悠久の旋律







 ドッドッドッ・・・という地響きのような音に、森の小鳥達が驚き、一斉に羽ばたいた。
 それまで鳥のさえずりや動物の鳴き声しか聞こえなかった空間を、エンジンの重低音が切り裂く。

「八戒、運転するの上手くなったなー!」
「ええ。運転が荒いとジープが大変だと思いましてね、それなりに練習しました」
「・・・器用な奴だ」
「つーか俺達が大変だな、とは思ってくれねぇの?」
「そうですねぇ、僕の運転の所為で貴方達が車酔いして吐かれでもしたら、ジープは災難ですよね。竜の姿に戻っても皮膚に臭いが残ったりして、綺麗な白い身体なのに可哀想に・・・」
「・・・もおいい」

 言ってみた自分が馬鹿だった、というように疲れた表情を浮かべる悟浄。
 流れる景色に目を奪われ、そんなやり取りなど耳に入らない悟空。
 助手席にふんぞり返り、我関せずの三蔵。
 練習の成果もあってハンドルさばきに余裕の出てきた八戒は、運転を続けながらこの遠出を言い出した人物に話し掛けた。

「三蔵、そろそろ話して下さってもいいかと思うんですけど・・・」
「・・・・・・」

 相変わらず無表情で前方を見据えているが、自分の声は聞こえている。
 そう確信する八戒は、静かに相手が口を開くのを待ち続けた――






 事の発端は昨日の夜であった。
 夕食も終わり、コーヒーを飲みながらくつろいでいるところへ、三蔵達が押し掛けて来たのだ。

「明日行く所がある。ジープを出せ」
「今からでもいいですけど?」
「今日はもう遅い。今夜はここに泊めろ。明朝出立する」
「はぁ」

 2人がこの家に泊まる事も、八戒がジープを出す事も、既に決定事項であるといわんばかりの最高僧の言葉に、八戒は半ば気の抜けた返事をする他ない。

「ってココ俺ん家なんだけど?」
「あれ、悟浄いたの?」
「いたの?ぢゃねーよ。この家の持ち主はこの俺なの!普通は家主である俺様に対して『悟浄様、お願いですから一夜の宿をお与え下さい』って言うもんなんだよ!」
「誰が言うかよ!」
「手前の許可なんざ必要ねぇ。どうせこれから盛り場にでも行くんだろーが」
「あぁ悟浄、明日は燃えないゴミの日ですから、今晩のうちにまとめておいて下さいね」
「・・・やっぱマジでゴミの日覚えてねーんだ・・・」
「救いようのねぇ馬鹿だな」
「って皆して人を邪魔者扱いしてんじゃねーよ。便所と毛布はこの慈悲深い悟浄様が貸してやっから、その代わり俺も明日連れてけ。OK?」
「断る」

 即答する三蔵に、額に青筋を浮かべる悟浄。
 優雅にコーヒーを飲みながら傍観に徹する八戒に、夜食の事しか頭にない悟空。
 アンバランスな4人の夜が更けていった――






 翌朝、(結局)4人を乗せたジープは軽快に走り出した。
 しかし、何処へ向かっているのかは、三蔵以外誰も知らない。
 後部座席の2人も多少は気になるのだろうが、どのみち知ったところで何が出来るわけでもなし、と気楽に構えている節がある。
 だが運転する身としては、具体的な行き先を知らないままというのは落ち着かない。
 そこで先程の質問であった。

「・・・・・・」

 三蔵とて八戒の言い分くらい理解出来る。
 しかし、『それ』を口に出すことのリスクもまた、充分に予測し得る事だった。
 紫暗の瞳で前方を見据えたまま逡巡すること数秒。
 そして、意を決したかのように口を開いた。

「――百眼魔王の、城跡地だ」



 キキ――――――



「「うぉわぁっ!?」」

 急に掛けられたブレーキに、悟空と悟浄の体は慣性の法則に忠実に従って前へとつんのめる。

「ったぁ〜!何だよ、一体?」
「おい八戒!お前何処見て――・・・?」

 痛む額を押さえながら、憤りのままに怒鳴りかけた悟浄が、そこで急に口を噤む。

「・・・・・・どう・・・して、ですか・・・・・・?」

 異様に澄み切った、それでいて輝きのない翡翠の瞳。
 刹那、浮かんだのは――あの雨の日の、空を見上げていた瞳――

「八戒、お前・・・」
「なぜ、急に、そんな・・・」
「おい!」

 肩を掴み、強く揺さぶる。
 うわ言めいた呟きは消えたものの、視線は未だ定まっていない。
 と、助手席から伸びた腕が、八戒の服の胸元を乱暴に掴み、引き寄せた。

「さ、さんぞう?」

 事の成り行きをハラハラしながら見ていた悟空が、三蔵の行動にうろたえた声を上げる。

「呆けた面かましてんじゃねぇよ」
「ぁ・・・・・・」

 射殺されそうに強い紫水晶(アメジスト)の光を受け、揺らいでいた八戒の視線が縫い止められる。

「生きると、決めたんだろうが」

 低く呟かれた、それは真言。
 たったそれだけの言葉が、緑柱石(エメラルド)の瞳に光を燈す。

「はい・・・・・・はい」
「返事は1回だ」
「あ、はい!」

 取り敢えず『戻って』来た事を確認すると、三蔵は手を離した。

「・・・大丈夫、八戒?」
「ええ。ご心配をお掛けしました、悟空」

 まだ陰鬱とした空気はなくなっていないものの、先程よりは薄まっている。

「運転代わろっか?」
「貴方免許持っていないでしょう?それに急に運転手が代わったらジープが驚きますよ」

 余談だが、八戒はジープを正式(?)に飼い始めて僅か1月で免許を取得している。

「なら運転再開だ」

 三蔵の簡潔な言葉で、再びジープは走り出した。








 周囲の景色は徐々に変化し、ジープは平地から森へと入っていた。
 目指す場所が近くなっている事を感じ取ってか、車内は次第に静かになっていった。
 尤も、運転席と助手席は元から静かだったが。
 沈黙を破ったのは、八戒だった。

「そういえば、行き先は聞きましたが、その目的を聞いてませんでしたね。
 それに『あの場所』は今は焼け野原で、もう見る物も何もないと思うんですが・・・」

 百眼魔王の城は『猪悟能』が一族を皆殺しにした直後に焼け落ちている。
 現在も放火犯は断定されておらず、殆ど迷宮入りの状態のようだ。

「んなこた百も承知なんだよ。ジジィ共がやかましく言うから仕方ねーだろーが」

 三蔵の返答ともいえない返答に、ますます訳が解らなくなり、気配のみで問い返せば、

「お前は自覚ないだろうがな、お前が殺したのは只の妖怪じゃねぇ、桃源郷のほぼ半分を支配下とする妖怪集団の親玉だったんだ。しかも桃源郷中から女を集めては好き勝手していたから、奴の血族とされる妖怪の数も半端じゃねぇ」
「・・・・・・」
「これは極秘だが・・・一族の生き残りがいるかも知れないという噂が一部地域で流れている。その真偽を確かめるのが、今回の遠出の目的なんだよ」
「!!っ・・・・・・・・・」







舞台は長安、時系列としては公式小説2巻『鏡花水月』の数ヵ月後、というところでしょうか。
なので八戒はまだメンタル的にアンバランスな部分がある状態。
『一族の生き残りが・・・』というのは原作4巻で言及されてますが、当然三蔵様がその話を聞いたのは寺院にいた頃と解釈し、ここで利用しました。が、殿下は一切登場しません(笑)
(2015/4/22 追記)IEのヴァージョンアップに伴うものなのか、背景写真が綺麗に見られない仕様となったため、無料画像を加工しまくって置き換えました。この楽器は3頁目くらいから出てきます。







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