悟空の尤もな疑問に、2人の最高僧は視線を一つの方向へと向けた。 その先には、悔しさの滲む目付きでこちらを睨み付ける江流――否、 「あれは、玄奘殿の鏡像・・・玄奘殿の心の奥底の『願い』をその身の内で叶えようとした、魔鏡の創り出した幻であり、あれこそが魔鏡の本体だ――」 ![]() 先程の三蔵をも上回る凶悪な顔をした江流の身体の輪郭が、淡くぼやける。 江流としての姿を捨て、新たな媒体を求めに行くのか。 「――させぬ」 羅昂が袂から糸――この世界へ来る際に使った物と同じ――を取り出し、 ![]() 桃源郷随一の霊力者の髪は、時に強力な結界の源となり、時に力の強い魔物をも拘束する。 昨日、羅昂が書庫で受けた衝撃と同じものをその身に受け、非実態になり損ねた魔鏡の本体は、苦悶の表情を浮かべながらその場に倒れ伏した。 江流の正体が判った今なら、書庫で起きた現象も理解出来る。 作動中の魔鏡の本体に桃源郷随一の霊力の持ち主が触れたのだ、『力』の反発が起きるのも無理はない。 反発だけで済んだのは不幸中の幸いで、実際のところ、一歩間違えれば三蔵を内に取り込んだまま魔鏡ごとこの夢の世界が消滅してもおかしくなかった――という話は墓場まで持って行こうと心に決める羅昂だった。 「――さて、玄奘殿が元に戻られたなら、私はこの辺りで退散させていただく」 「なあ、俺はどうすればいい?」 「先に戻るがいい」 「じゃあ三蔵、頑張れよな!」 「・・・誰にものを言ってやがる」 「へへっ・・・じゃあ羅昂、ヨロシク!」 「・・・ ![]() 手印の先を悟空の額に当て、 肉体が目覚めるまで、左程も掛からないだろう。 「何つーか、本当に人間離れした能力だな」 「賞賛痛み入る」 「誰も褒めてねぇ」 ケッ、と毒づく三蔵。 とはいえ、やはり羅昂がいなければ魔鏡の創り出す世界に囚われたままだっただろうから、今の言葉は三蔵なりの感謝の言葉なのかも知れない。 「これで、私が為すべき事は全て片付いた故、私も戻らせてもらおう」 「ああ、とっとと還れ」 「――あぁ、一つ、言い忘れていた」 「あ゛?」 怪訝そうに眉を寄せる三蔵。 そんな彼に向かって、己の眦を指差し、羅昂は言った。 「常日頃悟浄殿が言っておられる通りだな、目尻が下がり気味であられる」 ――つまり、タレ目ということで・・・・・・ 「なっ・・・テメェ、見えてやがんのか!!」 「此処は精神世界故、肉体の欠陥は影響しないからな」 もちろん、生まれ付き暗闇しか知り得ない盲人ではそうもいかないだろうが、様々な術により『色』も『光』も脳で認識した経験を有する羅昂であれば、夢の世界では問題なく視覚を利用出来た。 その反面、江流の正体に気付けなかったり、その江流が持つ数珠に三蔵が囚われている事が判らなかったりと弊害も多かったのだが。 「とっとと消えやがれ!つーか後で殺す!」 「・・・承知」 笑いをこらえ――それすらも三蔵の癇に障るようだが――、羅昂は己の眼前で手印を切る。 「・・・ったく、どいつもこいつも・・・」 苦々しく呟くと、羅昂の『糸』に絡め取られて身動きの取れない魔鏡の本体に向き直った。 自分の幼少時の姿を取る者に対して銃口を向ける事に、抵抗が全く無いわけではないが、過去には、 行く手を阻む者は、容赦しない――それがどんな姿形だろうと。 懐から使い慣れた小銃を取り出し、標準を合わせてガチリと撃鉄を起こす。 「―――死ね」 ドカ――――・・・ンッ 「・・・・・・っ!?」 目が覚めるとほぼ同時に耳をつんざく爆音が轟けば、流石に驚くしかない。 戦闘で研ぎ澄まされた反射神経で、瞬時に身を反転させうつ伏せの姿勢を取り、小銃を構える。 予想より遥かに柔らかい手元の感触に眼をやれば、地面ではなく畳に敷かれた布団が視界に入った。 |
「あっ、三蔵、目が覚めたんだ!!」 |
「あぁお早うございます・・・この場合、お還りなさいと言うべきでしょうか?」 声の出所を視線で探ると、縁側から見える中庭で悟空が妖怪達を相手にしており、自分のいる場所の隣室で八戒が気功で障壁を張っている。 その背後で蒼褪めながら固まっている集団の装束を見れば、ここが寺である事は辛うじて察せられた。 「おい、何がどうなってやがる?」 「えっと、説明したいのは山々ですが、今ちょっと状況がアレなので、三蔵は取り敢えずその場で待機しといてもらえませんか?」 「あぁ?」 警戒しつつ周囲を見渡せば、自分のいる部屋の4辺は、白銀に光る糸で囲われている。 4本の柱に貼られた呪符と、それらを繋いでいる銀糸を見るに、この場所に結界が張られているのだろう。 誰が張ったかなど、考えるまでもない 「結界が強過ぎるのも良し悪しですよ。妖怪の襲撃を受けてあなたの体を奥へ運ぼうにも、その結界の所為で誰もその部屋に入れないんですから」 「当然だ。簡単に破られるような軟弱な結界など張るつもりはない」 不遜な台詞に、振り向けば同じ部屋の壁際に羅昂が立っていた。 あちこちの関節をコキコキと解しているところを見ると、こちらも目覚めたばかりらしい。 術者が意識を切り離した状態で中にいるのだ、問答無用で最強の結界を張ったのだろう。 「安心されよ、譬えこの寺が爆撃で木っ端微塵になろうとも、この結界の中は完璧に守られる故」 「「・・・・・・」」 背後で短く悲鳴を上げた月安寺の僧達に、八戒はほんの少し同情した。 一行に加わる際、本人が明言していたように、羅昂の中での優先順位は揺るぎなく、それ以外は十把一絡げで『どうでもいい存在』なのだ。 「・・・取り敢えず出るぞ」 「体調は?」 「舐めんな」 吐き捨てるように言うと、銀糸の下を潜り抜ける。 「いたぞ!2人の三蔵法師だ!」 「一石二鳥たぁこの事だぜ!」 「覚悟しやが・・・」 ガウンガウンガウンッッ 飛び掛かって来た妖怪の頭部に、容赦なく撃ち込められる鉛弾。 「その首もらったァ!!」 「――白輝」 ![]() 「ギャアアアアッッ」 死角から躍り出た最後の一人は、武器すら構えない羅昂の冷淡な一言で跡形もなく蒸発した。 「おー三蔵サマ、ご無事のお戻りか。もうこっちは片付いたぜ」 「わっり、何人かこっち方面に逃げられちった。三蔵、羅昂、大丈夫だったか?」 「・・・誰にものを言ってやがる」 「問題ない、悟空。ご苦労だった、白輝」 ![]() 「三蔵も大丈夫そうですし、今のうちに此処を出るべきでしょうね」 防御壁を消し、背後を見やる八戒。 三蔵法師が武器を手にし、殺戮を行う場面を目撃した僧侶達は、恐怖と驚愕にすくみ上っている。 まあ、ある意味僧侶らしい反応ではあった。 人生経験の豊富さ故か、僧正はその中でも多少立ち直りが早かったようで、 「魔鏡の呪縛から、生きて還れた者はいないと聞き及んでおりましたが・・・ご無事でようござった」 「世話になった礼と騒がせた侘びは言っておく。あの不燃ゴミだけそっちで処理しておけ」 クイ、と親指で室内を示す。 先程まで結界で護られていた部屋の畳の上、 反射面が粉々に砕け散った魔鏡が、無造作に放置されていた。 「玄奘殿が『本体』を撃ち倒した故、あれにはもう魔は宿っておらぬ。触れても問題はない故安心されよ」 「承知致しました」 「とっとと行くぞ」 「うぇ〜、俺体動かして腹減ってんだけど?」 「一番近い町が襲撃の影響を受けていなければ、取り敢えず食糧調達だけでもしましょうか。 まだ日は高いですから、急げば日暮れまでには次の町に行けると思いますよ」 「おー、じゃあさくさく行きますか」 「そんじゃーな!」 「失礼します・・・」 「・・・」 最後に銀糸の髪の三蔵法師が無言で会釈し、稀有な 「――何とも、型破りな方達でしたね・・・」 僧正の背後から、一番弟子である法禅が声を掛ける。 「・・・しかしながら、あの方達だからこそ、魔鏡の力に打ち勝ったのだと、私には思えます」 「そうかも知れんの」 甘く優しい夢よりも、苛烈な現実を歩むことを選び、 何者にも囚われず、己の行く道を歩き続ける。 行く手を阻む者を、蹴散らしながら―― 一行の背に向けて、僧正は手を合わせた。 「願わくは、彼等の行く道に光在らんことを――」 「んで?どんな夢だったんだよ?」 寺から程近い町の食堂で遅めの昼食を摂りながら、悟浄が夢の中の光景について訊いてきた。 ――結局、三蔵が倒れてから4時間弱、羅昂達が夢に合流してからは3時間余りが経過していた。 騒動の中心となった三蔵の夢について、訊きたくなるのも無理はないが、 「・・・終わった事だ、話す必要はない」 「小さい頃の三蔵がいて、お師匠さん達もいたんだぜ!」 「おいこら猿・・・!」 「幼少時代を過ごした場所、という事ですか?『望み』を映し出すというから、てっきり経文を取り戻した後の光景になるかと思ったんですが」 「・・・それは『望み』とは言わねぇ」 「経文奪還は、玄奘殿にとっては飽く迄も御自身に課せられた義務で、遂行するのが当然の事だからな。 それ故、魔鏡の欲する『明き望み』には当て嵌まらなかったのだろう」 「それで小さい頃の光景ですか・・・」 「おい羅昂、 「御免こうむる」 (この野郎・・・!) と、その時、 |
「妖怪達が暴れてる!きっと寺を襲った連中だ!」 |
外の通りから、人の叫び声が聞こえてきた。 「寺を襲った奴等は全員片付けたのになぁ」 「ってことは、別便ってヤツか」 「此処での買い出しは諦めた方がいいでしょうね」 「被害が広がる前に片付ければいいだけだ」 「承知」 摂りかけの昼食を手早く終え、立ち上がる。 ぬるま湯のような夢になんか浸っている暇はない。 砂塵と硝煙と血飛沫の臭いのする現実が待っている。 懐から小銃を取り出し、三蔵は扉を開けた。 邪魔する者を、容赦なく排除するために―― |
第五話 ―了―
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あとがき また羅昂に隠し事が増えてしまいました(『またつまらぬものを(略)』みたいな感覚で)。 もし羅昂が意図的に霊力を込めて江流に触れていた場合、魔鏡はもちろん木っ端微塵ですが、同時に三蔵の魂も巻き込み事故的に砕け散って取り返しのつかない事になっていたわけで、悟空にあれこれ注意しておきながら羅昂の方が大ポカしそうだったのです。が、本人が口を閉ざしているので真相は闇の中(爆)。 あと、精神世界ということで羅昂は最初からずっと見えている状態でした。明記しなかったのはもちろんわざとです。 意識を閉ざした三蔵の夢の中に入り込む羅昂&悟空、という構想から話を膨らませ、書いては消し書いては消しを繰り返すこと幾年月、ようやく完結させることが出来て感無量です。 |
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