Shinning sun and brilliant moon





 「これ、は・・・」

 札が破壊され、結界を破ることに成功したのは、4人共すぐに判った。
 結界が無効化された瞬間、白い壁も高価な調度品も全て消え去り、4人は真っ暗な空き家の中に立っていたのだ。
 窓ガラスは汚れきって擦りガラスのように不透明だったが、一部の割れ目から外を覗くと、他の建物も同様に灯りのない空き家が並んでいる状態で、町の喧騒どころか生きている者の気配すらしない。
 ついでに言えば、最上階だった筈の床が、地面と同じ高さになっていた。

「・・・結界を破るの、朝になってからの方が良かったでしょうか?」
「冗談。こんな化け物屋敷、1分だっていたかねーぜ」
「あーあ、夕メシも夜食も食い損ねたぁ」
「とにかく、ここには用はない。とっとと出るぞ」



 太裳はそう言うと、手の平程度の大きさとなり、悟空の左肩へと腰を下ろした。


「あ、うん」

 暗闇の中で仄かに光る水晶玉を拾い上げ、手の平に乗せる。

「――行くぞ」








 宿に偽装された建物を出て、来た道とは逆の、町の中心地へと向かう。
 歩けど歩けど人の姿はおろか、犬一匹存在しない。
 完全なゴーストタウンの中を、沈黙のまま歩くこと20分程度。
 他の建物とは趣の異なる、石の土台に建てられた堅牢な建物が見えてきた。


「あ、カギは開いてるっぽい」
「入るぞ」

 錆びた蝶番特有の耳障りな音を立て、ゆっくりと開かれる扉。
 床も石畳になっており、通常の民家ではなく廟のようなものと察せられる。

「御無事か」
「「「羅昂!」」――って何そのカッコ?」

 悟空が訊くのも無理はない。
 普段の『三蔵法師』の装束ではなく、陰陽師の式服を着ているのだから。

「この町は『三蔵法師』を誘い込むよう仕組まれた結界で囲われていたからな。
 『三蔵』として入るわけにはいかなかったのだ」
「そうそう!何で俺達閉じ込められたんだよ!?妖怪の仕業じゃないんだろ?」
「説明はする。その前に――太裳、役目御苦労だった」


 その言葉と共に、太裳は光の残渣を残して消え去った。
 紙などで作る式神と違い、自分の意志を持ち、人より優れた能力を持つ式神が頭を垂れて従う――羅昂の力の凄まじさが判る光景だった。

「それにしても、ここはどういう場所なんでしょう?」
「それはこの建物の事か、それとも町か、どちらの事だと?」
「両方について訊きたいですね」
「この建物は、見ての通り廟だ――この者達を安置するためのな」

 そう言って、顔を向けて示した先には、

「うわっ!?」「ヒェッ!?」「これは・・・」
「ミイラ・・・まさかこいつら・・・」
「そうだ。この3体のミイラは、元は陰陽師――それも、他の陰陽師を統べる力のある者達の、成れの果てだ」
「顔は干からびきって判らんが・・・背丈や肩幅からして、一番デカいのが門番、中間が町長、小柄なのが宿の主人・・・を演じてた奴か」
「貴公らがどのような歓待を受けて結界の中に(いざな)われたのかは知らぬが、この3人で町を構成し、それ以外は式神や幻術で補われていたようだな」
「あれだけの街並みと人々を、術で?何のために・・・そもそも、なぜ陰陽師が僕達を閉じ込めようとしたんでしょうか?」
「・・・800年程前の話と聞く――」

 それは、今なお水面下で続いている仏道と陰陽道の確執の、直接的な原因とされている。
 元々は両者共に、有史以前から人々の間で信仰されていた宗教であった。
 だが、シャーマニズムの特徴を色濃く残す陰陽道に対し、仏道は創世記に『天地開元経文』が用いられている事を利用して瞬く間に桃源郷全土に広まり、様々な文化を確立させて第一宗教の座を勝ち得た。
 異形のものを操り、他者を呪い、未来を予知する陰陽道の術は、一般人にとっては畏怖の対象にしかなり得なかったのだ。
 やがて、理解の範囲外にあるものを異端と見なす人の性は、陰陽道を弾圧にかけ始めた。
 焼き払われる貴重な書物、術具の数々。
 それを黙って見ている彼らではなかった。
 ついにある時、桃源郷の各地で陰陽師と僧侶の戦いが勃発したのだ。
 第一次宗教戦争。
 皮肉にもこの戦いのために、数多くの武器や、攻撃用の術が開発された。
 戦争によって技術は向上する。
 それはどの時代でも同じなのかも知れない。
 羅昂の説明に、三蔵は金山寺の武器庫を思い出した。
 自分が現在携帯している小銃と共に保管されていた武器の数々。
 本来無殺生を説いている筈の仏教徒が、宗教上の対立から殺戮に身を投じた時代があったのは、三蔵も多少聞き覚えがある。
 金山寺に置かれていた数々の武器も、恐らくその時代の名残なのだろう。

『本当に恐ろしいのは、人の形をした生き物だからの――』

 『三蔵』継承の儀を執り行い、自分を外の世界へと送り出した僧正の言葉が蘇る。

「――しかし、一方で強大な力を有する妖怪が多くの妖怪を従え、その支配を広げていることに気付いた双方は、一旦和平を取り交し、妖怪の弾圧にかかった・・・」

 長年の動乱の世を経て人々が平和を取り戻したのは、およそ500年前。
 大妖怪といわれた牛魔王が闘神太子の手によって討伐された後、人と妖怪、仏道と陰陽道は平衡を保って共存することを取り決め、小さな争いはいつの世も絶えなかったものの、平穏な世界が戻って来た――表面上は。
 しかし、人の記憶――特に多大な被害を受けた記憶は、子々孫々へと受け継がれ、同時にかつての対立意識も、脈々と受け継がれていく。
 だからこそ妖怪は人を、陰陽師は僧侶を憎み、一方で人は妖怪を蔑み、僧侶は陰陽師を奇異の目で見るのだ。
 そして、弾圧の時代を如実に物語っているのが、この地である。

「第一次宗教戦争の際に滅ぼされた幾つかの都が、歴史からその名を抹消されたということは・・・玄奘殿、聞いたことがあられるか?
 この町も、その1つだったらしい――」

 『名』は、言霊の力を重んずる陰陽道に於いて不可欠なもの。
 その『名』を抹消するということは、争いに負けた者達への最大の処罰を意味した。
 三蔵も、宗教戦争の事実は知っていたが、そのようなことが行われたとは知らなかった。

陰陽師(われわれ)の間ではよく聞く話だが――そうであろうな・・・」

 お前は僧侶だろーが、と突っ込むことは、誰も出来なかった。

「それで、弾圧されたこの人達は、僕達を――でも、この状態でどうやって――」
「陰陽師が自身の活動の拠点とする地は、大抵『気』の多く集まる場所だ。
 名を奪われ、存続出来なくなった土地に、それでも残る事を選択した3名が町全体に術をかけ、己の寿命が尽きた後も魂のみの住人として存在し続けた――この地を訪れる『最高僧』に報復するためにな――」
「何で800年も昔の事のとばっちりを、俺が受けなきゃなんねぇんだ」

 ケッと毒づきながら、マルボロを咥える。
 三蔵も、解ってはいる。
 仏教徒の最高位である『三蔵』の名を持つ自分。
 それを永久に亜空間に閉じ込めれば、事実上『魔天経文』を持つ『三蔵法師』はこの世に存在しなくなる。
 『三蔵』の名と『魔天経文』。
 仏道に於いて至宝とされる最高層と経文の存在を抹消する事こそが、彼らの目的。
 自分達の最も大切なものを奪った仏教徒への報復として――
 けれど、そんな報復劇に付き合っていられる程、自分達は暇ではない。

「お前にも責任の一端はある。この胡散臭ぇ町を何とかしろ」
「やはりな。そう言われると思った」

 もはや反論するのも馬鹿らしいのか、肩を竦めつつも羅昂は意外にも素直に受け入れた。

「なので既に準備は始めている。少々時間がかかりそうなので、貴公らは先に元の時代へ戻られよ」
「へ?『元の時代』って?」
「あぁ、気付かなんだか。此処は本来我々が存在する時代から800年近く前――第1次宗教戦争のあった時代の町跡だ」
「はぁ!!?(×4)」

 声を揃えて驚愕する。

「このような大規模な術を何百年も維持させる事の方が非現実的であろう?」
「いや時間を遡る方が非現実的だろ!?」

 悟浄のツッコミは尤もであるが、羅昂の感覚ではそうではないらしい。

「あの爆発のあった平原には、幾つもの同様の仕掛けが配置されていた。
 仕掛けは2段階になっていて、『天地開元経文』を有する『三蔵法師』が仕掛けの範囲に侵入したら爆発するというもの、そして同時に、時空を超えてこの町への門戸が開かれる、というもの・・・町へおびき寄せてからは、知っての通りだ。
 宗教戦争で本来の町長が殺され、町の名を奪われたことで町の住人が移住を余儀なくされた頃から、この3名を中心に、多くの陰陽師が加担し、綿密に練られた計画だそうだ。完全に術が完成するまで、術や術具の開発も含めると10年以上かかったらしい」
「見てきたような言い方だな」
「本人達から聞いた」
「・・・・・・(×4)」

 ミイラの残留思念を読み取ったらしい。

「そのミイラ共が、また一悶着起こすことはないのか?」
「魂は在るべき場所へお還りいただいたので問題ない――『三蔵法師』を亜空間に閉じ込めた事に満足していたので、さしたる抵抗もなかったしな」
「で、その3人を成仏させてから俺達を亜空間から出すよう式神を仕向けた、と」

 微妙に詐欺師じみているが、3人の魂が留まったままだと、三蔵達が脱出した事を感じ取って再び襲い掛かってくるだろうし、この先も新たな『三蔵法師』が巻き込まれる惧れもある以上、止むを得ないだろう。

「そこに固まって立っておられよ」

 微動だにしない三蔵を中心に、残りの3人が1歩ずつ距離を詰める。
 羅昂は手を、陰陽道の術を行使する時の手印ではなく、三蔵が魔戒天浄を発動させる時と同じ合掌の形にして、真言を唱えた。



 真言に呼応して、羅昂の背が後光の如く光り始めたかと思うと、幾筋もの光の帯が前方へと伸びてきて、三蔵達を繭のように包みだす。
 羅昂が――『羅昂三蔵』が持つ、『更天経文』の力。
 4人の全身が光の帯にすっぽりと包まれたと同時に、その光がカッと一際強く輝いたかと思うと、次の瞬間――

「・・・え?ここどこ?」

 4人は、平原の真ん中に立っていた――








 ミイラや廟はおろか、見渡す限り建物らしきものは一つもなく、
 周囲の植生から、どうやらあの爆発のあった平原に戻ってきたらしい。
 視界に入る唯一の人工物は、傍にある石造りの祠くらいか。

「月があの位置ということは、今は真夜中という事でしょうね」
「夕メシと夜食〜」
「取り敢えず缶詰でメシにすっか」
「・・・コーヒー・・・」

 手早く野営の準備を整え、携帯食で簡単な夜食を摂っていると、

「祠が・・・・・・!?」

 石造りの祠が、急に光りだしたかと思うと、光が収まると同時にボロボロと脆く崩れ始めて砂礫の山となり、それも崩れて砂山に変わり果てた。

「恐らく、あの町の結界を形成していたものだ。羅昂が結界を解除したため、形を保てなくなったので崩れた、というとこだろうな」
「じゃあ、800年前の世界で、羅昂があの町跡を消滅させたという事ですね」

 そんな事を話しているうちに、先程自分達が立っていた場所が眩く光ったかと思うと、

「・・・このような状況でも食事が出来るのだな」

 声に若干呆れを滲ませながら、羅昂がこちらへと歩いてきた。

「腹が減っては戦が出来ぬってな」
「あー悟浄、それ俺が言いたかったのに!」
「へーへー」
「あれ、羅昂、いつの間に着替えたんです?」
「町の結界さえ解除出来れば、この装束になっても問題はなかろうて、向こうで着替えてきた」
「何つーか、『羅昂三蔵(お前)』の存在が一番奴らにとって想定外だったとしか思えん」
「・・・言っておられよ」

 憎まれ口を叩いてはいるが、10年以上の年月をかけて町全体に掛けられた術を解除し、本来在るべき姿に戻すためには、流石の羅昂も少々手こずったのだろう、いつもの僧帽と薄布で表情は隠されているが、唯一見える目元に疲労が滲んでいる。

「大変な役回りだったみたいですね、お疲れ様です」
「あぁ、いや、それなりに収穫はあったので、気にする必要はない」
「収穫?」
「・・・あの廟が、町全体の結界の起点であったと同時に、生前の彼らの研究施設でもあったわけで、隠し書庫に貴重な資料が山と積まれていたのだ――弾圧の時代、焚書を避けるために物理的・術的二重の隠蔽を施していたので、中に入れるまでに若干時間を要してしまったがな。
 惜しむらくは、この手でこの時代に持ち帰りたかったが、それが赦されない点だ。故に、向こうで読めるだけ読んで頭に入れてきたのだ」
「・・・・・・(×4)」
「・・・つまり、その疲れ切った面は、読書疲れか」
「うへぇ、俺疲れる程本なんて読みたくねぇ」
「つか、どうやって本とか読むんだよ?」
「術で筆者や読者の思念が読み取れる――あぁ、言ってなかったか」
「何と言いますか・・・『三蔵法師』って、我が道を行くって感じの方ばかりですねぇ」
「おい一括りにしてんじゃねぇ」








 上弦の月は既に山の向こうに沈みゆき、代わりに星々が輝きを増す。
 隠された太陽の代わりに、旅人の導となるべく――








―了―

あとがき

何とか終わらせられました。羅昂側の行動をかなり端折ってしまいましたが、一応話は通る筈です。
桃源郷メインストーリーとしている一連の作品の。バックボーンである『仏道と陰陽道は相対している』という独自設定の根幹といえる部分を書いたものになります。
羅昂自身が持つ『更天経文』の力は、以前にも述べたようにドラ〇もん的要素が多いのですが、この世の理を表している分自由度は少なめで、過去の物を現代へ持ち帰ることは出来ません、というか一瞬で風化します。
なので、宝の山である隠し書庫に関しては、再度厳重に封印した後、計都経由で龍都(朧家の本拠地)へ情報を送り、発掘調査するよう仕向けているという裏話(笑)。



読んだらぽちっと↑
貴女のクリックが創作の励みになります。







Back            Floor-west