Shinning sun and brilliant moon





 ――その日の午後に遡る――
 客間に引きこもった三蔵とへたばっている悟浄を除く3人がジープと戯れている時、話題は自然と羅昂三蔵の内容になった。

「貴女のお兄さんということは、羅昂三蔵法師様も三蔵・・・えっと;」
「玄奘様の事ですわね。判りますわ」
「(・・・つくづくややこしいですね)ええ。彼とそう年齢的にかけ離れているわけではないようですね?」
「・・・ええ。二十歳ですの」
「へぇ、三蔵や僕達より年下なんですね」
「なあっ、計都のお兄さんの三蔵ってどんな奴?」

 悟空の質問に、ジープのたてがみを優しく撫で、柔らかい笑みを浮かべながら計都は答える。

「・・・そう、ですわね・・・、私と瓜二つと考えて下さって結構ですわ」
「瓜二つ?」

 きょとん、と黄金(きん)()を見張りながら聞き返す悟空。

「ええ。髪も、眼も、顔立ちも、声も、そっくり同じ・・・私達は、双子なので・・・」
「へぇ・・・」

 その時、ピイィ、と一声鳴いたジープが、計都の膝から飛び上がり、部屋の外へ出てしまった。

「あ、待てよっ」

 追いかけて悟空も、部屋を飛び出す。
 そんな光景など目に入らないかのように、八戒が呟いた。

「双、子・・・」

 それは、常の彼の声とは似ても似つかぬ程低く、沈んだもので・・・

「・・・申し訳有りません、辛い事を思い出させてしまったようですわね・・・」
「――ご存知なんですか?」
「全て、というわけには参りませんが・・・誰よりも大切な方だったんですのね・・・」
「ええ。・・・僕の、全てでした――」

 愛されなかった自分が愛した、自分自身。
 自分のエゴの犠牲になった、双子の姉――

「自分が大切ではない人なんて、そうはおりませんわ。むしろ八戒さんは、敢えて過去を思い返してご自分を傷付けていらっしゃる――そうではありません?」
「・・・・・・」
「――魂の近しい双子程、その生命(いのち)も共有するものなんです・・・」

 それはそうかも知れない。よく似た双子は、離れていてもその存在が確認出来るとか、一方が怪我をすればもう一方も傷を負うと聞く。
 自分達には、それがなかったのに――

「いいえ・・・貴方のお姉さまは亡くなられました。その時、過去の貴方も一緒に・・・」
「・・・・・・」

 八戒の心を見透かしたかのように、計都は指摘する。
 死んだのは花喃。死んだのは――悟能。

「・・・ですから、貴方の中で何度もお姉様を殺さないで下さい・・・その度に貴方も何度も傷付いてしまうんです――それは、貴方のお姉様の望むところではない筈・・・」
「――それでも・・・雨の夜が来る度、花喃は僕の目の前で息絶えるんです・・・それは、僕自身の消えない罪――」
「――いいえ!」

 思いもよらない強い叫びに八戒は目を見張る。
 計都本人も、自身の口から出た言葉の激しさに、思わず口に手をあてた。

「あ・・・」
「・・・計、都?・・・」
「・・・すみません・・・でも――でも、貴方の取った行動を責められる者はいない筈。むしろ感謝する者もおりましょう。
 ――少なくとも私は・・・私と、羅昂は・・・」
「まさか・・・」

 震える口が紡ぐ言葉の行き着く先を読み取り、八戒の表情が険しくなる。

「私達がおりました土地は・・・過去に2度百眼魔王の手の者に襲われました・・・
 最初は15年前・・・その際母は百眼魔王の贄として攫われ・・・城に着く前に自害しました・・・。
 それから7年後の、今から8年前・・・2度目の襲撃を受けた際、私や他の女性を匿って前線に立った父は、妖怪の手により・・・」
「・・・そう、だったんですか・・・」

 思いもよらぬ計都の過去に、八戒の心の澱みが波打つ。
 百眼魔王の欲望の犠牲になったのは、花喃だけではない。
 配下の妖怪に命じて桃源郷中から美女を攫わせていたのは、有名な話である。
 目の前の少女の母親なら、さぞかし美人であっただろう。
 魔王の餌食としてはうってつけだったに違いない。

「ですから、忘れないでいただきたいんです・・・貴方にとってそれがたとえ消えない罪でも、それによって救われた者がいる事を・・・
 そして何よりも、今、貴方を必要とする者が傍にいる事を――」






「正直、目から鱗が落ちたとでもいうんでしょうか、僕にとって『あの事』は、忌まわしい以外の何物でもありませんでしたから――」
「あの女にしてみりゃ親の仇をとってもらえんだからな、感謝の一つもするだろうよ。
 ――で、何か、同じ被害者同士ってんで情が芽生えたか」
「悟浄みたいな事言わないで下さい。
 それよりも問題は羅昂三蔵です。明日こそは成都(チョントゥー)の寺院に向かうんですよね?」
「・・・・・・当然だ」

 前半の言葉は敢えて聞かなかったことにして、三蔵は(いら)えを返した。
 昨夜の計都の話が無かったとしても、『天地開元経文』の守人である『三蔵法師』の存在が明らかになった以上、自分達はそこへ出向く必要性がある。
 牛魔王サイドの目的が世界に5つ存在する『天地開元経文』であるからには、遅かれ早かれ他の『三蔵法師』も狙われる可能性が高いからだ。

「三蔵は羅昂三蔵の事を知ってるんですか?」

 最初に計都と出会った際、三蔵は呟いた。
 『聞いたことはある。成都の三蔵は銀の髪を持つ盲目の法師、と――』と。

「長安にいた頃にたまたま聞いただけに過ぎん。慶雲院(あそこ)はあれでも東方大乗仏教の最大拠点だからな、他の寺院から人が多く集まる分、入ってくる情報も多い。
 尤も、それでも聞いたのは僅かな内容だ。正直俺は成都の三蔵は年寄り(ジジィ)だと思っていた」

 三蔵の言葉に八戒は思わず苦笑を洩らす。確かに字面だけなら、齢を重ねた老人と考えてもおかしくはない。

「自分で言っちゃ何だがな、どう足掻いたって『三蔵法師』は現在(いま)のところこの世に3人だけだ。見た目が多少変わっていたところで全ての仏教徒がそれを知るわけじゃねぇ」

 実際俺だって慶雲院に着任するまでは単なる『旅の坊主』だったからな。そう言い切る三蔵に対して、

「・・・はぁ、まあ確かに・・・」

 曖昧に返事する八戒。

 ご自分の容姿の特異性というのは、完全に棚に上げちゃってますね、この人・・・

「やっぱり不便ですから、この機会にせめて連絡網くらい作っておいて下さいよ」
「作るか(−゚−;)。それに明日羅昂三蔵に会ったところで、経文の件さえ話しゃ終いだろうが。
 確かに天地開元経典が狙われているのは事実だが、だからといって守人がいるってのに俺がどうこうする必要も権利もねぇ」
「なら、その権利を有する羅昂三蔵自身が、僕達と共に在ることを選んだら?」

 八戒の言葉に三蔵は一瞬言葉に詰まる。

『兄を――羅昂を、連れて行って下さい・・・』
『お力になりたいと、そう申しておりますわ・・・』

 昨夜の計都の言葉が、脳裏をよぎった。

「・・・ばかばかしい・・・」
「ばかばかしいもんですか。三蔵は気が付きませんでしたか?計都を見た時の悟空の反応を」
「悟空?」

 いきなり、何の話だ・・・そう、紫暗の瞳が向けられる。

「今日、悟空が言ってました。『あんな色の奴って、他にもいるのか?』って・・・」
「『あんな色』?」
「計都の、()と髪の色です。冴え渡る夜空とそこに浮かぶ満月のような、どこまでも深い(あお)の瞳と銀の髪――」
「・・・どういう事だ?」
「悟空は何処かであのコントラストを目にしているんです。それも心に焼きつく程に・・・」
「・・・・・・」

 どうやら、昨夜計都の言っていた『運命』とやらと関係するんだろうか?
 そういえば、『前世からの因縁』という事も言っていたような気がする。

「500年前――」
「え?」
「いや、何でもない・・・」

 『(あお)と銀』が呼び覚ます記憶――500年前に地上で生を受けた悟空と、『藍と銀』の色彩を持つ『誰か』が紡ぎ出す『運命』――
 その因果律が今、この混沌の世を中心に回りだしている――?

「三蔵?どうかしましたか?」
「あ・・・いや――」

 八戒に呼び掛けられ、とりとめもない思考に終止符を打つ。

「とにかく今日はゆっくり休んで、明日羅昂三蔵に会いましょう。考えてばかりいても、分からないこともあるんですから――」
「さっき俺が寝ると言った時、止めたのはお前だった筈だが・・・?」

 嫌味を込めてそう問えば、

「ああ、そうでした。計都に頼まれていたんですよ、此処の掃除を。グラスを落としたって言うので・・・」

 そう言って八戒は一旦廊下に出ると、箒とちりとりを持って戻って来た。
 散らばっている破片を、手早く片付ける。

「――チッ・・・」

 目が見えないとはいえ客人に掃除を頼むような真似を、あの少女が訳もなくするとは考えられない。
 となればその理由は一つ、自分に近付きたくなかったためだろう。
 同じ双子であるよしみなのか、家事能力に長けている事を感じ取ってか、今日一日共にいることの多かった2人を思い浮かべ、三蔵は苦々しく舌を打つ。

「――計都、ガラスで指を切っていましたよ」
「!っ・・・・・・」

 破片を集めながら呟いた八戒の言葉は、三蔵を動揺させるに充分な効果を発した。

「治そうとしたんですけどね、断られたんです。
 『自分も治癒術は使えるが、今は使うべきではないから・・・』って――」
「・・・どういう意味だ」
「僕にも解りません。まあ余り治癒術を使い過ぎると本来の自然治癒能力が衰えるからというのが妥当じゃないでしょうか?」

 僕の気孔にしても同じ事が言えますからね、と思慮深げに頷く八戒。

「・・・チッ・・・」

 またしても舌打ちする三蔵。
 段々解ってきた。
 なぜ八戒がわざわざ計都の話題を持ち出してきたのか。
 三蔵が普通にグラスを落として割ったのであれば、今朝にでも計都に報告がなされ、片付けられているところだ。
 しかし実際はそうでなく、丸一日近く経った現在もこの客間に破片が存在している。
 たとえ昨日の事を知らなかったとしても、八戒ならその事実に不自然さを感じるだろう。
 となると当然、その説明を三蔵に求めることになる。
 そうなれば、昨夜の事がイモヅル式にバレるのも時間の問題で――

「気を利かせたつもりか・・・」

 渋面を彩らせて睨みつけるが、

「何の事でしょう?」

 お構いなしの笑顔が返ってくる。
 『一見好青年で、中身は相当喰えない奴』とはゴキブリ河童の言葉だったろうか?
 今更ながら言い得て妙だと思う。

「――これでよし、と・・・それでは、お騒がせしました。今度こそゆっくり休んで下さいね。おやすみなさい――」

 そう言って、箒とちりとりを手に、盆を小脇に抱えて八戒は部屋を出る。

「――フン・・・」

 今夜も、窓の向こうに見えるのは、夜半の月と晴れた空。
 それは、運命を知る者の髪と瞳――







この話は、雀呂編の直後を想定して展開するつもりです。
リロに移行した区切りとも考えたのですが、紅孩児や李厘の事を考えると、この辺りが妥当かと。
尤も最初は当時の原作が砂漠編の直後(いつよ!?)だったのでそのつもりでいたんですが、烏哭がキーパーソンになった以上、その存在を無視するわけにはいきませんし。
そういうわけで、現時点で存在する三蔵法師は理論上3人、の筈なのです(怪笑)。
ちなみに、三蔵の顔文字(−゚−;)は、香月のパソにて「さんぞ」で変換出来ます(笑)。







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