羅昂三蔵自身が、経文の変化した存在―― 「先程の答の通り、これは『変化』を司る経文だ。他の5巻と共に、天地創造の際にその力が用いられ、『時』という概念が形成された。 ただ、他と異なるのは、これのみが『経文』としての形に納まらなかったという事だ。それは、この経文が『変化』を司るが故の事だろう。 だが、天地を創造する程の力を野放しにする事は出来ない――その結果、理性で力を制御出来る生命体に そして、この力を受け止めるのに最も適しているとされたのが、短期間で大きな変化を遂げるヒトの胎児――何せ、地上で数億年掛けて為された進化の形態が、たった280日の間に繰り広げられるのだからな。 そうして母胎に宿したばかりの生命と融合し、ヒトの子として世に生まれ出る――生まれた赤子は例外なく額に この印は誰かから継承したものではない。私がこの世に生を受けた・・・いや、母の胎内に存在し始めた時から有しているものなのだ――」 「「―――・・・」」 淡々と語る羅昂の言葉に、三蔵も八戒も只呆然とするのみだった。 しばしの沈黙を破ったのは、三蔵の言葉。 「生まれた時から 「『神の子』? 「・・・この流れでどこをどうしたらそうなるんだ。 先代が『第6の経文』について調査した際、経文に関しては収穫が無かったものの、それとは別に不可思議な現象の存在を確認している。 それが、生まれた時から額に 「生まれた時から・・・ですか?」 「だから『神の子』なんだろう」 先程、うっすらと記憶の向こうに浮かんだ内容。 羅昂の言葉で、それが徐々に鮮明になってきたのだ。 「では、三蔵の先代様は、羅昂と会って――?」 「いや、先代が見たのは文献のみで、しかも執筆の時代や発見された場所がまちまちという事もあって、真偽については判らなかったそうだ」 「他の経文と異なり、直接継承されるものではないからな・・・先も触れたように、不安定な時世に於いてのみ世に生まれ出るものだ、自分の先代がいつどの場所に存在したかまでは、私とて知らぬ」 「直接継承してないってんなら、なぜ『不安定な時世に於いてのみ世に現れる』と分かってるんだ。それに経文の名もだ」 「・・・・・・・・・生まれた時から経文を身に抱いているとはいえ、幼子のうちからその力を自在に操ることが出来るわけではない。幾年月かの時を経て、己が身に宿る『力』を初めて自覚したその時、その役割に気付かされた――経文の名も然り」 そう話す羅昂の表情は見えないが、声音に苦々しいものが含まれているのを、聞いている2人は感じ取っていた。 余り思い出したくない部類の記憶らしい。 「――これで、この経文が表舞台に立たぬ理由も自ずと知れよう。 経文の形を取らず、出現する時代も場所も個々別々、その名すらも、対となる『恒天』と重なり、その存在が影となるよう図られている・・・ 「「―――・・・」」 今度こそ、三蔵も八戒も押し黙ってしまった。 話が突拍子もなさ過ぎて、俄には信じ難い。 けれどその一方で、夕刻に見た現象は紛れもなく目の前で起こった事実だ。 三蔵はしばらく眉間にシワを寄せて考え込んでいたが、やがてチッ、と舌打ちすると、 「――どうやら、信じるしかねぇようだな。 兄妹揃って貴様の同行を求めるのもその為か」 「流石に聡くあられる。 『 異変に関しては数年前から予知していたので、既に町全体に結界を張って不穏な輩が入れないよう策を取ってはいるが、それでは根本的な解決にはならない。 何より、先も言ったように、不安定な時世に生じるということは、即ち今の世にこの経文が必要とされている可能性が高い。 そう考えるならば、私が貴公らと行動を共にするのも道理であろう?」 「・・・人をダシにしてんじゃねぇよ。 それに俺は世直しの旅に出ているわけじゃねぇ、人助けのつもりで西に向かうってんなら、もっと相応しい従者を探せ」 「・・・貴公は解っておられない。 私に ただ、私が貴公らと行動を共にすることで、不穏分子の眼も求める情報も一極集中する。 経文についての正確な情報を求める貴公にとっても、有益な話だと思うが?」 「・・・・・・・・・」 確かに、羅昂の言う事は皆正論である――憎らしいぐらいに。 羅昂が――その言葉が正しいとして――『第6の経文』そのものだという事が天竺サイドに伝われば、当然その力を我が物にしようと手を伸ばして来る事は想像に難くない。 とすれば、周囲に危害が及ぶ事も、また自明の理であろう。 博愛精神というものは、自分達同様歯牙にも掛けない性質らしいが、この世で唯一人、『守りたい』と言わしめる存在―― 「このシスコン野郎・・・」 「誰も妹の名は出していないが?」 しれっと言ってのける羅昂に、三蔵は眉根を寄せて睨み付けるが、迫力のある紫暗の瞳も目の見えない羅昂には効果がない。 自分の傍らに立つ碧の瞳の青年を髣髴させる饒舌さに、反論の糸口を探すことの無意味さを悟った三蔵は、忌々しげに舌打ちした。 「手を組む方が、損にはならねぇというわけか。 だがな、この面子を決めたのは俺の意志じゃねぇ」 「知っている。観世音菩薩様がそなたに命じたのであろう? だが、最終決定権は、常にそなたにあった筈。 それに、私が同行を求めている事は彼の御方もご承知だ」 「何――?」 三蔵が、目を見張る。 天界の神が地上の者に接触する事自体、かなり厳密に制限されている筈だ。 北方天帝使の役目を担う三蔵ですら、斜陽殿の謁見の間という限られた場所で、間接的に拝観することが許される程度だ。 あるいは、神仏の側がそう望んだ時か――以前、三蔵が六道の手に掛かり、瀕死に陥った時のように――だ。 「私自身が自由意志を持つ経文である以上、天界とて私の存在を野放しにはしない。 彼の御方が貴公等を見守っておられるのと同様、私の存在も彼の御方により把握されている。 無論、貴公が彼の御方の命に依ってしか私の同行を認めないのであれば、今すぐにでもそれをいただく事は可能だ。 だが、私は私自身の力で、貴公の同意を得たいと考えている。だからこそ、それなりの手順を踏んで此処に至るのだ」 「・・・・・・」 確かに、羅昂の言う事が事実であれば、観世音菩薩とのパイプがある事も頷ける。 そして、羅昂がこの件に関して、あくまでも三蔵の意思を尊重している事も判る。 「 「然り」 「貴様がその気になれば、力技で俺の意思を捻じ曲げる事も可能なわけだ」 「然り」 「・・・・・・」 これまでにない緊迫した空気が2人の『三蔵法師』の間に漂った。 ややあって、三蔵は小さく息をつくと、羅昂を見据えた。 「貴様の手の上で転がされるのは御免だ。 ――いいだろう。同行を許可してやる」 「三蔵!?」 「二言は、なかろうな?」 「貴様の術や口利きなんぞでいいように操られてたまるか」 「そういう問題でしょうか・・・」 つまり、無理矢理承諾せざるを得ない状況に持ち込まれるくらいなら、自分の意思で承諾した方がまだマシということらしい。 理屈が通っているのか通っていないのか判断に苦しむところだが、本人が納得しているのならば、横からとやかく言うべきではないだろう。 「だが、俺以外の奴が歓迎するかは、俺は知らん。自分で何とかしやがれ」 「そんなもの、貴公の許諾を得る事に比べれば瑣末な事。何なら声を封じても良かろう。それならば、異議を唱えることもあるまい」 「・・・・・・・・・」 「・・・三蔵、今、あの2人が静かになるならそれもいいと考えませんでした?」 っていいますか、『物騒な仏僧』って『三蔵法師』共通のキャッチコピーなんですかね? 「――まあ、今のは冗談として、悟空は私の同行に反対はしまい」 「・・・どういう事だ」 「1つには、貴公の決定した事項を悟空が反対するという事は有り得ない、という事。もう1つは・・・まあ、そんな気がする、とだけ言わせていただく」 「やはり貴様喧嘩売ってるだろ」 「なら、悟浄はどうします?」 夕方の一件からしても、彼が羅昂に友好的な態度を取るとは考えにくい。 だが、そう問い掛けた八戒に返されたのは、ハン、という嘲笑。 「それこそ瑣末な事。そも、彼の者の同意がこの旅に於いて重要か?」 「「それはねぇな/ないですね」」 ・・・本人がこの場にいなかったことは非常に幸いといえた。 翌朝共に出立するという事で合意した羅昂と、残りの2人に羅昂の件を伝えると言った八戒は、連れ立って三蔵の客間を後にした。 しばらくの間はコツ、コツ、と石畳に響く靴音だけがその場を支配していたが、その状況が余りにも不気味だったので、何とはなしに八戒は口を開いた。 「――貴方は、僕達の旅が危険を伴う事をご存知の上で、三蔵に同行を迫ったんですか?」 「当然だ。それに、戦いを伴う旅であれば、戦力は多いに越したことはなかろう」 「・・・妹さんも、貴方が危険に晒されるのを承知してるんですか?」 「名前でいい、これまでもそう呼んでおられただろうが。 「ですが、たった一人の身内が、安否を知ることも出来ない旅に出るというのは、不安が付きまとうものでは――」 「知ることは、出来る」 「――は、い?」 「 そう言ってやおら立ち止まった羅昂は、片手を八戒の方に差し出した。 何かを持っているのかと思ったが、その手の中は空だ。 だが、その手に、八戒は信じ難いものを見つけ、目を見張った―― |
何となく見え透いていますが、ここで改頁。 執筆開始当初は、どちらかというと拳を交えて無理矢理納得させる、という少年漫画的展開だったのですが、本来手より頭の方がよく動くキャラクターなので、口八丁で三蔵の同意を勝ち取らせました(褒めてないよね☆)。 とゆーよりは、筆者である香月が歳をとった結果かも知れませんが(爆)。 |
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