全ての処理を終えた三蔵と悟空が主の部屋に入ると、目に飛び込んだのは、床に横たわる3つの身体。 何が起こったのか完全には把握しきれないが、一つの修羅場であったことだけは事実。 「これ・・・皆死んでんのか・・・?」 そう言いながら悟空は、一番手前の男の体を爪先で小突く。 「こいつが元締めの弟か・・・こいつは完全に死んでるな・・・」 「――ってどうしよう、三蔵? 「だからお前はバカ猿だってんだ。こんなもん、内部抗争があったことにすりゃ全部闇に葬られる」 「・・・大人って、汚ぇ・・・」 「――悟能?・・・まだ息があるな・・・」 内臓がはみ出る程の傷を腹に受けて、それでも生きようとする悟能。 その血に濡れた手は、最愛の半身のそれをしっかりと握り。 恐らくは、彼の女性の最後の願い。 生きて――自分の分まで、生き続けろという―― 「すぐに病院に運ばなきゃなんねぇが――」 この状況で、どうやって救急車を呼べばいいのか。 仮に病院まで運んだとして、この刀傷をどう説明すればいいのか。 「三蔵、早くしないと悟能死んじゃうよ!」 「煩ぇ、んなこた判ってんだよ猿!」 ――畜生―― 歯噛みする三蔵の背中から、不意に聞こえた男の声。 「何なら、俺がいい病院紹介すっけど?」 振り返れば、いつからいたのか、ドアに凭れ掛かる男。 タバコを咥えながら人を喰ったような話し方をするその男は、しかしどう見ても未成年。 「誰だよ、お前!」 言うや、素早く身構える悟空。 「おっと、今はそんな場合じゃないんっショ?ほれ、裏口に車止めてるから、そいつさっさと運びな」 三蔵とて男に聞きたい事は山ほどあったが、状況が状況なだけにここは男の言うことに従わざるを得ない。 とはいえ、悟能を運ぼうにもしっかりと握られた手は悟空のバカ力でも引き離せず。 仕方なくシーツで即席の担架を作り、3人がかりで姉の死体ごと車へと運んだ。 間一髪、三蔵達が屋敷を離れるのとほぼ同時に、警察の手入れが始まった。 「あっぶねーっ」 病院に着くまでに、男はあらかたの事情を説明した。 男の名は悟浄、悟能と同じ15歳。 「見えねーっ(←人の事は言えない)」 「うっせぇよ・・・」 12歳(小学生!)の頃から組織に出入りし、主に実質的な労働を行っている。 「あいつらデスク専門がハッキングしてきた資料を売るために、俺みてぇなのが方々にコネを作っておくワケ」 「つまり外回りの下っ端ってわけか」 「・・・それ言っちゃあオシマイじゃん?」 更に、悟能が組織に入ってからは、本人に悟られぬよう友人として近付き、学校生活の中での彼の行動を監視する役目も担っていた。 「――でもあいつ、すぐに判ってさ・・・」 それでも変わりなく自分に接する彼が、思いつめた顔で言ってきたのが今日の朝。 『悟浄・・・1つだけ、お願いがあるんですが』 『おー、1つと言わず、いくつでもOKよ?』 『あはははは、1つで充分ですよ。いや、2つかな・・・? 実は――姉を、悟浄の家の養子にして欲しいんです』 『あ?』 『悟浄のご両親がお亡くなりになっていることは、すみませんが調べさせていただきました。 ですから、それより前に養子縁組をしていたことにして欲しいんです』 『・・・お前・・・?』 『そして・・・組織から、足を洗って下さい。 貴方なら、まだ組織を抜けることは簡単な筈ですから――』 「――そんで午後にはフケちまってよ、転校以来無遅刻無欠席無早退のあいつがだぜ? 慌てて組織に戻ってみりゃ、社長は殺されてるわデータはパーになってるわガサ入れが始まるわで上を下への大騒ぎよ」 社長を殺したのは、恐らく悟能だろう。 後の2つは全て三蔵がやったことなのだが、わざわざ事実を明かすつもりはもちろんない。 「おまけに俺の写真や名前が入った書類は全部無くなってるし・・・そこまでしてくれたあいつをみすみす死なせる程俺ぁ鬼でも悪魔でもねぇからな、でもってあの屋敷へ行けばお宅らが派手にやってくれちゃっててよ・・・」 「――で、お前は今後どうするつもりだ?」 「ま、 せっかくあいつのおかげで 「そうか・・・問題はあいつだが・・・」 「んー、何なら俺が面倒見るケド?」 「あ?」 「実は俺、兄貴がいてよ、もうすぐ大学卒業すんのよね。で、どうも家を出なきゃなんねーらしくって。 一戸建てだから、俺一人じゃ管理しきれないし?」 「っつーかゴミ屋敷になりそう」 「うっせーよ、サル」 「サルって言うなよ!」 「黙れ馬鹿共が!」 「うわ、 「悟能が持っていた。指紋が検出されたらマズいだろうが」 「って刃先向けるな――っ!」 死体と重態患者と小猿と凶器を振り上げる高校生と。 非常識な面々を乗せた車は、中学生の運転によって病院へと向かった―― それから7年―― 父親の急逝に伴い、若干23歳で三蔵財閥総帥の座に就いた三蔵は、悟能――戸籍を書き換え、八戒という名になった――を秘書に、悟空を雑用係兼ボディーガードとして、アイビーグループの運営に力を注いだ。 そして今年始め、大学を卒業(!)した悟浄を現場担当に加え、現在に至る。 ホールの点字案内プレートをKateに手渡すべく、アイビーホテル トウキョウへと車を走らせながら――たまには自分で運転することもある――三蔵は思いを巡らせていた。 13年、か―― 多忙を極めていたとはいえ、その年月は決して短いものではなく。 少なくともここ数年、目の前のことに没頭してあの頃の想いを記憶の彼方に追いやっていたことだけは事実で。 つい数時間前、あの銀の髪を見るまでその事を忘れていた自分に嫌気が差す。 あの少女の事を完全に忘れていたわけではない。 『組織』に殴り込みをかけた時、視界に飛び込んだ銀の煌めきに、『何か』を思い出しかけたのは事実。 それに、あの少女の存在が自分の仕事に大きく関わっているのも、また事実である。 グループ会長となった三蔵がまず行ったのが、アイビーグループ全施設におけるバリアフリーの充実化。 三蔵の目論見は、近年その関心が高くなっていることもあり、見事に成功した。 そうして気が付けば、国内はおろか海外にまで支社を置く一大ホテルグループに発展していたのである。 あの盲目の少女との出逢いがなければ、そんな事は到底考えつかなかったに違いない。 となれば、今の自分とアイビーグループがあるのは、彼女のおかげであるといっても過言ではないだろう。 それなのに―― そこまで考えて、三蔵は顔を顰めた。 先程八戒が置いて行った資料の内容。 自分がKateと出逢ったあの時から3年後、彼女は孤児院に入れられている。 孤児院に入る前のKateが何処に住み、姓が何であったのか、施設の者さえ知らないという。 彼女の姓を知っている三蔵は、朧家に何があったのかすぐさま調べた。 13年前の自分では分からなかったことも、今の自分の技術なら簡単に解明出来る。 Kateの本名は、 朧家107代目当主の長女として生まれたが、その後間もなく当主夫婦は事故で他界。程なくして108代目を継いだ叔父に引き取られている。 しかし今から10年前、朧家は破産し、12歳の彼女を残して一族は全員自殺した。 原因は――自分及び『悟能』のハッキングによる情報流出がもたらした株価の下落。 『悟能』が倒産に追いやった企業は、間接的なものも含めると優に100を超える。 更に自分も、いずれ後を継ぐアイビーグループの邪魔になる企業に必要悪とばかりに次々とハッキングを仕掛けた覚えがある。 その両方のあおりを受け、朧家は破産した。 そうなる前に土地や屋敷を売ることが出来れば良かったのだが、あのような旧家の屋敷はそれ自体が文化財に認定されていることが多い。 そうなると、家人が勝手に売買にかけることは、法で禁止されてしまうのだ。 それを知っている朧家は、莫大な維持費を捻出するために、何代か前から売買が禁じられていない財宝を売って有価証券を購入している。 それが、かえって自身の首を絞める結果を呼んだ。 株価は下落し、残ったのは売ることも出来ない土地と屋敷と国宝。 あり余る土地と財宝に囲まれながら、今日を生き延びることも出来ずに首を吊る。 その心境は、如何ばかりか。 そうさせたのは、他ならぬ自分達。 証拠が残らなければ疑われる筈はない――ましてや中・高校生など。 そう考えていた己の悪行の報いが、今頃になって己に返ってくるとは。 「クソッ・・・」 知らず拳を作り、ハンドルに叩きつける。 そうこうしているうちに、車はホテルの前に着いた。 突然の会長の訪問に慌てふためくボーイに鍵を渡し、車の移動を言いつける。 そうして、回転ドアへと歩を進めた時―― 「?・・・あれは・・・」 車付けに何台ものタクシーが止まり、十数人の男女が乗り込もうとしている。そのうちの一人に見覚えがあった。 確か――八百鼡といったか、Kateのマネージャーだった筈。 ということは、Kateもあの中に――? 「おい――」 「あ・・・ 「Kateに渡す物があるんだが・・・どの車だ?」 並んだタクシーは3台。 そのどれにKateが乗っているのか分からない三蔵は、八百鼡に聞くしか方法がなかった。 「Kateさんはお部屋です・・・830号室で・・・。私達、ミーティングも兼ねて近所の居酒屋に行くことになって・・・」 「・・・・・・社長は?」 嫌な、予感がする―― 「スタッフだけですから、社長もお部屋にいると思います。えーっと、確か829号室・・・」 「!!」 それを聞くや、三蔵はホテルへと飛び込んだ。 「オーナー?」 三蔵の突然の反応に、八百鼡は驚きの声を上げる。 「八百鼡ちゃん?早く乗ってよ」 同僚の催促の声に、しばし躊躇するが、 「すみません、先に行ってて下さい!」 そう言い残し、三蔵の後を追った。 残されたスタッフ達は何が起こったのか判らず、ただポカンと口を開けて突っ立っていた―― 「830号室に繋いで欲しい」 「!・・・こ、これはオーナー・・・只今支配人を・・・」 「聞こえなかったのか?830号室に繋げと言ったんだ。早くしろ!」 突然の会長の命令にフロント係は慌てふためいたが、今は説明をしている場合ではない。 Kateを見る社長の眼。 あれは明らかに、Kateに対して邪な思いを抱いている。 スタッフのミーティングなんて、人払いの口実に過ぎない。 恐らくは、息のかかった社員にそう指示したのだろう。 今、関係者で部屋に残っているのはKateと社長だけ―― 「オーナー?Kateさんは・・・」 やはり気になったのだろうか、戻って来た八百鼡に三蔵は少し安堵する。 オーナーの権限でマスターキーを使うと事態が公になってしまうので、出来ることなら避けたかったからだ。 八百鼡なら、カードキーを持っている。 そう思ったのも束の間、三蔵は意外な言葉をフロント係から聞く。 「あの、オーナー・・・830号室のお客様は外出されているようなんですが・・・」 「何――?」 |
ちょっぴりサスペンスちっく。 そういえば三蔵と八百鼡の組み合わせって、原作寄りの話ではあまり見られませんね。 そういう意味では、パラレルって便利かも。 八百鼡ちゃん大好き♪(それが言いたかっただけか) |
Back Floor-west Next |