悠久の旋律





 「傷口が――治ってる?」

 寺院から一番近い大病院。
 三蔵と八戒、そして計都の3人がここに運ばれ、精密検査を受けた。
 その結果を聞いた悟浄の台詞が、先のそれだ。

「確かに右鎖骨下付近に少量の血液が付着していたし、内部の組織も僅かに損傷していたのですが、肝心の傷口そのものがなく、まるで怪我をした部分だけが10日程時間を先送りされたかのようなんです・・・」
「じゃあ、もう少ししたら目を覚ますんだ?」
「そうですね。組織の損傷といっても肺や太い血管は無事なので、怪我のショックで意識を失った程度と思われますから」
「良かった・・・」

 心底ホッとした表情の悟空の頭に、悟浄の大きな手が置かれる。
 自分達と出逢って、その世界がどんどん広がって、
 一人で自分達の家に泊まりに来るくらいには自立しても、まだ『独りにされる』ことに対しては極端に反応してしまうようだ。
 今回は大事には至らなかったが、万が一の事があればと思うと、少し心配になる悟浄だった。

「じゃあさ、後の2人はどうなの?」
「朧 計都さんに関しましては、大きな外傷などはなく、3人の中で一番症状は軽いでしょう。
 ただ問題は、猪 八戒さんなんですが――」
「「・・・?」」








「――というわけで、吐け、洗いざらい吐け」
「貴様・・・大した口の利き方だな、あぁ?」
「俺と悟空を肉体労働係呼ばわりして建物の外に配置したのはお宅らだよな?で、八戒は未だに意識が戻らない。つーことは、鍵を握ってるのはお前さんってことになるんじゃねぇの?」
「バ河童の割には、頭使ったような事言うじゃねぇか」

 医者曰く、三蔵は右鎖骨下に深い傷を負ったようだが、傷痕はほぼ完治しているという。
 逆に八戒の方は、むしろ三蔵以上に容態が悪いらしく、後頭部を殴打された痕跡とそれに伴う脳震盪の他に、異常なまでの疲労が確認されたそうだ。
 意識を取り戻した三蔵に詰め寄る悟浄の背後で、扉の開く音がした。

「――気功を、試してみたんですよ」
「八戒」
「八戒、大丈夫なのか?」
「えぇ悟空、心配掛けましたね。この通り点滴の真っ最中ですが、もう大丈夫ですよ」
「で、何その『気功』って」
「まあ僕自身解らない事が多いんですが、どうも『この体』になって『気』を操れるようになったみたいでして、それを人の体にあてた場合、『気』の波動が体液に何らかの影響を及ぼし、身体が本来持っている治癒能力を部分的・一時的ですが飛躍的にアップさせることが・・・」
「・・・スンマセン、もー少し解るようにお願いシマス」
「怪我をしても、数分すれば血が止まり、数日すれば傷口が塞がるでしょう?気孔をあてると、そういった身体の機能が急速に高まって、短い時間で傷を塞ぐことが出来るんです」
「そっか!それで八戒が三蔵の傷を治したんだ!」
「――が、こいつはその前に龍都の者に後頭部を殴打されている。
 自分の体がダメージを受けた状態で、俺が受けた矢傷を塞ぐだけの『気』を放出したんだ、体力的にまいっちまったんだろうよ」
「やっぱお前原因知ってたな」
「八戒が先に話し始めただけで、知らないとは言ってねぇ」
「・・・・・・(このクソ坊主、いつかシメる)」

 傷口が塞がれたとはいえ、深部の組織の損傷のため動くのも困難な三蔵が退院したのは3日後。
 その間に、捕らえられた男達の証言から、騒ぎの全容が明らかになった。
 数ヶ月前の会合の後、北家派が南家派に甘言を以って近付いたのだ。
 『象徴王制をとるのに、あの王女である必要性はない。
 王女が携えている宝剣を奪い、別の人間に持たせれば、替え玉として使うことが出来る。
 既に国内に彼女の親族はおらず、遠縁の者も彼女の幼少時の姿しか知らない。
 都合の良い人間を替え玉にあてがえば、たとえ王政復古の声が上がっても、それに応じさせなければいいだけの話だから、双方にとって悪くない話だ』――と。
 南家派の面々は僅かに躊躇ったものの、確かに自分達に対する信頼感が希薄である以上、彼女が王位に就いても自分達に都合良く動くとは限らない、そう考え同意してしまったのだ。
 三蔵法師が王女を庇い矢を受けたのは彼らにとって計算外だったが、王女が絶命しなかった場合を想定していた北家派の連中はすかさず彼女を拉致し、一方南家派側は混乱に紛れて宝刀を持ち去ろうと企てたのだ。
 全てを予見していたわけではないが、悟空達を二手に分け、ジープ達も近くに潜ませたのは、八戒の作戦勝ちと言えよう。
 経緯はどうあれ、三蔵法師を矢で射殺しかけた事は事実なので、事態は深刻である。
 龍都国に通達を送り、罪人を長安と龍都国、どちらで処罰するかを協議していたが、そこに割って入ってきたのが、退院直後の三蔵。
 彼は龍都国に対し、

1.計都王女の位階返上を了承する事
2.彼女が龍都へ帰国した際には降嫁した元王族と同等の扱いとし、その身の安全を保障する事
3.彼女が王家の墓へ参拝することを許可する事

 の3つを条件に、罪人の引き渡しに応じると明言したのだ。
 こうして、計都はその身分と引き換えに、恒久的な身の安全を得たのである。
 その旨を報告するため、計都の住まう寺(退院後は再び真如尼が引き取った)に出向いた三蔵だったが、彼を迎えたのは、なぜか騒動の前より顔色の悪くなった計都。

「――おい婆さん、一体どうなってるんだ」
「どうもこうもありませんよ。貴方、あの子を庇って矢を受けたんですって?
 あの子は、また自分の所為で人様が傷付いたと、自分を責め続けているんですよ。それくらい察しなくてどうするんです?」
「・・・・・・」
「しかも貴方ときたら、女性に逢いに来るというのに手ぶらだなんて・・・こういう時はね、花の一輪でも、あるとないとでは随分違ってくるものなんですよ」
「・・・・・・」

 突っ込みどころ満載の台詞だが、反論したところでそれ以上の言葉が返ってくる事は容易に想像がつくので、三蔵は聞かなかったことにして計都の前に座った。

「今回は席を外してくれ」

 三蔵の言葉に真如尼は一瞬驚いたような顔を見せたが、にっこりと微笑んで部屋を出た。
 何もかも見透かされているようで気に喰わないが、年の功には勝てないというものだ。
 そうして2人きりになったところで、三蔵は騒動の経緯と顛末、そして龍都国へ提示した条件について語った。

「今日、真如尼の婆さんを立ち会いに、改めて先日の書類に調印してもらう。
 そうすれば、あんたは王女としての地位を失うが、二度と命を狙われることはないし、これ以上犠牲者が出ることもない。
 あんたは、これからどうする?」
「・・・と、仰いますと・・・」
「本来なら一日も早く故郷に還りたいだろうが、その目での一人旅は危険過ぎる。
 暫くこの地に留まり、あの国から迎えの使者を派遣するよう指示することも――」

 その言葉を遮るように、強くかぶりを振る計都。

「・・・最高僧であらせられる貴方様を、故郷の醜い覇権争いに巻き込んだだけでなく、御命を危険に晒した――この咎は、私の命を以って償うべきでしょう」
「おい、何言って・・・」
「実際に弓を引いたのが別の者であっても、元を辿れば、私の存在が発端となった出来事・・・両親の名誉の回復という私の目的は達成されました。もう、思い残す事はありません。
 どうぞ、三蔵様の御心のまま、如何様にもなさって下さいませ・・・」

 そう言うと、三つ指を突き、深々と頭を垂れた。
 そんな計都に対し、三蔵は憮然とした表情で言葉を継ぐ。

「せっかく命の危険がなくなったってのに、他人が死に掛けたくらいでホイホイ命を投げ出そうとするんじゃねぇ。
 それとも何か、これまであんたの犠牲になった者達は無駄死にだったとでも言うのか?」
「そういうことでは・・・ですが、三蔵法師様を危険な目に遭わせたとあっては、生半可な処罰では誰も納得しないかと・・・」
「馬鹿が。誰が納得しようがしまいが関係ねぇ。当事者である俺が決める事に口出しは許さん。
 それに――5年前にはあんたが同じ事をしたんだろうが、これであいこだ。違うか?」
「5年前・・・?同じ事・・・?」
「銃を持つ僧侶がそう何人もいるとでも?」
「銃・・・・・・」

 記憶の糸を手繰っていた計都の目が驚愕に見開かれた。
 大広間で拉致される直前、間近で聞こえた銃声。
 それと同じ音を、自分はかつて耳にしたことがある――

「・・・まさか、あの時の・・・金の髪の・・・」
「完全に声変わりしちまったからな。流石に目の見えない今のあんたでは判らんだろう。
 それでいいと思ってはいたが、気が変わった」

 そう言うとにじり寄って手を伸ばし、銀糸の髪を一房取って、それに口付けた。

「俺の思うまま如何様にも、ってんなら、俺の傍に置くのも自由な筈だ。」
「・・・え、あの、え、えぇ!?」
「女犯に関しては、酒も煙草も、殺戮にだって手ぇ出してる以上今更な話だ。流石に寺で一緒に住むことは無理だろうが、近くに家を建てればいい」
「玄奘様・・・」
「一度だけ考える機会をやる。俺のものになる覚悟はあるか」

 見えずとも、その真剣な眼差しが、真摯な表情が、身体全体に伝わってくる。
 見えないが故の同情ではない、苦労の多かった過去に対する憐憫ではない、
 自分を、一人の女性として想ってくれている、その事実に、計都の頬を一筋の涙が流れた。

「・・・こんな私で、宜しいのですか・・・?」
「何度も言わせるな。俺が、お前が良いと言ってるんだ。
 俺は気の長い方じゃねぇ――返事は?」

 その言葉に、計都は己の髪を掴む手を、震える両の手でそっと握りこんだ。

「ええ――ええ、喜んで」








 その後位階を返上した計都は、翌年三蔵と婚姻の契りを交わした。
 仲人はもちろん真如尼である。
 三蔵が計都にプロポーズしたその日の夕食に赤飯が出されたところを見ると、三蔵が真如尼を部屋から追い出した時点でこうなる事を予測していたようだ。
 敵に回したくねぇ、と三蔵が独り言ちたのは、また別の話。








 この広い広い空の下、
 一度別れた旅人達が再び巡り逢う、それは奇跡の物語――








―了―
あとがき

my設定で、この時に八戒の気功での治癒術の基礎が出来上がったことにしてしまいました。原作でこの辺りが明らかにされたら、それはそれということで(笑)。
余談ですが、計都は三蔵の事を大分年上と考えていました(最高僧なので)。5年程前に顔を見ていなければ、オッサンかジジィに言い寄られていると解釈してしまったかも知れません。なので、初対面の時に見えていたというのは実は結構重要なポイントだったり?
出来上がってみれば結構な長丁場となってしまいましたが、お付き合い下さり有難うございました。



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