Shinning sun and brilliant moon







 午睡から覚め、凝った首をほぐしつつ何とはなしに頭を廻らせれば、ふと上方のバックミラーが眼に入った。
 映し出されているのは、後部座席の様子。
 旅を始めてからというものほぼ毎日、1年以上変わることのなかったその光景は、最近僅かに変化を見せた。
 右から赤ゴキブリ河童、猿、そして巨大な蓑虫――もとい。
 ナビシートからの角度では毛布の端しか見えないが、自分の真後ろにいるのは、ひょんなことから一行に加わることとなった人物だ。
 ジープの助手席では、眠気がなければ考え事に耽る他にする事はない。
 三蔵は、ここ暫くの出来事をぼんやりと思い返した――




 羅昂が一行に加わって10日余り、その行動もパターン化されてきた。
 羅昂は、夜は眠らない。
 一行が野宿する場合でも、町や村の宿屋に泊まる場合でも、その付近一帯を取り囲むように結界を施し、自分はその外側で寝ずの番をする。
 朝になって出発すると、ジープの中でこんこんと眠り続ける。そうなると、ちょっとやそっとでは起きない。
 なぜなら、悟空と悟浄のケンカが『ちょっとやそっと』でなくなりそうな時、白輝が実体化し、悟浄の頭に噛み付いたり(甘噛みに抑えてはいる・・・一応)、はたまた車外へ突き落とそうとしたり(単なる振りだと思われる・・・多分)するからだ。
 白輝の独断なら実際に命を落とすレベルでやりかねないから、この手加減を効かせた攻撃は主である羅昂の指示だろう。
 目は見えなくとも、耳や肌で感じる情報から一行のヒエラルキー(つまり一行の中で悟浄が最も格下だという事)を過たず読み取っているのだろうか。

 ――揃いも揃って、敏い兄妹だ。

 心の中で、独り言つ。
 脳裏を過ぎったのは、酒量と気配の変化で眠りから覚めた事を察し、自分の下を訪れた人物。
 その瞬間、なぜか急に体温が上昇するような感覚を覚え、らしくもなく動揺した。

 ――何だってんだ、一体。

 その感覚も感情も、経験したこともなければそれに付く名も知らない。
 訳もなく苛立ち舌打ちすれば、

「・・・貴方も、気付きましたか」
「あ゛?」

 右側から掛けられた台詞に一瞬ぎくりとするが、心とは別に身体は――皮膚は、身に付いた習慣から特有の気配を拾っていた。
 ともあれ自分の事を言っているのではない事に安堵する、それもまた不可解ではあるが。
 取り敢えず平静を装い、懐の銃と弾の存在を再確認する三蔵だった。
 ブレーキを掛けられた振動で、後部座席の3人も目を覚ましたようだ。

「ふぁ〜あ、またかよ。毎度ご苦労様なこって」
「今日中に町に着く、八戒?」
「まあ、ギリギリといったところでしょうか」
「着けるようにとっとと片付ければいい」
「・・・多いな。7、80はいる」
「判るのか」
「当然」

 三蔵の言葉に事もなげに返す羅昂だが、何せその目は盲なのだ。
 気配のみでおよその敵の数が知れるとなると、その感覚に驚きを禁じ得ない。
 翼竜の姿へと戻ったジープをひと撫でしながら、八戒が言う。

「ジープは木の上に隠れていて下さいね」
「ピィ」
「・・・白輝を付けておこう」
「助かります。貴方は大丈夫ですか?」
「必要があれば、呼べば一瞬で私の下へ来る」

 白輝は通常の獣とは異なる、精霊化した古狐である。
 故に、現し世の理に縛られることなく、常に羅昂を護り、その命に従うのだ。

「見つけたぞ三蔵一行!その経文――・・・」



 ガウンッ



 リーダーらしき妖怪のときの声を聞き終わる前に、三蔵のS&Wが火を噴く。
 こちらの人数が増えようと、戦闘開始の光景は変わらなかった。








「グエッ」

 喉に短刀が突き刺さり、くぐもった声を出して妖怪が絶命する。
 羅昂の戦闘に用いる道具は、呪符、式神、術具、短刀と多岐に亘る。
 更には幻術などの術も行使するので、妖怪達は徐々に浮き足立ち始めた。

「な、何(モン)だよコイツ、坊主のくせに訳分かんねぇ術使いやがって!?」
「おい何だよ、三蔵一行のデータにはなかっただろこんな奴!?」
「知らねぇよ、一番なよっちくて弱そうだっつったのお前だろ!?」

 言い争いながら逃げを打ちかけたその身体は、それ以上進むことはなかった。
 ドサドサッと地面に積み重なった3つの屍の、それぞれの背中には、呪符。

「・・・陰口悪口は、本人のいないところでするものだ」

 冷ややかに投げ掛けられた羅昂の台詞は、もう当人達には聞こえないが。
 と、

「―――っ!?」

 羅昂の身体を突き抜けた衝撃。
 それは、朧の血が教える、近い未来。

「玄奘殿・・・!」

 木々の向こう、かすかに聞こえる銃声の方角へと駆け出す。
 悪い予感、などという生ぬるいものではない。
 その高い霊力は、いずれ来る現実を過たず突きつける。

『たとえ予知をしても、未来は変えられる。だが、それには相応の代償が付きものだ。
 それが誰かの生命に関わる予知であれば、それを変えるには同等、もしくはそれ以上の生命が失われる可能性もある。それを心せねばならぬ』

 幼い頃、厳しい父から幾度となく教えられてきた事。
 ならば今が、その覚悟を試される時なのか。
 唇を噛み締め、見えない目を目指す方角へと向けた。

 ――急がないと・・・!








 林の中程にある、ほんの少し開けた場所。
 そこで三蔵は妖怪と対峙していた。
 大きな木の無いその場所は銃の的を外しにくい利点もあるが、同時に相手にとっても武器を振り回すのに好都合といえる。
 どちらかというと誘導された感のあるこの状況に、三蔵は苛立ちを隠せない。

 銃創に弾は3発・・・相手は残り6人か・・・

 奇声と共に振りかざされる青竜刀をかわしざま、当て身を喰らわせる。
 間髪を入れず襲って来た別の妖怪は、当て落とした妖怪の身体を盾にし、同時にその手からもぎ取った青竜刀で相手を袈裟懸けにする。
 弾を持っていても、銃創に込められる数は当然限られる。
 弾が切れるタイミングが悪ければ、命取りになりかねない。
 そのためには、銃にばかり頼るわけにはいかないのだ。
 2人同時に上段から振り下ろされた獲物は横跳びでかわし、受身をとって立ち上がりざま1人を銃で瞬殺する。この際、自分に近い方を狙えば、もう片方は味方の屍が障害物となってすぐには体勢を立て直すことが出来ない。
 そこを正面から体当たりし、屍の下になった身体を、落ちていた敵の刀で串刺しにする。
 後は、残った2人を銃で始末すれば終了だった。

「フン・・・数だけは揃えて来やがる・・・」

 利用した敵の武器は無造作に放り投げ、小銃の銃創を確認する。
 新しい弾丸を袂から取り出し、リロードしようとしたその時、

「―――っ!?」

 不意に感じた殺気。
 顔を上げると同時、耳に入ったシュッ、という空気を切る音。

 しまった――!

 体勢を変えてかわさなければ、そう思うより早く、

「――玄奘殿!!」







本当に久し振り過ぎて申し訳ありませんな桃源郷メインストーリー。
基本的な内容は大昔に出来ていて、それを手直しして現在に至るのですが、
学生時代、第一稿を読んだ当館スタッフがこれを読んだら「原型留めてないし」と盛大にツッコむこと間違いなしかと(苦笑)。







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