星都の領地の端、境界を示す石碑の傍。 三蔵達4人は、見送りの衛兵にシッシッといわんばかりの仕草で町の外へと追いやられた。 「二度とこの土地に入るんじゃないぞ」 「ったく、本来ならあんた達は石の一つや二つぶつけられても文句は言えないんだから、無傷で出られるだけ有り難く思えってんだ」 「あぁ?ンだよその言い方」 「別に俺達何もしてないじゃんかよ?ってゆーか羅昂返せよ!」 「まあまあ悟浄、悟空。郷に入っては郷に従え、この方達は務めを果たしただけですから、ここで揉めるのは得策ではありません。取り敢えず、ここから離れましょう」 「だって羅昂が!」 「悟空」 滅多にない、三蔵からの呼び掛け。 その一言で、事の重大さを悟ったのだろう、 「・・・・・・うん・・・」 不承不承、という態ではあったものの、それに従い、トボトボと歩き始めた。 ――が、 「・・・・・・行ったか?」 「・・・大分気配は遠ざかっていますが・・・ジープ、どうです?」 「キュ、キュ(首をふるふる振りつつ)」 「・・・三蔵?八戒?」 「シッ、黙って歩け」 「悟浄まで、何だよ一体・・・?」 「・・・キュウ!」 「見えなくなったようですよ」 「んじゃ、作戦会議な」 「えっと・・・?」 「フン、あれだけコケにされて大人しく立ち去るとでも思うか?」 「・・・思わない」 「不当に巻き上げられたモンはきっちり取り返さねぇとな?」 「・・・それって・・・」 「受けた仕打ちは3倍返し、取られたものはきっちり耳を揃えて返していただく、これが僕達のモットー。ですよね、悟空?」 「!・・・・・・おう!」 「この声って・・・白輝?」 「え゛、いたのかよ?」 「流石に非実態の精霊だと気配は判りませんねぇ」 「・・・出てこい」 三蔵の言葉に、フ、と現れた白い靄が見る間に収束し、巨大な三尾の白狐の形をとった。 「成る程。あんたは主人の居場所を正確に把握出来るのか?」 「凄ぇ・・・」 「というより、それだけの能力を持つ精霊を従えることの出来る羅昂が凄いんですよね」 「でもさぁ、白輝は一瞬で羅昂のとこに行けても、俺達はそうはいかないじゃん。 どうやって羅昂を連れ戻すんだよ?」 「まあ半分は妖怪だけどよ」 「俺は違う」 「話が逸れてます、三蔵。 そうですね・・・ま、隠れてコソコソという芸当は僕達には向いてませんし、潔く正面からといきますか」 「・・・・・・・・・え゛?」 一方、星都領主の館。 丁重な挨拶を受け、長い廊下を案内される羅昂は、不機嫌のオーラを隠そうともしない。 それもそうだろう、手と首には枷、それも封呪の呪文が刻まれた特殊な枷が嵌められているのだから。 取り敢えず、桃源郷随一の陰陽師である人物に対し無礼を働いているという自覚はあるらしい。実際、力を封じられていなければ、珀辰達も町の住人も諸共消滅させることくらい、しようと思えばいつでも出来る。 が、力に物を言わせるだけでは、このいけ好かない青年と同じ穴の貉になってしまう。 まずは、先方の出方を探る。そのため、表面上は大人しく従うことにした。 珀辰が、いや、陽家が自分を必要とする理由は何なのか? 自分の事を朧一族の人間と評したところを見ると、少なくとも『三蔵法師』としての自分に用があるわけではない。 となると、陰陽師としての自分を必要としていることになる。 ただ、陽家も優れた力を持つ陰陽師の家系である。しかも、朧一族が殆ど死に絶えたのに対して、陽家はそれなりに存続している筈――とはいえ、名家の宿命は陽家に於いても例外ではなく、血族結婚が度々行われているらしいが――ともかく、それだけの陰陽師が揃っていても解決出来ない何かがあるというのだろうか? 行ってみなければ分からない、ということか・・・ 半ば諦めるように薄布の下でそっとため息をつき、珀辰と共に歩いた。 やおら、珀辰の歩が止まる。それに合わせて羅昂も立ち止まった。 ギィ、いう音からすると、観音開きの扉が開かれたようだ。 「父上、お連れ致しました」 「うむ」 声の響き方から、ある程度の広さの部屋に通された事を知る。 正面の位置に坐する壮年の男性――珀辰が父と呼ぶからには、この地の領主――が、珀辰の声に、身体の向きをこちらへと変えるのが判った。 「よく参られた、朧家のお方。儂はこの地の領主である陽 お目に掛かるのはこれで2度目だが、最初にお会いしたのは随分昔の話故、これを機に是非お見知り置きを」 見知り置くも何も、こちらは盲だというに。 そんな言葉を出さない代わりに、極力感情を抑えた声で問い質す。 「そなたらに何の権利があって、このような礼を欠いた振る舞いを?」 「このような無礼を働いたことにつきましては、幾重にもお詫び申し上げます。ですが我々はどうしても貴方様が必要なのです。そのため、力ずくでもお連れ申し上げなければなりませんでした・・・」 「私に用向きがあるのは理解している。聞きたいのはその内容だ。具体的な、な」 「はい・・・でもまさか、貴方様が世を捨てられていたとは・・・」 「それがそなたらの問題と何の関係がある」 「ございますとも。貴方様は朧一族の生き残り。 世を捨てるということは、その血脈を途絶えさせることに相成るのでございますぞ?」 「私は気が長い方ではない。結論を言われよ。 そなたらが私を拘束してまで連れて来た理由を」 「え、ええ・・・では、率直に申し上げます・・・ 此処におります我が息子、珀辰と婚姻の儀を上げていただきたいのでございます」 「はぁ!?」 それは、羅昂が生涯一度も出したことのないような間の抜けた声だった―― 羅昂が珀乾の言葉の内容を理解するのには、少々時間がかかった。 「ご存知のように我々飛家も、貴女様の一族と同様同族間での婚姻を慣わしとして参りました。ですが、血の濃さが増すにつれ流産・死産の回数も増え、このままでは我が一族も滅亡の一途を辿ることに相成りかねません。 かといって何の力も持たぬ一般人を一族に加えては、強い力を持った子を生すことが出来ない、そこで思い出したのが貴女様でございます――」 遡ること8年―― 屈指の陰陽師の名家である朧家の当主交代の際には、全国から主な陰陽師の家の当主が挨拶に集まる。 珀乾も例外ではなく、朧家の当主交代の知らせを受けて馳せ参じた。 飛家も朧家に負けるとも劣らぬ名家であるため、敬意を表されて大広間の最前列に通される。 暫くの間他の当主達と近況報告などを交わしていると、急に辺りが静まり返り、新当主の登場が告げられた。 だが、次の瞬間、それまでとは比べ物にならないどよめきが起こった。 特別な儀式用の正装である礼服に身を包み現れたのは、ほんの10歳ばかりの子供であった。 更に冠を戴いたその頭は、桃源郷に於いて人には有り得ない銀髪で、 その子供は当主達の前に立ち、それまで伏せていた眼を上げた。 晴れた夜空を髣髴させる 男なのか、女なのか。いや、それ以前にはたして人か、それとも―― 子供は、それ特有の高く良く通る声で、しかし物怖じせずに当主達に告げた。 『各家御当主の皆様方、お忙しい中遠路はるばる起こしいただき、恐縮至極にございます。 私がこの度朧家第28代当主の座に就きました、朧 計都でごさいます・・・』 あー・・・・・・そんなこともあったような・・・ 既に羅昂の意識は半分明後日の方向に飛んでいた。 呆れのあまり声も出ないその心情など知る由もなく、珀乾は続ける。 「流石にあの時は私も驚きを隠せませんでした。何せ我々共の常識では、女人が当主になるなど、有り得ないことでございました故・・・しかし、一族が厄災に見舞われ、貴女様を残して皆死に絶えたということで、我々も納得致しまして・・・」 「・・・・・・」 『厄災』が目の前の人物による『人災』だとは、陽家当主には知る由もない。 「幸い、と申しましょうか、陽家と朧家の間で過去に行われた婚姻は片手で数える程しかなく、極端な近親関係にあるとまではいえない筈。なれば、貴女様こそ、我々一族を存亡の危機から救っていただけるお方。どうか――」 そこまで聞くと、羅昂はもう我慢が出来ない、と言わんばかりにクックックッと押し殺すように笑い始めた。 「計都殿――?」 珀琅と珀乾の目が訝しげに眇められる。 「生憎だが、私は計都ではない」 嘲笑を浮かべ、見下すような物言いで陽父子に告げる。 「何ですと!?」 「お戯れはおやめ下さい!遠い昔の事とはいえ、貴女様のその髪と瞳の色を、父が忘れる筈もありません。 計都殿以外にその 「フン、ここにいるではないか。そなたらの目の前に」 「?・・・・・・」 「私は計都の双生の兄、羅昂と申す」 「なっ――・・・」 「一族の滅亡と共に私は朧の名を捨てた。それは確たる理由があってのこと。 しかし我が一族に課せられた責務を放棄するわけにもいかないのでな、妹が当主となったわけだ」 「で、では、計都殿は!?」 「そのような事、私が知るわけなかろう。枷で繋いでいるわけではないのだからな」 自分が置かれている状態を皮肉って言うが、相手にはそれが通じていないようである。 「そ、そんな・・・」 その時である。 それまで閉じられていた扉の向こうがザワザワと騒がしくなったかと思うと、バン、と派手な音と共に扉が開き、屋敷の下男と思しき男性が慌てふためいた様子で入ってきた。 「何事だ、ここには近付くなと――!」 「それが旦那様、屋敷の前方から・・・!」 ――予想はしていたが、また随分と荒っぽいことだ。 他人の眼に触れぬ薄布の下、先程の嘲笑とは異なる意味で口の端を上げる羅昂だった―― |
羅昂/計都の出自である朧家は、名立たる陰陽師の中でもトップに君臨する家なので、その当主交代の際には他家の当主が挨拶に参じます。一国の城主みたいなものですね。 一族を消滅させた羅昂が寺院に身を寄せることを決めた(第二話参照)直後、計都が朧家当主として戴冠の義を行うことになるので、羅昂もその辺の状況はきちんと把握しているのです。でも事務的内容過ぎて小説に起こせない(-_-;)。 |
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