陰陽師というのは、天文学者と占星術師と風水師と易占者と祓い屋を併せたような存在といえる。 暦を作り、星を読み、人や場所、物事の吉凶を占い、悪霊を祓う。 今尚人々の生活を影ながら支える存在なのではあるが、 何処か胡散臭さを感じてしまうのは、なぜだろうか――? 「ようやく、必需品の充填が出来そうな町に着きましたね」 「ここしばらく、碌な町を通らなかったからなぁ。 若いねーちゃんも酒の種類もからっきしでよ」 「あんまりおかわり出来なかったしさー」 「「・・・・・・」」 羅昂が三蔵一行に加わった半月後。 恐らく それとは対照的に、仏頂面、あるいは無表情で黙々と歩を進めているのが、2人の三蔵法師だ。 初対面時のやり合いのためか、和気藹々という空気はそこにはないが、互いを同類項と肌で感じているのだろう、嫌悪というようなマイナスの感情は窺えない。 三蔵からアクを抜いて過冷却状態にした感じですかね、とは、八戒の考える羅昂像だ。 ほんの少しでも刺激を与えれば、たちまち凍りつく零下の水。 淡々とした口調と態度、冷たさを感じさせる銀糸の髪、 そして晴れた夜空を髣髴とさせる目の色も相まって、他者に与える印象は、総じて清浄だが冷たい、そんなイメージだった。 「どうでしょう、このルートの先は、また小さな集落ばかり続くようですから、この町で連泊して、食料その他必要な物を充実させるというのは?」 「「さんせーい♪」」 「・・・・・・」 「却下」 「「「え?」」」 悟空、悟浄、八戒の視線が、異議を唱えた人物――羅昂へと向けられる。 三蔵も、僅かだが意外そうに眉を上げている。 半月前に一行に加わったばかりの羅昂が、旅程に対して真っ向から反対したのは、これが初めてかも知れない。 ふと、羅昂の意外な行動はこれだけでない事を、八戒は思い出した。 「それは・・・町に結界を張らなかった事と、関係が・・・?」 羅昂が旅に加わってから、ほぼ習慣的に行っていること。 町や集落に入る際、そこを覆い尽くす結界を張る。 成都の寺院の前で見せたような空間を歪めて閉鎖するものではなく(それでは内部の人々が混乱に陥る)、敵意害意を持つ者を寄せ付けないという簡易だが効果的なそれは、妖怪の襲撃に町の住人が巻き込まれるのを防ぐのに大いに役立った。 が、この町の入り口に差し掛かった際、八戒が羅昂に結界を張るためにジープを停めるポイントを尋ねると、羅昂は何処か不機嫌そうな声音で『必要ない』とだけ返したのだ。 総合的に考えると、この町、もしくは町の中の何かが、自分達にとって不都合な存在なのではないだろうか、そう考えて聞くと、 「・・・なくは、ない」 「解るように話せ」 核心に触れない物言いに、焦れた三蔵が苛立たしげに言ったその時、 「「「っ!?」」」 悟浄・悟空・八戒の3人が不穏な空気を察したが、時既に遅く、 ザザザッと足音を立て、槍を手にした数人の男達が、三蔵達を取り囲んだ。 「・・・これが理由か」 「流石に、聡くあられる」 「オイそこだけで話完結させてんじゃねーよ」 「何なんだよコイツら!?」 「少なくとも、僕達を友好的に迎えているようには見えませんね」 「――ご心配なさらずとも、我々の用が済めば、貴方がたは解放して差し上げます」 5人のやり取りに慇懃な口調で割り込んだのは、三蔵よりほんの少し若い、羅昂と左程変わらない年頃の若者。 身に着けている装束に、知らず、八戒の眼が険しくなる。 それは、以前自分達の前に現れ、散々てこずらせた変態易者とよく似た―― 「星読みで貴方様がこの地においでになるのを知ってからというもの、この日が来るのを今や遅しと待ち侘びておりました」 その視線は、真っ直ぐに一人の人物へと注がれていた。 「羅昂に用があんの?」 「貴方がたには関わりのない事です」 「おい、あんたらバカにしてんのか?」 肩を怒らせて一歩前に踏み出した悟浄を留めたのは、白い手甲を着けた手。 「下手に関わってはならない・・・」 「羅昂・・・あんた、こいつらの事知ってんのかよ?」 「知己の間柄、というわけではないがな。 この者は、この地を統べる陰陽師一族の若君であられる」 「陰陽師・・・ですか」 道理で、あの装束なわけだ。 「おぉ、初対面の私の事をいとも容易く言い当てられるとは・・・流石は 「・・・・・・」 賛辞を受けた羅昂は、眉一つ動かさないものの、その気配がやや尖ったものになるのを、三蔵達は敏感に感じ取った。 少なくとも羅昂からすれば、この若君とやらは好ましい人物とは言い難いようだ。 「私の名は、 そちらの方には是非、我が屋敷へお越し願いたく、こうしてお迎えに上がったのです」 「お迎えに上がったって言う割には、あんま誠意が感じられないんだけど?」 「用向きがあるのは朧の血を引くそちらの方だけですから」 「マジムカつく・・・」 「俺達は道楽で旅をしているわけじゃねぇ。貴様らの都合で足留めを喰うのは御免だ」 「足留め?」 珀辰と名乗った青年が小馬鹿にしたような笑みを浮かべると同時に、衛兵数人が槍の穂先を三蔵の顔面に突きつけた。 「「三蔵!」」 「おいマジかよ・・・」 悟空・八戒の叫びや悟浄の非難めいた呟きにも一切聞く耳を持たず、珀辰は淡々と告げる。 「言ったでしょう、用向きがあるのは朧家の方だけだと。 貴方がたは今すぐこの地を去るか、さもなくばこの私に逆らった罪で、土地の掟に則って処刑されるか、その選択肢しかないんですよ・・・」 「・・・・・・」 槍を突きつけられたまま、三蔵は無表情の下で思案する。 この珀辰とかいう青年の言葉によれば、羅昂を『三蔵法師』ではなく『朧の血を継ぐ者』としてこの地に留めようとしており、自分達には用はないという事だ。 元々仏道と陰陽道はその在り方の違いから、桃源郷内の宗教としては珍しく強く反発し合う存在である。 それ故に、僧侶である自分に対し武器を向ける事にも、躊躇いを感じる様子は窺えない。 巫山戯んな、と怒鳴りたいのは山々だが、陰陽師が支配する土地とあっては、ここで騒動を起こすのは自殺行為といえた。 と、 「・・・ここはあの者に従い、町を出られよ」 ぽつりと。 感情の伺えない声で、羅昂が三蔵に言った。 「ざけんな。あのクソ野郎の言いなりになれってのか」 「そなたとて、仏道と陰陽道の対立が根深い事は知っておられよう。 この地は、龍都ほどではなくとも陰陽道の拠点としては重要な部分を占める存在。 ここで下手な真似をすれば、あの者の一声で、万を超える住民全てがそなたの敵となる。 妖具や気功を封じられれば、そなたらにこの町を生きて出る術は残るまい」 「・・・・・・・・・」 やはり羅昂も、三蔵と同様の事を考えていたようだ。 「ここは、住民全員が陰陽師なのか?」 「いや、大部分は只人だ。ただ、彼等の生業は陽家の存在によって成り立つところが大きい。 逆らう者は、まずいまい」 「成る程な・・・クソが」 舌打ちして珀辰を見やれば、 「お決めになりましたか?この町を出るか、この町で短い一生を終えるか」 「・・・・・・」 あくまでも上からの態度を崩さない珀辰に、探るように目を眇める三蔵。 場の空気が、張り詰める。 ざり、と音を立てたのは、羅昂の足元の砂利。 2歩、3歩と、珀辰の方へ歩み寄る。 三蔵に槍を向ける男達は、ほんの僅かに退歩し、羅昂の為に道を作った。 恐らくは主人である珀辰――真の主はその父親である領主だろうが――により、羅昂に手出ししないよう厳命されているのだろう。 「羅・・・っ」 悟空が驚いて声を上げかけるが、 「・・・?」 片手を挙げ、悟空を制したのは、三蔵。 悟浄・八戒も、それぞれ左右から悟空の肩を押さえる。 その手に込められた力や腹立たしそうな表情から見ても、これが不本意な状況と捉えてはいるのだろうが、それでも羅昂を追おうとはしない。 羅昂が珀辰の目の前で立ち止まった時、 ザッ、と珀辰が、そして周囲の兵士も、その場にいる全ての町民が地に膝を突き、頭を垂れた。 「お待ち申し上げておりました。ようこそ、我等が 「・・・・・・」 僧帽と薄布から垣間見える目には、何の表情も浮かばない。 「私をそなたの屋敷へ連れて行くというのならば、先にあの者達を町の外へ安全に出されよ」 「貴方様のお望みとあらば。 しかしまあ、陰陽師の頂点に立つお方が、僧侶と行動を共にするなど・・・」 「・・・珀辰殿」 その、極限まで低められた凍りつくような声音に気圧されたのだろう、 傍にいた衛兵2人に向かって、 「お、お前達、あの者達を外まで見送って差し上げろ。 僧侶とはいえこの方と懇意である故、手出しはするんじゃない。いいな」 そう命じると、再び羅昂へと向き直り、 「これで、宜しいでしょうか」 そのへつらい振りに吐き気がしたが、顔には出さず羅昂はぼそりと言った。 「ならば参ろう、そなたの屋敷へ」 |
またまたお久し振りな桃源郷メインストーリー。ですが、実はこれも既に一度書き上げたものを構成し直した・・・といっても殆ど原形を留めていないといういつもの結果に(汗)。もはや持病(^_^;)。 ちなみに『仏道と陰陽道の対立』というのは香月の独自設定。この世の成り立ちの時点で仏教が存在する(らしい)桃源郷に於いて、陰陽道はある意味外道という扱いであり、それ故の反発が続いているという背景があります。今後もこの設定が時々用いられる予定なので、留意いただければと。 |
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