彼岸の彼女、此岸の彼





 手詰まりを感じた5人は、夕食の準備を始めることにした。
 といっても、実際にキッチンに立つのは悟浄・悟空・八戒の3人だけだが。
 ちなみに食材は、ヘイゼルの専属執事という巨体の男が勝手口に運び込んでいる。
 学生時代から、ヘイゼルの荷物と大量の食糧を1人で黙々と運び入れると車で去り、帰りの日に再びヘイゼルを迎えに来るのを全員毎回目にしているが、誰一人彼が喋ったところを見たことがない、謎の男である。
 ――閑話休題。

「――でさぁ、ホントのところ、どう思うよ?」

 ジャガイモの皮を剥きながら、悟浄が八戒に問い掛ける。
 その後ろでは、流しで悟空が大量の野菜を洗っているが、こちらの会話を聞き漏らすまいとしているのは明らかだ。

「結局全員に可能性がありますが、決め手はありません――でお茶を濁すわけにはいきませんからね。
 花喃は、父親である男の無責任さを責めるためにあの子を寄越すような女性ではありません。只、自分の愛した相手を、娘であるあの子に知って欲しかったのかも知れませんね」
「それにしてもカナ姉ってば、俺達に何にも言わず音信不通になって、独りで子供育ててたって、ちょっと水臭くねぇ?」
「俺、花喃(あいつ)だったら妊娠を楯に結婚迫ると思ってたけど、ちょっと見くびってたかね」
「それとも、相手が夫として相応しくないと判断したとか?」
「え゛;」
「じゃあやっぱり悟浄?」
「お前にも当て嵌まんだろーが!ガキに結婚迫る女じゃねぇことは確かだ、それでトンズラこいたのかも知んねぇぜ?」
「う・・・・・・」
「・・・・・・」
「どした、八戒?」
「いえ、『相手が夫として相応しくない』と言いましたが、その逆だとしたら・・・なんて考えまして」
「「逆?」」
「えぇ。つまり、『自分が相手に相応しくない』ということで・・・」
「ははぁ。そーなると、また出てくる答えも違ってくるわな」








 その頃、ホールでは、

「夕飯まで待ってろって八戒が言ったろ、待ちきれないくらい腹が減ったか」

 まだ夕食の準備が整っていないにも拘らず、部屋から降りてきたを持て余した三蔵が、悟空と同じ要領で声を掛けてみるが、

「・・・いいえ」

 返ってくる言葉は、やはりどうにも子供らしくない。
 きっと、母の病を知った時点で、精神的な幼さというものを棄ててしまったのだろう。

「お2人は、料理はしないんですね」
「そ。今回は嬢ちゃんのお祖母はんの手配やけど、普段は三蔵はんがこのペンションを、うちが食糧を提供する、後はあの3人がこしらえる。
 これを『適材適所』言うんやで」
「・・・三蔵さんは『縦の物を横にもしない』、ヘイゼルさんは『ナイフとフォークより重い物を持ったことがない』と、母が以前言ってました」
「・・・・・・」

 虚を突かれて押し黙るヘイゼルというのも珍しく、三蔵は――自分も何気に酷い事を言われてはいるが――ほんの少し口の端を上げる。

「2人共、お金持ちで格好良いから凄くモテるけどミーハーな子達には興味なくて、三蔵さんは我の強い子じゃなくて癒し系の大人しい子、ヘイゼルさんは寂しがりやの甘えん坊なのでお姉さんタイプの人がいいんだとも言ってましたよ」
「なっ・・・・・・」

 母親から聞いた事そのままとはいえ、少女に口でやり込められるヘイゼルの様子が余りにも可笑しく、クックックと押し殺した笑いを漏らした。

「やはり、花喃の娘だな」

 プライドを突き崩す的確な言葉選びに、彼の女性の面影を見る。
 そしてヘイゼルは、

「うちが・・・うちがこないなジャリ(餓鬼)に・・・」

 余程ショックだったのだろう、自分がうわ言を言ってる事にも気付いていないようだ。
 ふと、こちらを見上げる視線に気付き、少女と眼を合わせる。

「三蔵さんは、母とお付き合いしていたんでしょう?」
「まあな。そこらの女みてぇにキャーキャー煩いわけじゃなく、一本芯のあるところが気に入ってた。まあそれが時には我の強さにもなったからな、最終的にはちょっとした意見の対立が原因で別れちまったが」
「『お互い、意地っ張りだったからねー』と笑ってました」
「・・・そうか」

 そして彼女は、最後まで意地を張り通し、独りで出産した。
 我の強さも、ここまで来れば賞賛ものだ。
 次には、まだ放心しているヘイゼルの傍へ近付く。

「な、何やのん」
「ヘイゼルさんから見て、母はどんな人でした?」
「・・・・・・」

 チラ、と三蔵の方を見る様子にその意図を察し、三蔵はその場を離れた。
 誰かがいると虚勢ばかり張りたがる男だ、真実を話すのなら、誰もいない方がいい。
 その姿が消えたのを確認して、ヘイゼルは口を開いた。

「・・・人の弱いところを指摘するのが得意なところとか、人を子供扱いするところは、最初あまり好かんかったけどな。
 まあでも、うちの家柄や金やルックスになびかない女いうのも珍しかったし、聞き上手なのもええと思った。女いうたら普通、ピーチクパーチク煩いやん?
 せやから、いつかは正式に交際を申し込もう思たんやけど、まさか子供こさえた挙句行方をくらますとは、してやられたって感じやわ」
「母は『ドラえ○んのス○夫みたいな感じだったわ。見栄っ張りなところも、マザコンっぽいところも』って言ってました。自分の母親代わりみたいなものだったんですね」
「・・・・・・(また、このジャリは)・・・!」








 このペンションの暖房は、暖炉の熱を利用したセントラルヒーティングだが、そのためには薪の調達が欠かせない。
 台所で食材を洗い終えた悟空は、建物の裏手で薪を割っていた。

「ふぅ、久し振りに薪割りすると手ぇ疲れるな・・・あれ」

 建物の陰から、小さな顔がこちらを覗き込んでいる。

、俺、鉈持ってるから危ないぜ?」
「・・・薪割りって、初めて見るから・・・」

 それもそうだ、自分だってこのペンションで薪割り担当になる前といえば、中学校の課外授業くらいしか経験はない。

「じゃあ、そこの芝生んとこのベンチに座って見てなよ。割った後の木切れが飛ぶかも知んねぇから、こっちに近付いちゃダメだぞ」
「はい」

 そうして、今日から明日にかけて必要そうな量の薪を割りながら、悟空はに話し掛けた。

「それにしても、ここ山ん中じゃん、そんなドレスで歩き辛くねぇ?」
「ここに来る時は、普通の服で来ました。中で着替えたんです」
「そっか・・・俺達にカナ姉が死んだ事伝えるためだもんな。
 あ、そうだ、お墓何所か教えてよ。皆で墓参り行くからさ。な?」
「はい。じゃあ、祖母に地図を用意してもらっておきます。
 ・・・悟空さんは、母をお姉さんみたいに思ってるんですね」
「え?あぁ、呼び方?
 俺一人っ子だし、高校は男子校だったし、年上の女の人って話をする機会なかったからな。
 体育会系のサークル――あ、俺幾つか掛け持ちしてたんだけどさ――だと先輩後輩とかの関係って厳しかったんだけど、三蔵達は全然そんなんじゃなくって、逆に『先輩』とか『さん』とか付けると鬱陶しがったっけ。
 カナ姉・・・の母ちゃんも、俺の事弟みてぇに色々面倒見てくれたぜ」
「『母性本能をくすぐるタイプよ』って言ってました」
「2つしか違わねぇのにな」

 悟空の冗談めいたぼやきに、くすくすと笑う

「そっちの方がいいよ」
「え?」
「笑った方が可愛いし、カナ姉に似てる。
 7歳とかその辺なんだろ?大人みてぇな話し方なんて、似合わねぇって」
「・・・『無自覚天然タラシ』って、これのことだったんですね」
「何だよそれ、酷ぇの」

 澄んだ空に、2人の笑い声が吸い込まれた。








 廊下の突き当たりにあるダイニングで食卓に皿を並べている悟浄に、ちょこちょこと小さな影が近付く。

「おっ、ちゃん。腹時計が鳴ったか?」
「・・・三蔵さんと同じような事を言うんですね」

 ほんの少しむくれる様子は、今はもういない彼女の拗ねた時とそっくりだ。

「失礼しました、お嬢様。さ、間もなく支度が出来ますので席にお着き下さい」

 おどけてわざと召使然とした口調で、レストランのボーイのように椅子を引く。
 は澄ました様子で黒いドレスを広げて座るが、いかんせん大人用の椅子だったので、テーブルの位置が高過ぎた。
 ぶぅ、と口を尖らせ頬を膨らませるその様は、それまでと打って変わって年相応の少女らしく見え、悟浄は口の端を上げる。
 子供用の椅子に座り直したは、少し真剣な表情で悟浄を見上げた。

「悟浄さんから見て、母はどんな人だったんですか?」
「う〜ん、そうだな・・・同い年だけど、何でか頭の上がんねぇ、姉貴がいたらこんなんかなって感じ?頭もいいし美人だし、でもそれを鼻に掛けたり媚び・・・ぶりっ子したりはしねぇから、男はもちろん、女にも人気あったぜ」
「・・・同じクラスにぶりっ子する子がいます。私は苦手」
「はっはっはっ、俺もだ。きっとあんたの母ちゃんもそう思っただろうよ」

 そう言って、子供特有の艶やかな髪を、大きな手で撫で付けた。

「そういや、の髪って、花喃よりはちょっと濃い色だな」

 光に透かすと金色に光って見えた、彼の女性の淡い栗色の髪を思い出す。
 この少女の髪は、マホガニーのように落ち着いた焦げ茶色だ。
 遺伝云々には詳しくないが、色味の少ない親同士の子なら、もっと明るい色の髪になっても良さそうなものだ。
 とすれば、三蔵とヘイゼルは除外されるのだろうか?

「でも、隔世遺伝?ってのもあるからな・・・」
「?」

 言葉の意味が解らずきょとんと見上げるの頭を、安心させるようにもう一度撫でる。

「さ、八戒シェフ特製の夕食だ、美味しかったって母ちゃんに報告出来るよう、しっかり食べるんだぞ」








 食事を終えたは、洗い物をする八戒を手伝い、洗い終わった食器を布巾で拭き始めた。

「――八戒さんから見て、母はどんな人だったんですか?」
「・・・そうですね・・・譬えて言うなら、服みたいな感じでしょうか」
「???」

 目をぱちくりさせ、小首を傾げる
 流石に譬えが捻り過ぎたかと苦笑する。

「言い換えると、自分の一部みたいにしっくりと馴染む、なくてはならない存在ですね。
 服って、着て少し経てば、肌にくっ付いている事も忘れる、でも、服がないと人は寒さを凌げず、生きていく事も困難になる、そうでしょう?」
「・・・はぃ・・・」

 ややぼやける語尾は、言葉としては理解出来ても、感覚として完全には理解していない、そういったところだろうか。
 再び苦笑すると、八戒はの目を見て優しく言った。

「貴女の父親が誰であっても、貴女が花喃の子である事には変わりありません。
 僕達全員、貴女の味方です。それを忘れないで下さいね」
「――はい!」
「さ、もうここはいいですから、お風呂に入って休んで下さい」
「はい」








 が入浴を済ませて部屋に篭る頃、つまみになる料理を携えた八戒がホールに来ると、

「おー八戒、悪ぃな、もう始めてっぞ〜」

 既に宴もたけなわな4人がいた。

「僕の分は残っているんでしょうね?」
「酒は残ってるが、乾きモンは猿が粗方食い尽くした」
「しょーがねーじゃん、俺あんまビール好きじゃねぇし」
「言いながらうちの持って来たチューハイしっかり飲んでるやないの」
「持って来たのはヘイゼルじゃなくてあのでっかい兄ちゃんだろ」
「ハハ、違ぇねぇや」
「あんたら、揃いも揃って人のこと馬鹿にしよって・・・」
「まあまあ、肴になるものなら用意してますから」
「助かる」
「おーっし、メンバーも揃ったことだし、もう一丁飲むぞーっ」


 〜間〜


「花喃は〜ん、何でうちに一言もなく死によったんよ〜っ」
「わーははははっ、あいつがオメーなんぞ本気で相手にするかっつーのっ。ヒャッーヒャッヒャッヒャッヒャッ・・・」
「ムニャムニャ・・・もう食べられねぇ・・・ムニャ」
【お前ら、俺の歌を聞いてんのかぁっ!】(←マイク音声)
「やれやれ・・・」

 自分以外のメンバーの酒癖の悪さ(悟空はそもそも酒に弱い)は、今に始まったことではない。
 苦笑しつつ、酒のコップやつまみの残りを手際良く片付ける。
 学生時代は、全く酔うことのない花喃も手伝ってくれたものだが。
 ――と、

「・・・・・・?」

 背中側――建物のエントランスの辺りから視線を感じた気がしてそちらを振り向くが、誰もいない。
 それでも何となく気になって、食器をキッチンへ運びがてら、エントランスを見渡す。
 明かりを落としたエントランスは、視力の悪い八戒が目を凝らしたところで壁も床も区別がつかないが、

「・・・・・・あれ」

 エントランスの照明を点けた時、その明かりを反射させてキラリと光った――金属と思しき物。
 近付いて、手を伸ばす。
 その指先が、顔が、驚愕に強張った。

「これ、は・・・・・・」







本気で間取り図を描こうとフリーソフトにまで手を出しかけたのですが、使いこなせずに断念(駄目駄目)
建物入って左側、入り口の方から洗面脱衣所(奥が浴室)・トイレ・キッチンの順に水回りが集約され、廊下を挟んで向かいが全面多目的ホールになり、ソファが数か所に配置され、壁の中央に暖炉があるくつろぎの間に。
そして廊下の突き当たりが、食事専用のダイニングとなっている設定。
階段は建物入ってすぐの場所にあり、2階が宿泊用の部屋。ホールの間仕切壁が無いので、階段の1階側からでもホールの様子が窺えます。
そしてエントランスは吹き抜け。これは譲れない(笑)。







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