三蔵は常からの癖で目を眇め、探るように計都を見つめる。 しかし、気配に敏い筈の目の前の少女は、その鋭い眼力にも動じずに言葉を続けた。 「足手まといにはならない筈です。目は見えなくても、他の感覚で充分補えますし・・・それに、私と同様人ならぬ力を有しております。お力になりたいと、そう申しておりますわ・・・」 「――悪いが、メンバーの構成を決めたのは俺ではない。天界にいる神の命だ」 「観世音菩薩様、でいらっしゃいますわね・・・」 「!・・・なぜそれを・・・」 「昨今の妖怪の凶暴化および自我の損失・・・その原因は、この桃源郷に広がる 「・・・・・・」 「数年前、私達兄妹はこの事を予知し、町に結界を張りました。 「・・・・・・」 「そして事の発端は、詳しくは分かりかねますが、500年前に西方天竺は吠登城に葬られたとされる牛魔王が関係するとか――」 「・・・・・・」 「観世音菩薩様が、この混沌の原因の探求に貴方がたをご指名なさった理由はご存知でしょうか?」 「・・・俺は、亡き師の肩身を取り戻すために西に向かう。それだけだ・・・」 「では、あのお三方は?」 「・・・・・・」 自分の供として、あの3人を指名した理由は、三仏神曰く『各々の血塗られた過去』にあるという。だが、しかし―― 「たかだか20年余りの人生における過去の繋がりなど、取るに足らないものではないでしょうか?ましてや、貴方がたは出逢って幾年も経ってはいない筈・・・それでも、玄奘様は御自身の心の眼を信じられた――そうではありません?」 「!――」 『己が心の眼を信じよ』と三仏神に言われ、自分の意思で、あの3人を選んだ――そんな事まで分かるのか? これが朧の血の為せる技というのなら、確かに他の陰陽師がその血筋を欲する理由も解る気がする。 「全ては、500年前――あの方がこの世に生を受けた時から始まっております・・・」 「・・・まさか・・・」 「ええ。悟空さんです」 この少女はどこまで知っているのだ?そんな疑問が湧いてくる 「誤解なさらないで下さい。全てに於いてこのように知り得るわけではありません。自分の運命に密接に関わるからこそ、このような予知が出来るのです」 三蔵の心を見透かしたかのような言葉が返って来ることが、ますます三蔵のイライラを募らせる結果を生む。 そこで、ふと計都の台詞に疑問を抱く。 「自分の、と言ったな?連れて行けと言っているのは羅昂三蔵じゃないのか?」 「――兄の運命は私の運命。私達は、同じ魂を共有する・・・双子です」 「で、その双子が俺達に関わりあう理由は何だ?」 「・・・玄奘様は、前世からの因縁というものを受け入れられる方ではございません。運命など、痛くも痒くもないとお考えでしょう。そもそも貴方がたは皆、自分の運命は自分で切り開く、そういう方々ですから、こうとだけ言わせていただきます。 兄と私の存在が、牛魔王の存在と関係する、と――」 計都が話し終えると、しばしの静寂が訪れる。 「・・・俺の一存で決められることではない。取り敢えず明日、羅昂三蔵に会う。それからだ」 「『明日』は無理かと存じますわ」 「なぜだ?」 「明日、悟浄さんは二日酔いで一日起きられる状態ではないでしょうから・・・」 今もお目を覚まされないので玄奘様のように薬湯を差し入れることが出来ないんです―― クスッと、この部屋に入って初めて顔をほころばせる。 ・・・あんのへべれけガッパ! 「お時間を取らせてしまいまして、申し訳ありませんでした。それでは――」 と暇を告げながら、計都は先程三蔵がテーブルに置いたグラスを取ろうとした。 しかし、長い話の間に三蔵本人も知らず空のグラスを手に遊ばせていたため、計都の手は虚しく空を彷徨う。 「悪い、こっち――」 言いながら腰を浮かせて計都にグラスを手渡そうと、一歩踏み出した三蔵が最後の一文字を口にする前に、『アクシデント』は起こった。 ベッドの影と自分の法衣で死角になった床の上に、持ち込んでいたビール瓶が残っていたらしい。その上に足を乗せてしまった三蔵は、物理的法則に忠実に従って前方へつんのめる。 当然、そこにいるのは―― 「!?っっ・・・」「きゃっ!・・・」 板張りの床が、2人分の体重を受け、大きな音を立てる。少し送れて、三蔵の手から離れたグラスがカシャーン・・・と音を立てて砕け散った。 「「――!!!っっ――」」 三蔵が感じたのは、衣服を通して伝わる、柔らかな温もり。 触れたことのない、女性特有の柔らかな体。 そして――嗅いだことのない甘い息の洩れる、柔らかな唇―― 計都が感じたのは、肩を出して寝ていた人物の、少し冷たい肌。 触れたことのない、男性特有の引き締まった体。 そして――自分が調合した薬湯の爽やかな香りに混じりかすかに酒と煙草の臭いの残る息が洩れる、温かな唇―― 互いの置かれた状況を理解し、弾かれたように離れるのに要した時間は、瞬間的なものだった。 そして、計都は離れた勢いのまま、盆とグラスの破片を残して部屋を走り去った。 パタパタパタパタ・・・と計都の足音が遠ざかって行っても、三蔵は暫くの間、床に座り込んだままだった―― ――翌朝―― 計都の予言(?)した通り、悟浄は酷い二日酔いで、ソファベッドから一歩も立ち上がれない状態だった。 尤も、悟浄にとっての最高の動力源たり得るのはニコチンなのだが、悲しいかなそれが計都に伝わることはないらしい。 代わりに『治りが早くなるから』と言って計都が出す薬湯は昨夜三蔵に出したものと違って薬草をドロドロになるまで煮込んだものらしく、味も臭いもこの世のものとは思えないそれを当然悟浄はガンとして口に入れようとせず、結局その日も計都の家に厄介になることになった。 一方三蔵は、体調的にはかつてない程良好な朝の目覚めだった――計都の薬湯がよく効いたらしい、とは絶対に認めないだろうが。 八戒といえば、寝心地の良いマットレスを勝ち取ったのが幸いしたのか、他の連中が起きて来た時には既に寝起きの毒気も取れ、爽やかな笑顔で朝食の準備を手伝っていた―― ――その日の夜―― 「三蔵、いいですか?」 三蔵が新聞を読んでいる最中に入って来たのは八戒。 「何だ?」 「明日の話です。今日、計都から地図を借りて聞いたところ、此処は森の北側に位置するらしいんです」 そう言って、件の地図をテーブルに広げる。 一瞬、眼の見えない計都がなぜ地図を、と思ったが、触れた形跡が殆どないそれに、恐らくは今回の為にわざわざ用意された物であると窺い知れた。 そういえば、悟空の腹を満たす量の食事や自分達が飲む量の酒等も、一人暮らしの計都には必要のない物だ。 改めて、彼の少女の能力の高さを痛感させられる。 と同時に、灰皿が用意されなかったのもわざとという事で、眉間のシワが少し深くなった。 ――閑話休題。 「北側?」 「そうです。どうやら僕達は森を西に進んだつもりが、北西に向かっていたようで・・・」 この森は成都の周囲を取り囲むように広がっている。 それを斜めに突き進んでいたとなれば、いつまで経っても成都に辿り着かないのは当然である。 「更に言うと、この森で磁石が効かないんじゃなくって、この磁石が壊れていたようなんですよ」 そう言ってポケットから磁石を取り出した。問題の磁石は、針の一方が不自然に下を向いたままピクリとも動かない。 「?・・・どういう事だ・・・」 八戒曰く、計都の話ではこの森の東、つまりこれまでに一行が進んでいた地域は、磁鉄鉱の産地なのだそうである。そこでキャンプをした際、磁石をポケットに入れたまま八戒が磁鉄鉱岩に腰を降ろしたため、磁石が狂ったのだという。 「・・・お前の所為か・・・」 「ヤですねぇ、不可抗力ですよ♪」 翌日の買い出しリストに方位磁石が加えられたのは、言うまでもない。 「――で、用はそれだけか?だったら俺は寝るぞ」 「・・・告げ口してもいいんでしたら、どうぞ」 「?・・・何を、誰にだ・・・」 「昨夜、起こった事を、羅昂三蔵に、ですよ」 「!?――ッ」 ご丁寧に一単語ずつ区切って発せられた台詞は、三蔵をギョッとさせるのに十分効果を発揮した。 よりによって一番厄介な奴に――! 「夜中に大きな音がしましたんで、廊下のドアを開けたら、この部屋の方から計都が走って来たんですよ。口元を手で覆いながら・・・」 目が見えないとはいえ、計都の研ぎ澄まされた感覚なら、その光景を目撃した八戒に気付かない筈はないだろう。 客間の扉の閉まる音と八戒がリビングの扉を開ける音が重なったからだけとは思えない。 それから考えても、計都はかなり動揺していたと思われる。 「・・・・・・」 「大胆ですねぇ、三蔵・・・」 「河童と一緒にすんなっ!あれこそ不可抗力だっ!」 顔を赤らめる三蔵など、食事を摂らない悟空と同じくらい天然記念物的に珍しい。 カメラが手元に無いのがつくづく口惜しいですね、と三蔵が聞いたらそれこそ憤死しそうな台詞を心の中で吐く八戒。 ――ま、弱い者いじめは趣味じゃありませんし、このくらいにしておきましょうか。 しかし、この話題を持ち出すこと自体が弱い者いじめといえなくもないのだが、そんなことは意に介さないのが、八戒の厄介なところである。 「冗談ですよ。ところで三蔵…計都と羅昂三蔵は、双子だそうですね・・・」 「・・・・・・」 それまでの揶揄するような口調がガラリと変わり、ようやく気が付く。 八戒は、重ね合わせているのだ。 計都を花喃に、羅昂三蔵を自分に―― 「俺はあの女をどうかしたわけじゃねぇ・・・」 「解ってます。でも三蔵、僕が羅昂三蔵なら、今此処で貴方を八つ裂きにしているかも知れませんよ?」 にこやかに微笑むその顔は、奪われた愛する姉を取り戻すため、千の妖怪を殺害した人物とは思えない程で―― 「――お前と羅昂三蔵は違うぞ」 「確かに違います。でも・・・判るんですよ・・・」 まるで1人の人間のように、1つの魂を共有するその強い絆が。 「もしかすると、僕達よりもっと強い絆かも知れない――」 それは、感情の問題ではなく、魂の問題。 「計都はね、僕と花喃の事を言い当てたんです。流石ですね・・・」 |
香月本気で恥ずかしさで死ねます。 まあこうでもしなきゃ三蔵サマ動いてくれないもので、致し方なく; 負の波動の話やら、アニメ数話程度しか見ずに書き始めた名残が見て取れますね。 八戒に弱みを握られた三蔵様が憐れ。 |
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