Shinning sun and brilliant moon





 計都と名乗った少女は再び歩き始めた。彼女に釣られて、男達も歩き出す。
 沈黙を破ったのは、悟空の疑問の声。

「なぁ、確か『三蔵』って三蔵以外にも何人かいるんだよな?」
「今更な事聞くなっての。何度も三蔵から聞いてんだろーが、この脳ミソ軽量ザル」
「サルってゆーな!」
手前(テメェ)ら・・・(怒)」
「落ち着いて下ださい三蔵、悟空も。悟空の言う通り、『三蔵法師』というのはこの世に5つある『天地開元経典』の守人に与えられる称号ですから、此処にいる三蔵以外にも『三蔵法師』は存在するわけで、彼女のお兄さんがその1人ということ・・・なんですよね?」
「仰る通りですわ」
「そうなんだ、すっげぇー!」
「そーいや、砂漠でサソリ妖怪に喰われた『三蔵』もいたっけか」
「聞いたことはある。成都(チョントゥー)の『三蔵』は銀の髪を持つ盲目の法師、と――」
「・・・家名に縛られ、血筋の濃さを重んじた、その結果です・・・」
「家名?」

 玉の声音がかすかに震えるのを感じ、三蔵は眉根を寄せる。

「・・・(ろう)一族の名は、ご存知でしょうか?
 私達兄妹は――その、生き残りですの・・・」
「朧一族・・・聞いたことがあります・・・確か陰陽師の名家で・・・その力は血脈によるものであるため、今でも血族結婚が習慣だとか――」
「・・・ええ、そうです。当主は原則男性ですが、その血統は子を()す女性が中心。如何に朧の血を濃く受けている女性を伴侶とするかが、一族及び他の陰陽師の家系に生まれた男子にとって大切な事。
 ・・・結果、濃過ぎる血は強大な力を生み、生まれて来る子供は奇形を持つ――」

 そう言って自分の艶やかな銀の髪を一房、摘み上げる。そんな時、

「なぁなぁっ、『おんみょうじ』って何?」

 少しずれた質問を投げ掛ける悟空だが、それが幸いしたようで、翳っていた計都の顔が、再び微笑みをたたえる。

「呪符と式神を操って邪悪な存在を排し、暦などを用いて過去、現在、未来を占うことを生業としております。素質と鍛錬の度合いによっては、前世の事が分かる場合もあるんですのよ」
「呪符・・・」

 悟空が口の中で呟く。思い出すのは、札に己を支配された、三蔵と親しかったという僧。

「式神ねぇ・・・」

 そう呟いて悟浄が肩をすくめる。思い出すのは、己の屍を式神に変えて親友を壊すべく現れた変態易者。

「先程の・・・あれも式神か何かですか?」

 今まで(本意ではなくとも)遭遇したいわゆる式神と似ても似つかないが、瞬時に妖怪を蒸発させてしまうなど、人間の為せる業ではない。

「とんだお目汚しで、失礼致しましたわ。
 『あれ』は式神とは異なる存在ですの。――『白姫(びゃっき)』」

 その呼び掛けと共に、スウッと彼女の周囲に先程の靄が発生した。
 ただ先程と違うのは、靄と思われたものが更に白さを増し、はっきりとした形をとっている。

「白狐・・・・・・三尾の古狐か?」

 三蔵が、唸るように呟く。
 薄暗い森の中でもはっきりと判る真っ白な毛並みの巨大な狐が、胴と三又の尾で計都をぐるりと文字通り取り囲み、悟浄よりも高い位置からこちらを睨み付けている。

「うっわー、すげえっ、かっけー!!」

 自分の背丈よりも大きな前足を見上げ、興奮して叫ぶ悟空。
 ――と、


「うわ、喋った!」

 人語を話す狐に、悟空はすっとんきょうな声を挙げる。
 そんな悟空を一瞥すると、白姫と呼ばれた三尾の狐――つまり雌、らしい――は、




 と言いながら悟空に顔を近付けた。
 その言葉通り、自分の背丈なら丸呑みも可能な口が迫り来るのを見て、悟空は慌てて2、3歩飛び下がる。

「わわ;タンマタンマ!」
「白姫、玄奘三蔵様とその供の方々でしてよ。失礼のないように」


 白姫も初めから害意はなかったと見え、計都の言葉に素直に従った。

「私が幼少の頃に、邪気を受けて人畜を襲う存在となってしまっていたのを浄化致しましたの。
 それからずっと、私を守護してくれていますのよ」
「ほぅ・・・」

 何気なく言っているが、その内容は計都の霊力の強さ、能力の高さを表している。
 人語を話すような強い霊力を持つ古狐が己を失う程まで身の内に取り込んでしまった邪気を祓うなど、経験を積んだ者でも難しいからだ。
 簡潔な説明の裏に隠された意味を読み取った三蔵は、知らず感嘆の声を洩らした。
 そんなやり取りを交わしながらも、計都は森の中をスタスタ歩く。
 進むのに邪魔な枝葉も、ごく自然な所作で手を添え、顔に当たらないよう除けている。

「枝葉の位置を覚えているんですか?」

 その、目が見えないとは思えない身のこなしに、八戒はそう憶測を述べると、

「いいえ。こういった植物にも『気』は存在しますので、それを感じ取って歩くようにしておりますの」

 これまたさらりと返されるが、そのようなことが一朝一夕で出来る筈もなく、たおやかに見えるこの少女が、実は相当な訓練を受けていると理解した八戒は、驚きに目を見張った。

「そうなんですか・・・」
「着きましたわ」

 そう言って計都が立ち止まった場所は、先程の場所と何ら変わりのない森の中。
 違うといえば、周りの樹より一回り大きな樹が2本、目の前にそびえ立っているというだけで――

「は?ってちょっとタンマっ;」

 焦って悟浄が叫ぶ。まさかここにテントを張るというのか?
 対して返ってきたのは、クスクスという笑い声。

「ご安心下さいまし。からかっているわけではありませんわ」

 微笑みながら、焦る悟浄を制し2本の大木の前に立って印を組む。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 形の良い唇から出た涼やかな声が紡ぐ呪文は、まるで音楽のようにも聞こえる。その音楽が辺りに満ちてきた、その時――

「えっ?・・・え、ええぇ〜っっ!?」

 2本の大木の間から見えた何の変哲もない森の景色が光に飲み込まれ見えなくなる。それはまるで、光のカーテンを下ろしたようで――

「どうぞ中へ・・・」

 と言いながら、計都が先に立って歩きだし、4人の目の前で光の中へと消えていく。
 追うように、次々と光の扉をくぐって行くと――

「!・・・此処は・・・」

 さっきまで木々しか見えなかった筈の場所に小さな湖が広がり、そのほとりにはこぢんまりとしたログハウスまで建てられているのだ。

「・・・結界の一種か?・・・」
「すっげえ・・・!」

 流石の三蔵も、驚きを隠せないでいる。
 悟空は珍しいものを見るようにキョロキョロと辺りを見回した。

「此処は私の仮の住まいですの。周囲には空間を歪め、外界から遮断する結界を施しておりまして、私か兄の呪文でなければ通ることは出来ませんわ。
 どうぞ、安心してお寛ぎ下さいませ」
「はぁ・・・」

 なーんか、とんでもねぇモン見ちまったって感じだな・・・
 生きる非常識集団の中にドップリ浸かっている悟浄も、今までにない種類の力を目の当たりにして、上には上がいることを知った。

「それから申し訳ありませんが皆様方、このような訪れる者のない小屋ゆえ、客人用のベッドは1人分しかありませんの。お三方は応接の方で宜しいでしょうか?」
「俺は構わん。下僕は床に転がしとけ」
「うっわ、言うと思った」
「予備のマットレスが1つございますわ。あとソファベッドが1つ。ですが・・・」
「誰か1人は床で寝なければならない、というわけですね。構いませんよ、こちらで適当に決め・・・」
「「カードはなしだからなっ!」」

 悟空と悟浄の声が見事にハモる。
 話の経緯が解らない計都はただ小首を傾げ、解り過ぎる程に解る八戒は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。








「・・・あー・・・」

 火の点いていないタバコを指に挟みながら、落ち着きなく視線を彷徨わせる悟浄。

「どうか致しまして、悟浄さん?」

 器用に料理を食卓に並べながら、計都が尋ねる。

「えーっと、ここって灰・・・」



 にっこり



「はい?」
「・・・・・・イエ、ドウモイタシマセン・・・」

 何処かで嫌という程見たことのある笑みとなぜか同質のそれに、思わず全てカタカナで返答してしまい、タバコをしまう悟浄。

「やはり森の中に建てられているからでしょうか、空気が綺麗ですねぇ」
「えぇ。何もない所ですが、せめて旅の疲れを癒すお手伝いが出来れば幸いですわ」

 目の前で繰り広げられる光景に、ここにいる間はタバコを吸えない事を悟った三蔵であった。








 ――その日の夜半――
 小さいながらも品良く整えられた客間。
 結界の存在が安心感を呼んだのか、余程疲れが溜まっていたのか。
 清潔なシーツの敷かれた寝心地の良いベッドに入った途端泥のような眠りに陥っていた三蔵は、ふと目を覚ました。
 頭を廻らせれば、十六夜の月が近くの窓から見える。
 差し込む光は思ったより眩しい、そのせいだろう。
 カーテンを閉めればいいのだが、可能な限り行動を起こしたがらない性格と、夕餉の酒が残って体の自由が利かないこともあって、窓に背を向けることで解決させてしまう。
 三蔵が寝返りを打つのとほぼ同時に、客間のドアが遠慮がちにノックされた。
 当然、無視を決める。このような時間に、それも寝ている人間の部屋を訪ねること自体非常識であるのだから、自分の行動に何ら罪の意識は感じない。

「・・・玄奘様、今、お目を覚まされたところではありません?薬湯をお持ちしましたので、失礼致しますね・・・」

 伺いの形を取りながら、しかし断定の意を告げる言葉に、知らず舌打ちが洩れる。
 計都の研ぎ澄まされた感覚を欺くことは、ほぼ不可能かも知れない。
 三蔵はそこで、夕食の時の事を思い出した。
 計都はちゃんと料理をする。目が見えなくても大抵のことは出来るという。

『でも、どうしても不便な時はこの子を召還し(よび)ますの』

 『この子』とは式神のことである。本来、遠くへ飛ばし、見たものを術者の脳に直接送り込むという、かなり高等な術だそうだ。その分術者の負担も大きいため、感覚を研ぎ澄ませる訓練も兼ねて出来る限り使わないという。
 そのため、聴覚と嗅覚、触覚などは、悟空並とはいわないまでも常人の域を越えた性能を持っている。

「お食事の際にとられましたお酒の量から考えて、そろそろ意識を取り戻される頃だと思ってご用意致しました。二日酔い防止の薬湯ですわ」
「・・・・・・」

 女性と顔を突き合わすことに不慣れな三蔵は、グラスを置いたらさっさと退出して欲しかったが、グラスが空になるまでそこにいるという意図を察し、仕方なく中身を飲み干す。
 何種類かの薬草を煎じたものらしいそれはスッと喉を通り、次第に混濁していた意識がはっきりしてきた。

「玄奘様・・・お話があるのですが・・・」

 空になったグラスを小さなテーブルに置き、これで計都が退出するものと思っていた三蔵は、眉を顰める。しかし、断ることが出来ないのも事実で――

「・・・何だ」
「・・・兄を――羅昂を、お連れ下さいまし・・・」
「何――?」







太陽と月の邂逅。
運命の歯車は確実に何かを変えていきます。
出逢うことで変わるのは、三蔵か、それとも・・・?
計都を守護する古狐は、『もの○け姫』のモ○に近い状態と考えていただければ幸いです。
あれは狼ですけど。







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