Shinning sun and brilliant moon





 「――玄奘殿!!」



 ドスッ



「!!っ―――」

 三蔵の目の前に舞い踊る銀糸の髪。
 僧帽と薄布の隙間、苦痛に歪められた目元。
 三蔵の目が、これ以上ないくらい見開かれる。
 呼び起こされる光景は、師が妖怪の凶刃に倒れる瞬間。
 先程までは気にも留めていなかった、立ち込める妖怪の血すら、忌まわしい記憶を鮮やかに再現する鍵となる。
 胃の腑から込み上げてくるものを抑えきれず、顔を背け、嘔吐した。

「――白輝!!」

 膝を突き、激痛に浅くなる呼吸の中、残された力を振り絞った羅昂の声が響く。
 その直後、糸が切れるように支える力を失い、ドサッとうつ伏せに倒れる
 その背には、深々と突き刺さった矢――自分に向けて、放たれたもの。
 と、ふらつきながら身を起こす三蔵の傍を、一陣の突風が過ぎった。

「ギャアアアアッ!!」

 非実態の白輝が、矢を放った妖怪を消し去ったのだ。
 かと思うと、次の瞬間には本来の姿に戻り、三蔵の目の前に立ちはだかると、


「・・・・・・」

 盾になったのは羅昂の意思だ、頼んだわけじゃない。そう言いたいのは山々だったが、
 牙を剥いてうなり、怒気に体中の毛を逆立てた白輝は、迂闊な事を言えば一瞬のうちに食い千切られそうな迫力で、
 先程の精神的ダメージから立ち直れていない三蔵は半ば気圧され、立ち尽くすしかなかった。

「あれ白輝、こっちにいたの・・・って、羅昂!?」
「お、おい三蔵、お前ナニやらかしたんだ?」
「羅昂・・・!三蔵、これは一体・・・」

 敵を片付けて集まって来た悟空達は、倒れ伏す羅昂と三蔵に牙を剥く白輝、そしてらしくもなく青褪めた顔で押し黙る三蔵に驚きを禁じ得ず、困惑した表情で彼等を交互に見やる。

「と、取り敢えずこの矢を抜いた方が・・・」
「待って下さい悟空!」
「八戒?」
「これだけ矢が深く刺さっているんです。下手に動かすとショックでどうなるか――」
「え、だって前は三蔵の傷・・・」
「傷の場所が違うんです。この位置だと心臓は外しているでしょうが、肺や太い血管に到達している可能性がありますから、抜こうとした途端大量に出血したり、肺に血が入ったりするかも・・・」
「そんな!」

「おい待て落ち着け!三蔵も、何黙りこくってんだよ!」

 芳しくない状況に、八戒が唇を噛み締めたその時、

「――俺に任せろ」
「「「!?」」」

 自信に満ちた声と共に現れたのは、薄布をまとった女性。漆黒の髪と目が、その肌の白さを際立たせる美女である。しかし、その態度は、その美貌とは裏腹にかなり尊大なものが感じられた。
 ――いや、厳密にいえば、女性ではない――八戒と悟浄は以前会っている。三蔵が倒れ、悟空が意識を失った時に――

「観世音菩薩様・・・」
「おう久し振りだな」
「あー・・・ご無沙汰っつーか何っつーか」
「え、八戒と悟浄、このヒト知ってんの?」
「詳しい事は後だ。神様は暇じゃないんでな」
「その割には、つぶさに僕達の様子を観察しておられるようですが」
「何か言ったか猪八戒?」
「いえ別に」
「フン。おい玄奘三蔵、お前さん、こいつに渡す予定の札、まだ持ってるだろ。出しな」
「・・・・・・・・・」

 当の三蔵は、あられもない格好の人物を前に、猜疑の視線を隠そうともしない。
 無理もない話だ、初めて一行の前に菩薩が姿を現した時は、意識を失っていたのだから。

「確かに、見てくれは六本木朱美も真っ青の猥褻物陳列罪検挙対象者になりかねない人ですが、これでも正真正銘観世音菩薩様ですから信じて下さい三蔵」
「前にも思ったがイイ度胸だ猪八戒」
「つーか六本木ナントカって誰よそれ」
「・・・・・・(ますます疑わしそうな眼)」
「話がややこしくなるからお前さん達は黙ってな。
 いいか玄奘三蔵、羅昂(こいつ)の命が危ないってことは、計都の命も危ねぇってことなんだぞ?」
「!・・・・・・」
「あ・・・!」

 いつか見た光景を思い出す八戒。
 計都の切り傷と同じ場所に出来た、羅昂の傷。
 離れていても、その身に何かあれば、片割れにも伝わるという――

「解ったら、もたもたしてねぇでさっさと出しな」
「・・・・・・」

 その言葉に、三蔵は袂から3枚の札を出した。
 羅昂と会う少し前、計都との別れ際に受け取った物だ。

「1枚でいい。残りは持っとけ」

 2枚を突き返すと、羅昂の傍に膝を突く。
 カルタ状の札を両手の間に挟み、合掌のようなポーズをとりながら、ほんの僅かの間真言のような言葉を唱える。
 と、開いた手の平の中に札は無く、代わりに桃くらいの大きさの光の玉が存在した。
 あの札が、菩薩の真言と神力により変化(へんげ)したものらしい。
 光の玉は、意志を持ったかのように菩薩の手を離れ宙を舞い、羅昂の背中に辿り着いて矢の刺さっている傷口に入り込む。

「今だ、矢を抜け」
「え、あ、うん」

 悟空が言われた通り矢を引き抜くと、抜いた瞬間に僅かな出血が見られたものの、それ以上の流血はなく、光の玉は矢傷の中へと完全に吸い込まれ、見えなくなった。
 慌てて、八戒が矢傷があった部分を確認するが、

「出血がない・・・矢を抜いた時の血が付いた程度で、傷が・・・完全に塞がっている・・・?」
「さっき八戒は大量に出血するかもって・・・え?え??」
「どうなってんだ?」
「・・・・・・」
「さっきの札はな、術者の膨大な霊力と魂の一部を凝縮・具現化したものなんだ。
 術者の呪文により術者の分身を作ることを目的としているが、これはその『力』を治癒力に変換させる応用技だ。瀕死の重症でも、本来の修復能力を極限まで高めて短時間で治癒させるもので、誰にでも出来る芸当じゃねぇ。
 だから、こうして俺様御自ら足労患ったってことさ」
「・・・神様って自分に対して『御』をつけられるんですね」
「小さい事に拘んじゃねぇよ。
 で、あとはこいつを車に乗っけるんだが・・・」


 声を上げたのは、羅昂の傍を離れず見守っていた白輝。
 矢を抜いた悟空や傷痕を確かめた八戒すら、主の身体から遠ざけるように鼻先で払う。

「ほう?」
「って、咥え上げるのか?」
「その方が、羅昂の身体に負担が――・・・」

 そう言いかけた八戒達の目の前で、白輝は身を一振り震わせた。
 と、その身体が白光に包まれたかと思うと、光が散ったその場所には、

「え、え、えーっ!?」
「マジっスか・・・?」
「は、ぁ・・・」
「・・・・・・」

 白い着物に身を包み、白銀の髪を艶っぽく結い上げた、妙齢の美女が立っていたのだ。

「ほう、流石にそれだけの『力』を持ってりゃ、ヒトガタへの変化(へんげ)も可能か」

「いやいや、見事なもんだ」
「ああああの姉ちゃんが白輝・・・?」
「・・・悟浄、外見は貴方の射程範囲内ですけど、如何です?」
「・・・色々とおっかねぇから、パス」
「・・・・・・」

 何となく気圧されて後ずさる4人の前で、人型(ひとがた)となった白輝は、主の身体を悠々と抱き上げた。
 どうやら、体力・筋力的には元の姿のそれが適用されるらしい。
 そのまま、八戒の方を見やり、


「あ・・・ジープ!」
「ピィ!」

 既に近くまで来ていたのだろう、木々の向こうから白い姿が見え、三蔵達の前に降り立つと、車形態に変化した。
 その様子が先程の白輝の変化と似ていたからだろう、

「・・・あのさ、ジープもうんと歳とったらヒトの姿になれるのかな?」
「いやぁ・・・それはちょっと判らないですねぇ」
「取り敢えず俺達の生きている間はねぇんじゃね?」

 そんなやり取りをする悟空・八戒・悟浄だった。
 白輝がジープに主を乗せたところを確認し、次々と己の定位置へ乗り込む4人。

「羅昂助けてくれてサンキュな!」
「ご足労とお手数をお掛け致しました」
「案外根に持つんだな、お前さん・・・まあいい。
 面白くなるのはこれからだからな、こんな所でくたばんじゃねぇぞ」

 そう言うと、眩い光を発し、光が散ると共にその姿も消え去った。

「あんな風に天竺まで瞬間移動出来たら楽なのになー」
「お偉いさんはシモジモの手助けなんざそうしてくれねぇの。
 それにしてもやっぱあの神様、逐一見てんのな」
「・・・・・・(嫌そうな顔)」
「では、下々の僕達は、地道に陸路を取ることにしますか。
 どうやら、一雨来そうですね・・・急ぎますよ」







取り敢えず一番シリアスな場面、の、筈なんですが。
どーしてもシリアスになりきれない不思議(爆)。や、悪いのは香月の性格なんですが。
最初の執筆がとにかく大昔なので、現在(2013年2月時点)よりは随分三蔵がメンタル面で崩れやすいです。これでも第一稿よりある程度マシにした方なんですが。
ちなみに六本木朱美は某漫画に出てくる、露出度過多のキャラクター(笑)。確かに観音様とは良い勝負(爆)。
高橋留美子先生ファンなら判りますかね?







Back        Floor-west        Next