Schwanensee





 三蔵王子と計都姫の婚約成立から一週間余り。
 日を重ねるごとに月はその明るさを増し、ついに迎えた満月の夜。
 別邸の中の礼拝堂で、三蔵王子は婚礼衣装に身を包み、姫を待っていました。
 八戒・悟浄・悟空は別邸の周囲を見張り、清一色が妨害に来ないか警戒しています。
 そして満月が中天に差し掛かる頃――

「・・・お待たせ致しました・・・」

 燭台を持つ侍女に先導され、こちらも婚礼衣装をまとった計都姫が姿を現しました。
 銀の髪を白いベールで覆ったその美しさは、絵画に描かれる聖母にも劣りません。
 侍女は祭壇に燭台を置くと、それまでそこに置かれていた、ロウソクの短くなった燭台を代わりに持ち、2人に礼をして礼拝堂を立ち去りました。
 今この時より朝日が昇るまで、王子と姫は2人だけで祈り続けなければならないのです。
 夕食の際の酒は1滴も飲まず、仮眠を摂るなど、夜を徹する準備は万端、そう、王子は考えていました。
 祭壇の前に2人でひざまずき、無言で祈りを捧げます。
 計都姫と、その周囲の人達に掛けられた悪しき呪いが解けるようにと、一心に。
 ですが、礼拝を始めて半刻程した頃――

「・・・・・・・・・?」

 三蔵王子の、形の良い眉が寄せられます。
 それまで、静かな湖面の如く凪いでいた心に、細波が立つような感覚。
 それは静まるどころか、熱を持ち始め、燻るような感じさえしてきます。
 真摯な祈りを捧げ続けないと、姫達の呪いは解けないというのに、どうしたことでしょうか。

 ――目を開けちゃいけねぇって事はなかった筈だ。

 そう考え、目を開けて計都姫の方を窺った三蔵王子は、目を見張りました。

「・・・・・・っ、・・・く・・・あぁ・・・っ」

 己が身を掻き抱き、珊瑚のような艶めかしい唇を振るわせる姫の姿。
 自分と同じく、身の内に篭り始めた熱に苛まれているのです。

「姫、どうした!」
「・・・王、子・・・様」

 見上げる眸が涙で潤み、頬に朱が差す様子は、まるで褥での秘め事を思わせるようです。
 それは、王子をして冷静な判断を欠落させるに充分な光景でした。
 そう、落ち着いて考えれば、計都姫がこのような淫魔めいた表情を見せるなど、有り得ないと判った筈なのです。
 そして自分の考えがそこに至らないという事も、本来なら有り得ないという点にも。
 閉ざされた空間で、昂ぶる熱に身を焦がす2人。
 三蔵王子の、最後の理性が焼き切れ、震える手が計都姫のうなじに這わされます。
 既に王子の頭の中に、清浄な祈りも真摯な願いもありません。
 薄っすらと誘うように開かれる唇に、己のそれを合わせようと近付けた時、



 ドシュッ



「・・・っ!?」

 驚きに、声も出ません。
 何処からか飛んできた矢が、姫の頭部を貫いたのです。
 何が起こったのか俄には理解出来ず、硬直する王子の目の前で、



 ドスドスドスッ



 あらゆる方向から放たれた矢が、追い打ちを掛けるように姫の胸や背に刺さります。
 次の瞬間、

「――・・・っ!!」

 姫の白い貌も、銀の髪も、細い肢体も、婚礼衣装も、
 雨風に晒され続けた彫像が崩れるかのように、ポロポロと欠落していきます。
 最初は少しずつ、途中から見る間にその速度を速め、
 そしてついに、平衡を失った姫の身体はドサッと音を立てて一気に崩落し、王子の目の前には只の土くれだけが残されたのです。

「これ、は・・・?」
「「「王子!!」」」

 けたたましい靴音を響かせ、礼拝堂の扉を蹴破らんばかりの勢いで開けて突入したのは、八戒・悟浄・悟空の3人。
 悟浄は燭台の火を消し、悟空は窓を次々と開放していきます。
 訳が解らないままその様子を見やる王子の傍に、八戒が近付きました。

「これは・・・お前達が?」
「王子、ご覧下さい」

 そう言うと八戒は、土くれの山に無造作に手を差し入れます。
 指先で少しばかり探った後、中から取り出したのは――

「それは・・・?」

 四角く切り出した象牙に、先程の矢が刺さった物。
 矢を引き抜くと、象牙には何やら文字らしきものが彫られています。

「象牙に魔法文字を刻んだものを呪符にしつらえ、それを媒体とした、愚偶です。
 この愚偶をここへ連れて来た侍女も、恐らく同様のモノでしょう。
 そしてそこのロウソク――恐らくは、催淫剤のような薬が仕込まれていたと考えられます」
「さっきの侍女が持ち込んだヤツだな・・・つまり、全ては・・・」

 全貌を理解した三蔵王子の言葉に、八戒は厳しい表情で頷きます。

「えぇ。姫に術を掛けた張本人、清一色の仕業・・・そうとしか考えられません――・・・」
「・・・なら、本物の姫は何所に・・・?」

 その時、

『クク・・・ククククク・・・』
「誰だ!!」

 何処からともなく聞こえてきた不気味な声に、三蔵王子は声を荒げます。
 辺りを見回していた悟浄が、

「おい、あそこだ!」

 伸ばした指が示す先。
 魔道士の服装に身を包んだ男が、礼拝堂の中空に、何の支えもなく浮遊していたのです。
 生身の体が宙に浮くなど、如何なる術をもってしても有り得ません。
 八戒が矢を放ちますが、それは男の身体を通り抜け、反対側の壁に刺さります。

「これは、幻影・・・?」
『おやおや、初対面の者に矢を射掛けるなど、王子のご友人ともあろう方が、大した礼儀の持ち主ですねェ』
「生憎と、己の技術を悪用し、詐欺師のようなやり方で国を乗っ取るような輩に掛ける礼儀は持ち合わせていないもので」
『ほう、では(ワタシ)をご存知で?』
「僕の推測が正しければ、貴方は魔術で計都姫の祖国を乗っ取り、姫君達に呪いを掛けた張本人、清一色だと思うのですが、違いますか?」

 普段の彼と違い、聞く者が震え上がるような冷え冷えとした声音で問い質しますが、当の本人は怖気付くどころかニタリと粘着質な笑みを浮かべて応えます。

『ククク・・・ご明察ですヨ♪――まあ、下らないお喋りはこのくらいにしましょうか。
 王子サマ、貴方のお探し物は、我の手元にあります。
 取り戻したければ、我の居場所を突き止めることですネ♪』

 小馬鹿にした口調でそう告げると、クツクツという笑いを響かせながら、清一色の幻影は姿を消しました。

「――の、クソ野郎っ!!」

 清一色にしてやられた苛立ちに、王子は祭壇に拳を叩き付けました。







バレエでは黒鳥の舞(特に32回転ピルエット)が有名なシーンですが、当方では優美さ<アクション色で(笑)。そもそも舞踏会でもありませんし。
ところで黒鳥のオディールってロッドバルトの娘なんですよねー。
・・・母親は誰だ?って考えませんでした?え、香月だけ?(どんな幼稚園児だ)







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