「――取り押さえろ」 男の命令に、刺客達が同時に朧月との間合いを詰め、刀を持たない側の手を伸ばしたその時、 ズガ――――ンッッ 「うぎゃあっ!?」 耳をつんざくような音と共に、刺客の一人が苦痛の叫びを上げた。 鉄錆のような独特の臭いが、流れ出た血の存在を知らせる。 「今のは、鉄砲・・・?」 近年西の国より伝わったという、殺傷能力の高い飛び道具。 刺客の端くれとして知識はあるが、そのような物、そうそう容易く入手出来る代物ではない。 それは、周囲の刺客達も同じなのだろう、地面に倒れて悶絶する仲間の様子に、恐れおののき、浮き足立っている。 そこへ、 「姉ちゃん、大丈夫!?」 「こいつらは任せな!」 聞き覚えのある声と共に、刺客達が次々のされていく。 一人は、夕刻に会った悟空だ。 そしてもう一人、こちらも初めて聞く声ではない気がする。 「この、鼠共が・・・!?」 唸りながら抜刀しかけた男の手は、そこで止まった。 喉元に突き付けられた長刀が、少しの動きも許さない。 女将も同様に、別の者から長刀を突き付けられている。 「はーい、そこまで。動いたら首と胴体が永遠にお別れしちゃいますよー」 「クッ・・・!」 ふざけた口調で、しかし結構恐ろしい事をいう男性。 この声も、さっきの男性同様、どこかで聞いたような声だ。 「クッ・・・こうなったら・・・」 「ちょーっと待った、アンタも大事な参考人なんだ。死なれちゃ困るんだよ」 「っ!?」 口の中に仕込んでいるであろう自害用の毒薬を噛み潰すのを察し、刺客を倒していた男性が一足早く、女将に猿ぐつわを噛ませた。 そこへ、 「よくも人の事を散々コケにしてくれたな・・・覚悟は出来てんだろうな、あぁ?」 ドスの効いた声音と共に、姿を現したのは、 「皇太子殿下・・・!」 朧月が安堵の声を洩らし、女将と男は信じられないというように目を見開く。 先の女将の話では、ここから離れた場所へ誘い込まれ、薬で眠らされているのでは・・・? 「ハン、お生憎様だったな。テメェらをハメるために、計略を練ったのさ。 何せこっちには、国一番の策略家がいるんでな」 「お褒めに預かりまして」 「「・・・・・・(褒めてない褒めてない)」」←声に出せない小心者×2人 「体格の似た者を身代わりに立てて寄越したんです。いくら満月でも、傘で影を作った状態では、髪も顔もそうそう判りませんからね。 ちなみに、すぐに新鮮な空気を吸わせたので、とっくに回復していますよ。 睡眠薬を仕込んだ蝋燭の方も、証拠として回収済みです♪」 「クッ・・・」 「テメェの企みは、全て御破算だ。『桃源楼』の人間やテメェの部下達も、全員取り調べの対象となっている。 上手く事が運べば、俺も政敵も一掃出来る好機だったろうが、残念だったな――右大臣?」 「・・・・・・・・・」 刀を突きつけられ身動き取れない中、唯一自由になる目が血走ったように自分の正面に来た皇太子を睨み付ける。 そう――男は、宮廷内で皇太子擁護派とされていた筈の右大臣だったのだ。 皇太子は朧月を守るように背後に隠し、更にその脇を、刺客を拘束し終えた2人が固める。 「『「桃源楼」の中に、左大臣の息の掛かった者がいて、皇太子暗殺を企んでいる』―― ほーんと、殆どの人間が鵜呑みにしちまってたぜ、その噂。何せ左大臣派が現皇帝の治世を継続させる事を望んで、皇太子を退けようとしているってのは、間違いじゃねぇからな。 約束の時刻までに噂の出所を探すのは、容易じゃなかったぜ」 「ですが、先日命を落とした貴方の部下が、実は左大臣に内通していたという事が判りましてね。 そうなると、今までの事が、全て違って見えてくるんですよ。 ――つまり、『桃源楼』を密談の場として利用していたのは、左大臣達じゃなく、貴方がただった。 その事実を隠すために巧みに流したのが、さっきの噂です」 「・・・・・・・・・」 「あんたは、あんたの部下が、左大臣側に寝返ってあんたの情報を左大臣に流している事を知り、その部下を始末する事を考えた。 そいつに疑われない面子で『桃源楼』に誘い込み、亡き者にしたんだ。 方法は、昨日の宴で殿下に用いた『五毒の術』と似たようなモンだろう」 「当然、内通の事実が公にされている訳がないので、周囲は貴方を、部下を失った不幸な上司と考える。 その上、『桃源楼』に関する噂があるので、嫌疑は主に左大臣と『桃源楼』の者に掛かり、自分は完全に安全圏の中――まったくもって、上手く考えたものですよ」 「宴に乗じて俺を亡き者にし、その罪を左大臣になすり付けることで、左大臣派を失脚させ、自分が覇権を握る・・・宴での毒殺が失敗したことでその後の相談をしに『桃源楼』を訪れるのを、尾行させて正解だったわけだ。 貴様の処分は、追って下されるだろう。それまでに、犯した悪行は洗いざらい全部吐いとけよ」 突き放すような皇太子の言葉に、右大臣は糸が切れたようにがっくりと項垂れた―― 右大臣と女将、刺客達が衛兵に引き立てられ、辺りは元の静寂を取り戻した。 ずっと抜き身で構えていた懐剣を鞘に戻すと、朧月は誰にともなく語り始めた。 「――あの日から、とにかく技芸で名を上げる事だけを考えて生きて参りました。 初めに売られた小さな手妻(手品)小屋では、目の見えない私に芸を覚えさせる事が難しくて持て余したのでしょう、幾月も経たないうちに別の土地へと売られました。 ですが、見世物小屋や茶屋を転々としている間に歌と胡弓を覚えることで、少しずつではありますが、客を呼ぶ事が出来るようになってきました。 村にいた頃は物の怪のように思われたこの髪も、客寄せの格好の道具となったのでしょう。 そんな私に、あの店と取り引きをしている仲介屋が、声を掛けたのです――」 ちょうどその時の計都の雇い主も、成長していく計都を、金のなる木と見て新たに芸を仕込むか、金の卵を生む雌鳥として高値で売るかを算段していたところだったので、商談はとんとん拍子にまとまった。 そうして、計都は『桃源楼』に買われ、下働きをしながら舞などの技芸を身に着けていった。 だが、程なくして、『桃源楼』の女将が自分を買い取った真の理由が、技芸とは別にある事に気付き始めたのだ。 「あの人は、私の目以外の感覚が人並以上に研ぎ澄まされているのを利用し、給仕をしながら離れた場所に座る高官の密談を盗み聞きする方法や、同じ銚子から注ぐ酒の、特定の人物の杯にのみ毒を盛る方法などを、私に教え込んだのです。 買われた身の私に、逆らうことは許されません。 あの店は、華やかな見た目の裏で情報収集や暗殺を請け負う、女刺客の養成所なのです・・・」 珊瑚のような唇を噛み締め、話し終えた計都は、鞘に収めたまま握り締めていた懐剣を水平に持ち、皇太子の前に差し出した。 「――私があの店について知っている事は、これが全てです。 今この時まで、私に生きる力を下さったのは、貴方様のお言葉に他ありません。 どのみち、死罪になる身なれば、貴方様の御手で死にとうございます。 どうぞ、この懐剣で、私をお刺し下さいまし・・・」 「・・・・・・」 皇太子は差し出された懐剣と朧月の顔を交互に見やった。 迷いも恐怖もないその美貌は、菩薩像のように静かな笑みを湛えている。 「・・・一つ、聞きたい。 宴の際にお前が歌った歌、あれはお前自身の心情だろう。 なら、故郷に想う者がいるんじゃねぇのか?」 「・・・あれは・・・あれは只の恋歌で、私などにそのような人は・・・」 「この期に及んで隠し事か?気に入らんな。 白状しねぇってんなら、こっちもお前の願いを聞き入れることは出来んぞ」 「・・・・・・」 「命令だ――言え」 そう言われると、従うより他ない。 朧月は見えない目を伏せ、ほんのり目元を紅色に染めて呟いた。 「・・・両親を亡くし、村人達から疎んじられて自棄になっていた自分に、生きろと――生きて、都に知られる人物になれと、そう励まして下さった、高貴な若君様がいらっしゃいました。 この盲いた目と銀の髪を、夜空の色と月星の光に見えるとも仰っていただきました・・・」 「・・・それは・・・」 「頼るよすがもない、哀れな子供が抱いた、他愛ない恋心・・・ ですが、生涯唯一つの、恋慕の情にございます」 「お前・・・」 「ってーことはよ、お宅ら結局両思いなんじゃねーの?」 声を掛けたのは、先程派手な立ち回りを繰り広げた男のうち1人。 その背に、眠りに就いた悟空を負ぶさっている。 「なっ・・・余計な事言うんじゃねぇ捲簾!!」 「なーにその歳で照れてんスか若様・・・おっと違った、殿下。 嬢ちゃんも、10年前の俺の見立て通り、村一番どころか都一の美女に成長してくれて、お兄さん嬉しいよ♪」 「こいつに近付くな、つか触んじゃねぇ!」 「10年経っても、自分は『お兄さん』ですか」 「一々細けぇよ、天蓬」 その様子を聞いていた朧月が、あっと声を上げた。 「貴方がたはもしや、あの時若君様のお傍にいらっしゃった・・・!」 「おー、覚えてくれてたんだ。嬉しいね♪」 「声は、ある程度成長すればあまり変わりませんからね。 殿下は、流石に10年前の声とは大分違いますから判らなかったでしょう」 「そう思って、花を取る際、名を呼んでやったんだ。『計都』とな。 朧月、確かにお前は、その身に毒を携えていた――だが、それに手を伸ばしたのは、紛れもなく俺自身の意志だ。 お前が俺の口にする物に毒を盛ったわけでも、俺に刃を向けたわけでもない――そうだな、天蓬?」 「相違ございません、殿下」 「それだけではない、毒を盛られた俺に、いち早く解毒剤を届けた、この功は大きい。 元々その立場から『桃源楼』の女主人の命令に背くことが出来ず、己の意志と関係なく悪事に加担せざるを得なかった事を加味すれば、充分免罪の余地はあると思われる」 「殿下・・・ですが・・・」 「無論、完全な無罪放免というわけにはいかんだろう。 朧月、本日を以って、お前の芸妓としての職を剥奪する。今後商売を目的にして舞い歌うことはまかりならん」 「・・・・・・」 「――が、目の見えないお前を路頭に迷わすのは本意ではない。 よって、お前に新たな役目を言い渡す。 ――付いて来い」 「あ、あの!?」 それ以上の事は言わずに踵を返した皇太子に、朧月――今この時より計都の名に戻る――は目をしばたかせながら慌てて懐剣をしまい、後を追う。 詳しい説明を求めようにも、皇太子は歩く速度を緩めないし、自分の両隣を歩く天蓬と捲簾も、クスクス笑うだけで、計都に詳細を伝えようとしない(そして悟空は夢の中だ)。 ――そして、 店から離れた場所に預けられていた馬に乗り、一行は丑の刻(午前1時)まであと僅かという頃に宮廷に到着した。 空気の緊張感や衛兵の存在からそれを知った計都は、只ひたすら驚いている。 そんな計都と天蓬・捲簾を連れ、皇太子はどんどん奥へと進んで行った。 深夜にも拘らず、宮廷内は煌々と灯りが灯り、あちらこちらで人の行き来が窺える。 無理もないだろう、右大臣とその一派の企みが露呈し、全員取り調べを受けるという事態になっているのだから。 「この調子だと、明日――じゃなくて今日の即位式は延期でしょうねぇ」 のほほんと言う天蓬だが、 「てーことはよ、兵士の勤務時間と配備、また練り直しか?」 「頑張って下さいね、大将♪」 「『大将♪』じゃねぇ、手伝え!」 背後で繰り広げられるやり取りに、皇太子は額に青筋を立てるものの、声を荒げると計都を萎縮させる恐れがあるため、舌打ちするだけに留めた。 「で、お前らはこの後どうするんだ?」 「もちろん、首尾を報告するために、皇帝陛下の下へ」 「ってか、殿下も同じじゃないスか?」 捲簾の言う通り、皇帝陛下には色々報告しなければならない事がある。 本心は一刻も早くこの2人と別れたいところだが、そうもいかないと解り、2人に背を向けて渋面を彩らせた。 ――幼少時から彼の傍にいた2人には、バレているのだが。 そうして辿り着いた皇帝陛下の宮殿で取次ぎを願い、待たされている間に、皇太子は計都の様子を窺い言った。 「心配は要らん。お前を詰問するとか刑罰を与えるというわけではないから、そんなに怯える事はない」 「・・・身に余るお心遣い、有難うございます・・・」 そうは言われても、この扉の向こうに皇帝陛下がおわすとなると、不安にならずにはいられない。 逃げ出したい程の緊張に晒されながら待っていると、謁見の許可が下りたのだろう、入るぞ、という皇太子の声が聞こえ、それに従い歩を進めた。 左右に開かれる重厚な扉の向こう、この国の君主の下へ―― |
普通のファンタジーなら、悪者を処罰し、ヒロインと王子は結ばれましたとさ、めでたしめでたし、なんですが。 そこは香月の書く話。一足飛びに大団円というわけにはいきません。 最終章は屁理屈や補足説明のオンパレードですので、覚悟の程を(笑)。 |
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