計都の居場所が判明してから半月後―― 慶雲院の客室に、三蔵と八戒、そして2人の男性が顔を突き合わせている。 1人は、八戒に計都の素性を明かした南家派の人物。 そしてもう1人は、瀧家の主を通して呼び寄せた北家派の人物。 恐らくは計都が中央行政に訴え出る前に自分達で国の問題を処理したかったであろう2人は、三蔵法師から直々に呼び出され、居心地悪そうにしている。 隣り合ってちらちら互いの様子を窺う2人に、八戒は簡単な挨拶を済ませ、手元の書類を卓の上に広げて見せた。 「こちらに、計都さんが署名・捺印した委任状があります。ここでの話し合いに、自分を代理人として立てる旨が書かれていますので、その点をご了承下さい」 「あんた王女の居場所を知ってるのか?」 計都の名前に反応し、北家派の男が身を乗り出す。 「知ってますが、お教えするわけにはいきません。彼女の人権を損なうような行為を看過することは出来ませんので。貴方に対しても同様です」 最後の一言は、南家派の男に向けられたものだ。 八戒の言葉に、2人の男は憮然とした表情になる。 「聞き捨てならんな。まるで我々が王女の人権を蹂躙しているとでも言わんばかりじゃないか」 そう言ったのは、北家派の男。 計都の拉致・暗殺未遂に関しては、知らぬ存ぜぬを貫くつもりらしい。 「そうお考えになるのは、そちらにやましい考えがあるからではありませんか?」 「な・・・!」 言葉を失った横から、南家派の男も非難めいた口調で、 「捜索に協力すると我々に言ったのは、そっちじゃなかったかね?」 「ええ言いましたよ。そして実際彼女を見つけ出し、その無事を伝えた、約束は果たした筈です。 僕は『彼女の捜索、この点に於いてのみ』貴方がたに協力すると言いましたが、保護については言及していませんよ?」 「・・・む・・・」 北家派の男と同様に口を噤んでしまった様子を見て、『・・・詐欺師』と心の中で呟きつつ、それをおくびにも出さずに三蔵は告げる。 「御託は終わりだ。本題に入る。 現在、計都王女は亡命者の立場であり、この長安にて保護中の身だ。 そしてあんた達は、亡命当時と政権が替わったことを受け、王女を連れ戻そうと考えている。 ただ、7年に及ぶ長旅の疲弊と、彼女の叔父や『似た思惑の者達』が送った刺客で多くの人間が巻き添えを喰ったという精神的苦痛により、数年前に目から光を失ったそうだ。 よって、仮に王位に就くことが可能だとしても、その務めを全う出来るとは限らん。 その点を、あんた達はどうするつもりだ?」 先に口を開いたのは、南家派の男。 「これまでにも身体的な問題や、年齢などの事情で主権を委ねるのに不安がある者が王位に就いた事例は幾つかある。その場合摂政という形で王を補佐する人間が選ばれてきた。 しかも今、我々が目指しているのは象徴王制、つまり外交のみ王に託し、政治の中心は民とするものだから、王女が公務を行うことは不可能ではない」 だが、北家派の男が、その意見に異議を唱えた。 「そうやって綺麗事を並べ、役に立たない人間を王に仕立て、実権を握ろうという魂胆を持つ輩の所為で国が傾いた例は数え切れん。我々は反対だ。 今や王位も王族も必要ない。主権は民が握り、王位そのものを排除すべきだ」 「な・・・!我々が抱いているのは綺麗事でも絵空事でもない。大いなる理想だ。 元々我が国の王家は月天を始祖とする伝説もある。 政治とは別に国の象徴として王を据え、崇めることの何処が悪い?」 「だが一方で、前国王とその取り巻きの暴挙ゆえ、象徴王制だろうと絶対王制だろうと、王位自体を否定する考えも根強い。そうではないのかね?」 「それは王と家臣の資質の問題であり、更には我々の考える象徴王制に於いてはそこまでの実権を王に与えるわけではない。 王政復古の動きを懼れて王の血統の断絶を目論むよりも、正しい政を行うことに心血を注ぐ方がよっぽど民の為だと思うが?」 「失礼な!確かに王女を自由にさせて、あんた達のような連中に利用されては困ると考え、彼女の行方を追ってはいたが、あんたの言い方だと我々が王女を亡き者にしようとしているように聞こえるではないか!」 「ちょ、ちょっと待って下さい。お互いの批判は、別の場所でお願いします。 今大事なのは、計都王女の処遇についてだという事をお忘れなく。 彼女は、ご両親の名誉の回復及び身の安全の確保を訴えていますが、龍都国内が二分化している現状では、どちらの立場を優先しても、彼女にとって安全とは言い難いでしょう。 この辺りで、双方共王女を自分達の思惑で危険に晒すのを諦めていただけないでしょうか?」 「何だと!?」「何だって!?」 両派同時に声が上がる。 それはそうだ。この話し合いは、王女がどちらの立場に着くか――といっても、北家派は表向き王女を保護した後国内で処刑するつもりに違いないが――を決定するもの、そう2人の男は考えていたのだから。 「確かに周りの人間が正しく補佐を行えば、目の見えない彼女が王位に就く事は不可能ではないでしょう。ですが、国の情勢が彼女の予想以上に大きく変わった現在、誰が信用に足るのかを彼女が判断するのは困難を極めるでしょう・・・結果、自分が愚偶のように操られ、民が不幸になることを懼れています」 そう。 叔父の暴挙が公表され、中央からの命令が出されれば、自分は安全に故郷の地を踏み、父母の墓前に帰国の報告が出来る、そう計都は考えていたのだが、 自分が国を空けている間に大きく変わってしまった情勢を知った彼女は、帰国を諦めるという究極の決断を行ったのだ。 「失礼な!我々が彼女を利用するとでも言うのか?」 「確かに国を長く空け、議会の顔ぶれが変わり、臣下との信頼が築かれていない事は事実だが、それはこれから構築すればいい話ではないのかね?」 「貴方がたは簡単に仰いますが、実際に抹殺を企てた人間はごく一部であっても、7年もの間、故郷の人間に命を狙われ続けたとなれば、信頼の回復は容易ではありません。 貴方がたは、自分を抹殺しようとした者に全幅の信頼を寄せることが出来ますか?」 「む・・・」「う・・・」 両者共ぐうの音も出ないようだ。 暫くの間、思い思いの姿勢で思案していたが、やがて北家派の男が切り出した。 「良かろう。つまり、王女が王位継承権を放棄して平民になれば、我々が彼女を取り合う意味もなくなり、彼女は自由となるわけだ」 「しかしだな、数百年に亘り続いてきた朧家が事実上の断絶となると、末代まで国史の汚点として語られるのだぞ?」 「この場合は断絶とは言わんだろう。本人の意思で位階を神に還すというだけのことだ」 国史によると、遥か昔、月を祀る巫女が月天に見初められて朧家が興ったとされている。 なので龍都では、桃源郷全土で信仰されている仏教とは別に月天を崇め、その王位は月天より授かるものとしているのだ。 「具体的に王女位を返上し、王位継承権を放棄するのに、何か必要な手順があるんですか?」 「王族の女性が降嫁するのと同じ手順を踏むことになるだろう。 王族は生まれた時に守り刀を持たされる。これが王族の証であり、儀式などで調印が必要な際は、柄尻が印そのものとなる。さっきの委任状に捺されているのも、その印章だ。 調印式では、然るべき旨をしたためた文書にその印章を捺し、守り刀を返上することで、その者は王族から除籍されることになる」 「書類は私の方で用意させてもらう。王女の目が見えないのを利用し、あんたを初め北家派の連中が自分達に都合のいい文書を作成されては困るからな」 「ハン、利用しようとしているのはそちらの方ではないのかね?」 「何を・・・」 「貴様ら、いい加減その汚い口を閉じたらどうだ。 文書はどちらが書いても構わん、どのみちこっちで内容を確認させてもらう。私情や利害を含むものは受け付けん。それで両者異論はないな?」 「「・・・・・・」」 この地に於ける最高権力者がそう断ずれば、異論があったとしても言える筈もない。 2人の男は、不承不承といった態で頷いた。 こうして龍都国側との会合は幕を閉じた。 ――が、これで問題が解決したわけではない。というより、ここからが三蔵曰く『面倒臭ぇ』事のオンパレードだ。 会合の内容を書類に起こし、計都の王女位返還の儀の段取りをつける。 当然、先の会合の出席者だけではなく、龍都国にもその旨を告げ、代表者を呼び付ける。 もちろん、計都の両親の名誉回復に関する調査命令も、書簡の中に織り込むのを忘れない。 膨大な数の書類に取り組みながら、三蔵はふと考える。 何だって、自分はこんな面倒事に首を突っ込んでいるのだろうか? もちろん、事の発端は林で倒れていた計都を助けた事――いや、厳密にいえば5年前の邂逅から始まっていたのだろうが、それでも特に見知った間柄であるというわけでもない。 幾ら自分が相当な権力を有しているとはいえ、適当な人材に丸投げすることだって出来た筈。 そこまで考えて、三蔵はかぶりを振った――埒が明かない。 「何ぼんやりしてるんですか、三蔵?」 「・・・何でもねぇ」 「そうですか?まあいいですが。 それはそうと、計都王女のご両親の名誉を回復することが決定したそうですね?」 「今朝、 計都の父親を廃位に追い込んだ叔父の行動とその後の暴君振りを非難したことで、計都の両親は王族としての地位を取り戻し、その遺骨は罪人墓地から王家の墓地へと移しかえられるらしい。 取り敢えず、計都の第一の目的は達成されたといえる。 後は、平穏な生活を取り戻すべく、位階を返上し、王位継承権を放棄するだけだ。 といっても、龍都国側の連中が、表立って最高僧に異議を唱えなくとも裏で何を企んでくるか判ったものではない。 実際―― 「今日は怪しい奴はいなかったけど、昨日なんか寺に用事があるような事を言って、坊主が取り次ぎに行った隙に中庭に入り込んだ奴がいたっけ。ボコッて守衛に突き出してやった」 「街中でも、買い物中の八戒の後をコソコソつけてる奴がいたから、ちょっち捻ってやったぜ。 取り敢えず、酒場や商店街の店主とかに『八戒がストーカーに狙われているかも』って言いふらしておいたから、俺様が四六時中見張ってなくてもそこそこ安全だろうけどな」 「・・・何でそんな話で商店街の方達が納得するんですか」 「さあ?」 計都の居場所を探ろうと、あの手この手で近付く龍都の者達。 それは取りも直さず、彼らが彼女の位階返還を快く思っていない証拠だろう。 北家派は王政復古の動きを潰すため、王族そのものを抹殺したがっている。 南家派は北家派ほど残忍ではなくとも、北家派の男の言葉が正しければ、彼女を政治のために利用しようとしている可能性がある。 どちらの立場にとっても、計都が平民になってしまっては意味を成さないのだ。 「ともかく、あの話し合いの場に僕と三蔵だけが出たのは正解でしたね。 お陰で、あちらの目を僕達に引き付けている間に、悟浄と悟空がある程度不穏分子を取り除いてくれたようですし」 「委任状も功を奏したようだな」 「これで、あちらの方々が悪あがきを止めてくれればいいのですが・・・」 八戒の言葉に、3人はそれぞれ複雑な表情を見せる。 このまま何事も無く儀式が済ませられるなどと、この場の誰も考えていなかった―― |
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多分一番執筆に時間のかかった頁。 理系の香月には政治云々はさっぱりなので、苦労したこと苦労したこと。 正直入れなくてもいいような内容なのですが、計都を龍都の連中の前に出すための理由付けが必要だったので、このような形に。 頁全体を通して堅い話だったので、終盤にちょっとネジを緩めてみました。笑える方は笑って下さいな。 |
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