月日は流れ、位階返還の儀当日―― 慶雲院の大広間、最奥の上座に、正装した三蔵が仁王立ちし、室内を見渡している。 三蔵から見て左右の壁沿いにはそれぞれ長机と椅子が並べられ、数人の男性が厳かな表情で座っていた。 彼らは、三蔵の命により呼ばれた龍都国議会の代表者と、数ヶ月前の話し合いに出席した男達、すなわち長安駐在官である。 通常の手段では彼の地から長安まで年単位の時間がかかるだろうが、ジープの何十倍もの大きさの身体を持つ移動用の翼竜で、文字通り馳せ参じたのだ。 三蔵の右側には、計都を王位に据える事を考える南家派。 対して左側には、計都を王族の生き残りとして処刑する事を考える北家派――表向きは計都を政治から切り離した場所で準軟禁状態にするとしている。 更に三蔵と向かい合う壁沿いに、数名の政界・法曹界の重鎮が見届け人として呼ばれていた。 「前以って言っとくが、力でものを言わせる行動は厳に謹んでもらいたい。東方随一とされる寺院での不祥事は、あんた達にとってもマイナスになる。そこんとこはしっかり頭に叩き込んでおくことだ。解ったか」 反論を許さないとでも言うような三蔵の言葉に、龍都国の面々は渋々頷く。 南北両家共、その顔付きは穏やかとは程遠い。 無理もない、長い間追っていた政治的利用価値の権化を、みすみす手放す事になるのだから。 この様子だと、数ヶ月前の会合での言い争いのように、この場で一波乱ないとも限らない。 ったく面倒臭ぇと、こっそりため息をついた三蔵の真横の扉が小さくノックされた。 「入れ」 端的な命令に、扉が開け放たれ、故郷の衣装に身を包んだ計都が、八戒の介添えで部屋の中央まで歩を進めた。 計都の長い銀の髪が光を弾いてベールのように見え、まるで結婚式の新郎新婦だ。 それを見た三蔵の眉間のしわが、知らず深くなる。 ・・・何だ? 不意に湧き上がったどす黒い感情に、三蔵自身困惑する。 が、今はそれについて考えている場合ではないので、瞬時に平静を装う。 三蔵の目の前に設置された演台に計都を立たせると、八戒自身は離れた位置に立ち、三蔵に目で合図した。 「これより、龍都国第37代国王が第一子計都王女の王女位及び王位継承権返還の儀を執り行う」 冴え渡る声が、儀式の開始を告げる。 台には既に王女位と王位継承権を返上する旨を書いた書類が置かれており、サインと捺印をするだけとなっている。 印章は、計都が王家の出自である事を示す宝剣の柄尻だ。 絹の巾着に入れ、腰に飾り紐で下げていたそれを計都が手に取った時、 「お待ちいただきたい。捺印の前に、その印章が真実計都王女のものか、宝剣ごと確かめさせてもらえないだろうか」 静まり返っていた会場内に、一人の男の声が響いた。 声を上げたのは、南家派の議員の一人。 「・・・いいだろう」 三蔵はそう言うと、巾着袋ごと計都から宝剣を受け取り、その男の前に立った、その瞬間、 「・・・!?」 異様なまでの殺気を感じ、振り仰げば、天窓からこちらを狙う鈍い光。 宝剣のことなど頭から消え、気が付いた時には、体が勝手に動いていた。 「おい、伏せろ!!」 「え・・・?」 「三蔵、計都さん!」 ドスッ 八戒が2人の下へ駆けつけようとするが一瞬遅く、 鈍い音と共に、三蔵の胸に深々と刺さった1本の矢。 「三ぞ・・・っ」 叫ぼうとした八戒の後頭部を、強い衝撃が走る。 龍都国の連中の一人が、鈍器で八戒を殴打したのだ。 「・・・、の、クソがっ!」 ガウンッ ただ一発発射された弾丸は、天窓付近に潜んでいた射手に過たず命中した。 が、同時に三蔵も糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。 「さ、三蔵様っ!?」 「これは一体どういう・・・!?」 「う、うわあああぁっ!!」 三蔵と八戒が床に倒れ伏すのを見た見届け人達が悲鳴を上げ、椅子を蹴倒し我先に逃げようとパニックになる。 無理もない、三蔵達とは違い、彼らは暴力沙汰とは縁のない一般人なのだから。 「・・・っく・・・三蔵・・・計都・・・さん・・・」 後頭部をしたたか殴られて脳震盪を起こしているのだろう、視界が異常に狭まり、ぐるぐると回り、乗り物酔いのような感覚に襲われる。 力の入らない体を叱咤して顔を上げた八戒が目にしたもの。 それは、大きな袋をかぶせられ、数人の男達に担ぎ出される計都の姿だった―― 「一番近い塀の傍に、荷馬車が待機している筈だ。一気に走りぬけ・・・」 袋を担ぐ集団の先頭に立つ男がそこまで言ったところで、急に足を止める。 次の瞬間、ガッ、と音を立てて男の足元の地面に刺さったのは、三日月形の刃。 「ちーっす、検問でぇっす。袋の中身を拝見していいっスかぁ?」 小馬鹿にした口調で、しかし凶暴な光を放つ眼に、男達が後ずさる。 「な、何だお前は?退けっ!さもないと・・・ガッ」 言い終わらないうちに、先頭の男の体が地面に叩き付けられた。 「何なら、その袋担いでいる腕を、胴体と切り離しちゃってもイイんだけど?」 その口元は笑みを浮かべたままだが、眼は笑っていない。 腕どころか首すらも一瞬で切り落とせそうな三日月刀に、男達は袋を地面に置いて逃げ出そうとする。 「っとぉ、袋の中身も大事だけど、お宅らも重要よ?」 言うや、次々と男達を叩きのめしていった。 全員を地面に沈めたところで悟浄は袋へと駆け寄り、端を縛っていた紐を解くと、思った通りぐったりした計都が姿を現した。 薬を嗅がされたか、当て落とされでもしたのだろうが、命に別状はなさそうだ。 「任務完了っと・・・さて、猿の方は上手くやってんのかね・・・」 時同じくして、建物の別の出入り口。 「まったく、あの連中はやる事為す事野蛮極まりな・・・っ!?」 バサバサバサッ 「キューッ、キューッ」 「うわっ、な、何だこいつ・・・あっ!?」 外に出たと同時に顔面目掛けて襲い掛かってきた白い生き物。 その鋭い鉤爪を遠ざけようと手をばたつかせた隙に、手の中にあった筈の物が―― 「ナイス、ジープ、アスコット!」 「「キューッ♪」」 慌てて泣き声のする方を見上げれば、羽ばたきながら空中に留まっている、二匹の白い翼竜。 先程まで手にしていた宝刀が、絹の袋ごとそのうちの一匹の足にしっかりと握りこまれていた。 その真下で、額に金鈷を嵌めた少年が、細長い棒を構えている。 「なっ・・・!この、ガキ共!」 「俺ガキじゃねぇ!悟空ってんだよ!」 言いながら、取り押さえようと向かってくる男達を次々と倒していった。 ジープも、アスコットを叩き落そうとする者の顔や手に鉤爪を立てて反撃する。 その場にいた人物全てを片付けると、ジープ達を伴い館内へと駆け込む。 具体的な事は判らないが、嫌な予感がしたのだ。 大広間の扉を開けた悟空の眼に飛び込んだ光景。 それは―― 「おい、しっかりしろ八戒!おい三蔵!!」 焦燥を含んだ声を張り上げる悟浄と、そして、 揃って床に倒れ、意識を失っている三蔵と八戒の姿だった―― |
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自分で書いていてナンですが、八戒さん殴った奴は万死に値するかと。 他の作品内でも言及していますが、原作を見る限り、彼が気功砲を披露したのは西行きの旅の初日と思われるので、この話の中では、4人の中で最も攻撃力の低い状態。 そして悟空も、この時点ではまだ『失う』事に対してメンタル的にぐらつきやすいかと。 なので、目の前で三蔵が矢を受けたりなんぞした日には金鈷ブッ飛ばしてしまうと考え、屋外で待機させることに。 原作準拠をモットーに執筆するのって、色々大変です。 |
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