ある科学者の独白





 意識を取り戻した後の彼女は、パニックを起こすこともなく、普段通りの彼女に見えた。
 土門さんの受けた傷の位置や深さ、神経や血管の損傷の度合いについて、矢継ぎ早に質問を浴びせられた執刀医は、最初に彼女と顔を合わせた時との違いに目を白黒させている。
 頚損・脊損になるような神経の断絶が無かったのは不幸中の幸いだが、それでもリハビリはかなりの月日を要するだろうし、体力を使うような仕事に戻るとなると、可能性は五分五分らしい。
 それを聞いたマリコさんは、蒼褪めた顔で唇を噛み締めた。
 刑事である事がアイデンティティであるといえる土門さんが現場に戻れなくなるというのは、マリコさん自身が鑑定の仕事が出来なくなるのと同等に置き換えられるだろう。
 例えば自分の過失でマリコさんが鑑定の出来ない身体になったら――そう考えると、今のマリコさんの気持ちが痛い程良く解る。
 『命に別状はない』は、決して安心出来る言葉ではない。
 それを知ったのは、母が倒れ、不自由な体になってからだ。
 死の危険さえなければ、体や脳の異常・欠損等後遺症の有無を考慮しない、そのくせ聞いた者に安心感を抱かせるという、罪な慣用句だと思う。

「取り敢えず、今病室に移動させていますので、そちらでお付添い下さい。御本人の目が醒めたらナースコールしていただければ伺いますので。
 それと、御家族への連絡は・・・」
「そうだわ、美貴ちゃんに連絡しなきゃ・・・」
「あぁ、さっき所長に経過報告の電話をした時に、所長の方から連絡を入れてもらうようお願いしました。一昨年の秋に科捜研(うち)にいらした、心理カウンセラーをされている方ですよね?」
「有り難うございます・・・でも美貴ちゃんもお仕事があるし、東京からじゃ今日中には無理よね」
「まずは土門さんの麻酔が切れた時に説明をする人がいた方がいいでしょう。マリコさん、お願い出来ますか?」
「えぇ、勿論」

 その揺るぎない眼差しに、一先ずマリコさんの精神面も落ち着いたと判断し、一足先に病院を出た。
 土門さんの手術中、2度程携帯電話使用可能エリアから所長に電話を入れた時点で、まだ呂太君は科捜研に戻っていなかった。
 所長への電話の時以外は消していた携帯の電源を入れると、呂太君に掛ける。

『もしもし宇佐見さん?』
「あぁ呂太君、こっちは何とか一段落したんだけど、そっちはどうかな?」
『僕頑張って現場の採取したよ!今採取した物とか車に運び込んでるところ。
 宇佐見さんそこで待ってて、僕がそっちへ行くから。えっと、どこの病院?』
「長岡京市民病院。ナビで来られる?大丈夫?」
『うん大丈夫!呂太頑張る!』

 いつも通りの口調で報告する後輩に、苦笑しつつ通話を切る。
 続いて所長に連絡を入れ、取り敢えず手術は終わった事、マリコさんがある程度落ち着いたため彼女に後を任せて自分は呂太君と合流して科捜研に戻る旨を伝えた。
 土門さんの容体に関しては、麻酔から切れてからの様子が判らないと何とも言えないので、マリコさんが直接報告すべきと考え、自分からの報告は差し控える。
 そうこうしているうちに、S.R.I.のロゴの入ったバンが病院の敷地に入るのが見えたので、そちらへと歩み寄った。

「お待たせ宇佐見さん!」
「お疲れ様。此処から科捜研までの運転は・・・」
「大丈夫!ナビあるから、心配しなくて良いよ!」
「そう?なら助手席失礼するね」

 ――ここからが、戦いの本番だ。
 『彼』と、間接的に『彼女』を傷付けた犯人を、決して許さない。

 視界の向こう、少しずつ赤みを増す光に照らされる山肌を一睨みして、採取物を山ほど積んだバンに乗り込んだ――








 そして、自分達の鑑定と、爆発物処理班の素晴らしい活躍とで、犯人――巽 省吾は逮捕された。
 手錠を掛けられた巽氏が先程とは打って変わって大人しく蒲原さんに連行されたのを見届けた途端、土門さんはその場にうずくまった。
 慌てて、近くに放置されていたパイプ椅子に座ってもらう。

「もう土門さんったら、無茶し過ぎよ!」
「それはこっちの台詞だろうが、幾ら妨害電波装置を持ってたとはいえ、わざわざ犯人を呼び出すなんざ無茶が過ぎるぞ!」
「僕からしたらどっちもいい勝負だと思う・・・(ぼそ)」
「お二人共、それぞれお互いを想っての行動ですので、怒鳴り合いはその辺にしておいて下さい。
 呂太君、テラヘルツ発生装置を回収、科捜研で解析結果をまとめておいて下さい。僕は爆薬処理班の人達に同行してチェンバーを安全な場所へ移動させてから中の爆発物を採取します。
 マリコさんは土門さんに付き添って病院へ・・・」
「いや、自分はタクシーでも拾いますんで・・・」
「土門さん、お忘れかも知れませんが、貴方は重症患者なんですよ?それも、手術が終わるまでは重体と報道されていた。タクシーではなく捜査一課の方に赤色灯を点けて走っていただきますので、そのつもりでお願いします(にっこり)。
 マリコさん、先に下に降りて一課の方に掛け合ってもらえますか?」
「え、えぇ。解ったわ」

 いつもよりちょっとだけ笑みに感情を込めたら、土門さんだけでなくマリコさんと呂太君まで自分を凝視したのは何故だろうか。
 深く考えない事にしてマリコさんを送り出し、呂太君と2人で土門さんを支えつつ階下へと降りる。
 1階に降り立った時には、廃ビルの前に一課の車が横付けされていた。
 後部座席のドアを開けて土門さんを乗せると、マリコさんにも乗るよう促す。

「おい、お前は付いて来なくていいから・・・」
「病院から脱走した以上は、脱走の原因となった人が病棟看護師さんに頭を下げて、一緒に叱られるべきじゃないですか?」
「う、宇佐見さん!」
「脱走の、原因?」

 土門さんは非難めいた声を上げているが、マリコさんを心配するあまり病院を抜け出したのだから、自分は何一つ間違った事は言ってない。
 ――当のマリコさんは、皆目見当もつかない、という顔だけど。

「はいマリコさん乗って下さい、閉めますよ?」
「えぇ。後はお願いしますね、宇佐見さん」

 おい榊ちょっと待てお前もまだやる事があるだろうが素直に従ってんじゃない・・・等々座席の奥で尚も続く抗議の声は聞こえない振りで、後部座席のドアを閉める。
 赤色灯を点けて発進する覆面パトカーを見送ると、やれやれという溜め息が自然に洩れた。

「宇佐見さんちょっと黒い・・・」
「そうだね、屋外での採取作業が続いたから、日焼けしてしまったかも知れないね」
「そーゆー意味じゃなくてさぁ・・・まあいいや」
「?」
「マリコさんと土門さんの為にも、僕達頑張んなきゃだね」

 社会性という面では問題点の多い後輩だが、人物間の空気を読む事には長けているらしい。
 ――というより、当のマリコさんの鈍感さが並外れているだけなのかも知れないが。
 今回の事件を機に、あの2人の何かが変わるかも知れないし、変わらないかも知れない。
 どちらにしても、彼女が微笑んでいられれば、それでいい。








『ぁああああああああぁぁぁ―――――っっ!!!』








 ―――あのような悲痛な声など、二度と聞きたくないから。








―了―

あとがき

いやもう全方位に向かって平謝りです(爆)。
2019年正月スペシャルを見て、こう何と言いますかすっごく滾るものがあったわけでして。
マリコさんが絶叫するんですよ!あの、殺人現場でも遺体解剖でも眉一つ動かさないマリコさんが!
公式ではほぼどもマリ(中の人が仰ってるので)ですし、そこに異論も異存もないんですが、宇佐見氏の存在も無視出来ないわけでして、ぶっちゃければども×マリ←うさが香月の中でしっくり来るんですよ。いつぞやに佐沢氏がマリコさんにストレート告白した(が、一瞬でフラれた)際に、ドアノブを支えていた手を滑らせたのは動揺したからだという香月的見解がありますゆえ。ただ飽く迄もマリコさんの幸せを優先し、土門さんとの仲を応援するわけで、CCさくらの知世ちゃん的ポジションですかね。何にせよ宇風は認めん(憤怒)。
それはそうと終盤ちょっぴり黒宇佐見さん出現。というか限りなく八戒さんに近いんじゃね?という(汗)



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