、いっそ哀れだと思った。 恐らくは羅昂もそう思っているのだろう、その口調に、父親を憎む感情は窺えない。 「だが、父の野望は、思わぬ原因により瓦解した・・・私が12になった年、百眼魔王の手の者共が、再び彼の地を襲ったのだ。 元々龍都の中心部には高度な結界が張られてその存在が隠されていたため、如何なる外敵の心配もなかったが、私がいた町のように外貨を得る手段である商工業を営む町は、その外にあったため、自衛の必要があった。 妖怪達の目的である若い娘を守りつつ、その土地全体をも守るのは、流石に不可能と考えたのだろう、父はまず娘達を鉱山の穴の中に隠し、その上で私に援軍を呼ぶよう指示した・・・結界の入り口となる場所があるので、そこの者に話を付ければ、龍都中央から術者が寄越されるだろう、と。 ところが、白輝――既に自分の下にいた――の背に乗り言われた場所へと向かっていたその時、思わぬ出来事が起こった。 身の内から強大な『力』の存在を感じたかと思うと、背から光の帯が幾筋も伸び、私の目の前で集束して一枚の扉となったのだ・・・」 目の見えない自分がなぜか見える光の扉。 何が起こったのか解らないものの、これは自分にとって害を為すものではない。 そう考えて白輝を一旦非実態に戻し、その扉を潜ると―― 『貴様――・・・!!何故ここに・・・いや、そもそもどうやって結界を通った!?』 周囲の気配を探るより先に、怒りと恐れと戸惑いと侮蔑の入り混じった声が耳に入った。 父親に似た、しかしやや年老いた声音。 その男も、男の声を聞きつけ集まって来た者達も、皆一様に自分の両親が持つものに近い『気』をまとっている。 ここにいるのは、両親の、更には自分にとっても親族に当たる――すなわち朧一族の者達。 光の扉は、一瞬のうちに強固な結界をも越え、彼の地と朧家本邸の庭とを繋いでしまったのだ。 「これが、私が初めて自分に宿る経文の力、すなわち『時空』を操る力を行使した瞬間だった・・・だがもちろんその時の私にそれが理解出来たわけではない。全ては後から知った事だ。 とにかくも、そのような事を言い争っている場合ではなかった。私は彼等に、妖怪を退ける力を持つ者を複数必要としている旨を伝えた。 町一つ失われれば龍都の政にも影響が出るだろうし、何より前線で戦っている父は、彼等にとって兄弟であり、従兄弟であり、甥や伯父である筈なのだから、私の事は別にしても、彼等には父を助け、町を守る理由がある、そう、訴えたのだが――・・・」 そこまで言うと、羅昂は記憶の向こうの存在を睨み付けるかのように、見えない目を一層眇めた。 その時言われた言葉を、忘れることは出来ない。 『何故鉱夫の娘共などの為に儂等が手を貸さねばならん!?女一人差し出すことで済むのであれば安いものだろうが!』 『そんな・・・!』 『ハン、彼奴等も彼奴等だ、 『――――ッッ!』 その言葉は、自分の耳ではなく、心に直接突き刺さるかのような衝撃をもたらした。 母である葛葉は、7年前、偶然妖怪に目を付けられたわけではなかった。 龍都に妖怪達が襲って来た際、一族の者達が、彼女を贄として差し出したのだ。 母は、この外道共の手によって――そう、怒りに打ち震える身体に、別の感覚が襲った。 同じ感覚を、周囲に立つ一族の者達も受けたのだろう、互いにひそひそと囁き合う声が聞こえ、身じろぐ様子が窺える。 『・・・今しがた、 『・・・・・・』 朧の血が教えた、父の死。 地位を失い、伴侶を失い、自身に誓った復讐すら果たせず散っていった、その心の内は如何ばかりか。 だが、そんな憤る自分に掛けられたのは、更に信じ難い台詞だった。 『フム・・・流石にこれ以上被害を広げ、結界の入り口を見つけられるのは得策ではないか・・・おぉ、そうだ』 『・・・?』 『こちらから人身御供を差し出せば良いのだ・・・かつてと同じようにな。 一族の汚点であってもこの見目だ、母親同様、贄としては充分役に立つわ。ハハハ・・・』 『・・・・・・っ!!』 |
ちょっと短めですがきりがいいのでここで改頁。 経文の力は第一話で語った通りですが、ここでは『どこでも○ア』的な使い方をしています。 ・・・成都で銃の弾を静止させた下りは『タンマ○ォッチ』状態でしたし、この話、ドラえ○ん要素多めかも?『時空』は四次元の一要素ですしね。 ちなみにオリキャラの両親の名前や龍都という地名は、他の作品でも共通で出てきます。 |
Back Floor-west Next |