Shinning sun and brilliant moon





 「そいつらは、お前を『計都』と・・・?」

 返答はなかったが、反応がないのは肯定の意だろう。そこは自分とよく似ている。
 成人した今ですら――まとう『気』の質は正反対だが――非常に似た双子なのだ、当時の彼等を、意図的に遠ざけていた親族達が見分けられなかったのは、無理からぬ話かも知れない。
 回想により当時の感情が蘇ってきたのか、日頃は常に凪いだ『気』が、今は沸騰するマグマのように熱を孕んで揺れている。
 成る程、彼の大妖怪の名が嫌悪を引き起こすというのは、今の話を聞けば納得がいく。
 自身が妹と間違われて贄にされる嫌悪もあっただろうが、どうやら当時からシスコン気質は存在したらしい。だからこそ、親族のその言葉が逆鱗に触れたのだろう。

「で――どうなったんだ、その後」
「覚えていない」
「あ゛?」
「感情の爆発に『力』が反応して、暴走した挙句周囲の者全てを巻き込んだらしい。その辺りの記憶は完全に空白だ」
「要するにキレたのか」
「そうとも言う」






 『力』は見る間に膨れ上がり、あっという間に一族全てを飲み込んだ。
 攻撃的な『気』に取り込まれた彼等の肉体は、一瞬で蒸発しただろう。

『半万の日の出を迎える前に、「陰」と「陽」の子供が一族を滅ぼす』

 半万の日の出とはすなわち5000日――およそ13年である。
 実際、予言――当時の当主の妻の懐妊――から13年足らずで、一族は滅びの運命を背負った子供を残して全て絶えた。
 予言は、的中したのだ――




 嵐のような『力』の暴走の中、僅かな間だが意識が浮上した時がある。
 というよりは、やけにはっきりとした夢を見た、という方が正しいかも知れない。
 直接自分の中に、様々な情報が流れ込んで来る感覚。
 ――いや、そうではない。
 外部から流れ込んで来るというよりもそれは、自身の中から湧いてくるというべきか。
 まるで忘れていた遠い過去を思い出すかのように、しかし触れた記憶のない知識が溢れ出す。
 幻の存在である『更天経文』について、自分がその経文の化身である事、自分が現し世に生まれ出でた経緯、そしてこの世で唯一の自我を持つ経文として己に課された役割。
 それは、経文自体に刻み込まれた記憶が、長い時を経て解放された瞬間だった――




 再び意識が沈み、次に目覚めた自分が寝かされていたのは、とある寺が管理する養護院の一室。
 そこで聞かされたのは、旅の途中であった一人の『三蔵法師』が異様な『力』の存在を感じ取り、結界の守り人を説き伏せて龍都中心部に入り込み、自分を『力』の暴走の中から助け出したという内容であった。
 誰にも制御出来ない『力』を荒れ狂わせる子供――その正体が朧の末裔である事を知る者がいたかは定かではないが――を、龍都側も扱いかねたのだろう、その『三蔵法師』が子供を保護して龍都を去る事に、誰も異議を唱えることはなかったようだ。
 聞けば、あの忌まわしい出来事から10日も経っていた。
 この場所へ運ばれてからは点滴で命を繋ぎ止めていたのだろうが、それまで5日近く飲まず食わずだったらしい自分の身体は、殆どの骨が浮き出るほど痩せ細っていて、
 床から出られるまでに1週間、杖などに頼りながら自力で歩けるようになるまでに2週間、
 健康を取り戻す頃には、この場所へ来て一月半が経とうとしていた。
 それと時を同じくして、養護院を管理する寺の住職に呼び出された。
 曰く、ここからやや東方にある規模の大きい寺院で、自分を正式に『三蔵法師』として沙門に迎え入れる準備が出来ているという。
 自分をここへ連れて来た『三蔵法師』は既に旅立った後だったが、住職に対し、保護した子供が生まれながらにしてチャクラを持つ者である事を伝え、然るべき処遇を施すよう指示したのだ。
 『天地開元経文』や『三蔵法師』についての知識は以前から有していたし、『力』を暴走させていた時に得た情報で、自分がこの世で唯一の自我を持つ経文であることも知っている。
 そして、これから先に待っているであろう邂逅のため、自分がこれから何をすべきかも。
 既に答えは、決まっていた――






「――それが、私が貴公らと出逢った成都(チョントゥー)の寺院だ」
「その、お前を保護したという『三蔵法師』は・・・」
「私が意識を取り戻す前に再び旅に出たから、言葉も交わしていないし、その後の足取りも不明だ。
 ただ、その御仁の持つ経文の種類は、確証は持てないが想像はつく」
「・・・『恒天経文』・・・」

 『不変』を表す、世に知られている5巻の経文の中の1巻。
 『更天経文』と同じ音を持ちながら、その役割も在りようも対照的で、
 恐らくは霊力と同時に身に秘めた経文の力も暴走させただろう羅昂に近付けたとあれば、その力に対抗出来る種類のものと憶測するのは容易い。

「私はその御仁を師と思っているわけではない。無論、御仏に仕えようと思ったわけでもない。
 私が信じるのは、私自身の感覚のみ。
 私が――私と、妹が、それぞれ望むものを手にするために必要とあらば、朧の名を捨てる事も、朧の血と能力を有しながら沙門の徒となる事も、何ら躊躇うことなどない、そう考えただけだ」
「・・・・・・」

 きっぱりと言い放つ羅昂の横顔を、三蔵はしげしげと眺める。
 経文の化身として生まれながら陰陽道の術を操るという、異質極まりない在り方。
 その来し方を聞けば、それも納得がいく。
 なぜ仏道と相対する立場にある陰陽道の家系の者として生まれることになったのか、それは天意としか言いようがないのだろうが、
 それすらも己が運命として受け止め、得た能力を最大限利用して、今ここにいる。
 自分もそうであるが、経文の力だけでは、この旅は到底続けられない。
 経文を抜きにした上での戦闘能力の高さが、幾多の危機から三蔵を回避へと導いてきた。
 とすれば、羅昂が陰陽道の術を操るのも、自分達と行動を共にするのに重要な要素たり得るといえるだろう。
 現に、羅昂が旅に加わってから今日まで、一行の足を引っ張るような愚は犯していないし、妖怪の襲撃にも冷静に対処している。

『足手まといにはならない筈です。目は見えなくても、他の感覚で充分補えますし・・・それに、私と同様人ならぬ力を有しております』

 不意に脳裏に蘇った穏やかな声音に、三蔵は急に体温が上昇したような感覚を受けた。

 何だって、あの時の会話が出て来るんだ――?

「どうかされたか?」

 こちらの動揺を感じ取ったのか、怪訝そうな声を掛けられるが、彼の少女と良く似たその声音が、更に不可解な感情を引き起こす。

「・・・何でもねぇ。寝る」
「あぁ・・・雨も止んだようだし、そうされよ」

 『寝る』と言った理由はそこではないのだが、
 羅昂の言葉通り、既に雨は止み、洗われたような清浄な空気が肺に入ってくる。
 改めてその人間離れした感覚の鋭さを見せ付けられ内心舌を巻きつつ、三蔵は羅昂が開けた結界の入り口をくぐった。








「あれ、もう戻って来たんですか」

 毛布に潜り込むのとほぼ同時に、隣から声が掛けられた。
 元々雨で眠りが浅かった上に、すぐ横で気配が出入りしたのだ、目も覚めるだろう。

「悪いか」
「いえ。それにしても、一ラウンド済ませたにしては着崩れもしてませんし、汗もかいていないようですし・・・もしかして貴方早漏ですか?」
「は?」

 八戒の口から出てきた言葉の全てが、三蔵の理解の範疇を超えていた。
 もし僅かでもその内容を解していれば、只では済まされなかっただろうが。

「・・・すみませんでした。今のは忘れて下さい」
「別に成都の時みてぇにやり合ったわけじゃねぇぞ」
「あーもういいですよ。理解してもらえないジョークほど虚しいものはありませんから」
「悪かったな、冗談が解らなくて」
「問題はそこじゃありませんって。
 ――それはそうと、そこそこ踏み込んだ話をしていたようですね?」
「・・・・・・」

 結界の外での出来事は、内部にいた八戒達には伝わっていない。
 恐らくは、状況から推測したのだろう。
 となると、一から自分が話さなければならない――いや、

「面倒臭ぇ、俺は眠いんだ。
 本人に聞くか、俺の気が向いた時にしろ」

 先の話を隣に横たわる人物に聞かせるには、雨が上がったばかりの今は適切ではない。
 それは、万事面倒事を嫌う三蔵らしい判断といえた。
 その意図が伝わったのかは判らないが、それきり話し声は途絶え、やがて三蔵の意識も眠りの淵へと誘われた――








 そして翌朝――

「はーっ、やあっと山を出られたぜ」
「これでジープに乗れる〜っ」
「じゃあジープ、すみませんがお願いしますね」
「キュ♪」

 八戒の言葉に一声鳴くと、賢い翼竜はその身を車形態に変えた。
 荷物を乗せると、各々自分の指定席へと収まる。
 ちなみに羅昂は後部座席の左端、悟空の隣である。

「全員乗れましたかー?」
「お前は修学旅行の引率教師か?」
「あはははは(むしろ幼稚園の遠足の付き添いですよねー)。じゃ、出発しますね」
「私は休ませていただく・・・」
「ご苦労様です、羅昂」

 夜間見張りを行う羅昂は、昼間はジープの中で睡眠を摂る。
 どのみち残りの後部座席組もカードゲーム等に興じるか、惰眠を貪るかしか選択肢がないので、旅の行程には何ら影響はない。

「・・・チッ・・・」

 突然小さく舌打ちした三蔵に、八戒が訝しげに尋ねる。

「?――どうかしましたか、三蔵?」
「・・・何でもねぇ・・・」

 疑問に思いながらも、運転に専念することにした八戒を尻目に、三蔵は密かに眉を顰めた。

 ――すっかり、渡しそびれてたじゃねぇか――

 計都から別れ際に託されていた、3枚の札。
 羅昂と自分達の活動時間帯が真逆のため、なかなか手渡す機会がない。
 昨夜が成都出立後初めての機会だったのだが、雨のせいで思考が乱れ、完全に失念していたのだ。
 当の本人は、既に眠りに落ちている。

 ――仕方ねぇ。次の機会にするか・・・

 そう一つため息をつくと、三蔵もまた不足している睡眠を取るために、座席に凭れ掛かった。








 背後から朝日を受け、風に遊ぶ金糸と銀糸が煌めきを増す。
 果て無き道程の、光の道標として――








第二話 ―了―
あとがき

ちょっと詰め込んだ感がありますが、これでオリキャラの過去が明らかになりました。
全体的に重くて暗い話だったので、終盤ちょっとネジを緩めて・・・というのは他の作品でも見られます(^_^;)。
最後に出てきた3枚のお札・・・と書くと昔話のアレになっちゃいますが、判らない方、お忘れの方は第一話をご覧下さいませ。といいますか香月以外絶対覚えてませんって(爆)。



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