次の日、計都の案内の下、 日程を遅らせた罰として店に返却するビールの空き瓶を持たされた悟浄は、やっと開放されて硬くなった筋肉を解している。 「この大通りを南へ行けば、寺院の塀に突き当たります。そこを左へ曲がって真っ直ぐ進んで下さい。きっとそこで、兄が待っている筈ですわ」 「計都は?お兄さんに会わないの?」 悟空の問いに、計都はゆっくりと首を横に振る。 「私達は、互いの無事を確かめる必要はありませんから・・・」 計都の無事は、羅昂の無事。逆もまた然り―― 「それに、私も間もなく 「そりゃまた、何で?」 「朧一族は陰陽師の筆頭名家として、あらゆる祭事の中心的役割を担う責務を有しますの。 兄と私を残して一族が滅びた現在、唯一朧の名を持つ私がその任務を受けなければなりませんから――」 「――滅びた?」 八戒が聞き返す。そういえば初めて計都と出逢った時も、そのような事を言っていたような気がする。『私達兄妹はその生き残りです』と―― 「・・・その事に関しては、追々兄からお聞き下さいまし。 話せば長くなりますので――」 「はぁ・・・」 申し訳なさそうに目を伏せる計都に、八戒は釈然としないものを感じたが、敢えてそれ以上の追求は控えた。 「――玄奘様」 突然呼ばれ、ビクッと反応する三蔵。 昨日から計都は、一言も三蔵に話し掛けていなければ顔を向けてもいない。 尤も、三蔵が知らず避けていたということもあるのだが―― 「・・・何だ」 「これを、兄に渡していただけませんか・・・」 そう言って渡したのは、3枚の札。 札といっても紙切れではなくカルタの札のような厚いもので、どれも五芒星と梵字が刻まれていた。 「――これは?・・・」 「私の霊力と魂の一部を札に収めたものです。兄の呪文によって、その札を媒介に私の分身を作り上げることが出来ます。かなりの霊力を必要と致しますのでそれだけの数しかご用意出来ませんでしたが、少しはお役に立つことでしょう・・・」 「・・・承知した・・・」 「それでは皆様、旅のご無事をお祈り致します・・・」 「お世話になりました」 「あのゲロマズな薬湯だけは、勘弁してくれや」 「飯、スッゲー美味かった!サンキュなっ!」 「・・・・・・」 「――三蔵」 隣で八戒が促す。 三蔵がわざわざ礼など言わないのはいつもの事。八戒とてそれは承知の筈なのに―― ――俺に、何を言えってんだ・・・ 「・・・世話に、なった・・・」 ――そう言うのが精一杯で。 「兄の事・・・宜しくお願い致します・・・」 「まだ決まったわけじゃねぇ・・・」 それに対して返ってくるのは、柔らかい微笑みだけ。 そして、ジープのたてがみを名残惜しそうに撫でた後、4人に向かって頭を下げ、くるりと踵を返して早足で去って行く。 それは、何かを振り切るように―― 賑やかな成都の人ごみは、その後ろ姿をまたたく間に隠してしまった。 「――行きましょうか・・・」 羅昂三蔵の待つ寺院へ―― 成都の町は流石に長安と同じくらい大きいと評されるだけあってその広さはかなりのもので、4人が寺院らしき場所に辿り着いた頃にはもう夕方近くだった。 計都の言った通り、白い塀のある突き当りを左へ折れ、少し歩くと―― 「あれ、計都のお兄さんじゃないか?」 悟空が指差したその先には、1人の人物。 僧帽をかぶり袈裟をまとう、かなり位の高いと思われる僧侶。 目から下を白い薄布で隠しているため、 「そのようですね。ちょっとあの格好では、顔全体は見えませんが――」 そう言っている間にもその人物との距離は縮まり、数m手前で一行は歩を止めた。 ――そう表現すると語弊があるかもしれない。 正確には、先頭を歩いていた三蔵が歩を止めたため、残り3人も立ち止まらざるを得なかったのだ。 「三蔵?どうしたんだよ急に?」 「・・・・・・」 「どーしちゃったのよ三蔵サマ?」 「一体何――・・・」 何かを探るように眇められる三蔵の目線を辿った八戒が、その表情を強張らせた。 視線の先は、羅昂三蔵――その、双肩。 『三蔵』の称号を冠する者が、その責を担う箇所。 そこに在るべき物が―― 「経文が――ない・・・!?」 |
ちょっと短いですが、ここで改頁。 次章にて、羅昂三蔵の所有する経文の正体を明らかにする予定です。 あ、肩に経文を掛けていないのは部屋にしまっているからというオチではありません。悪しからず(苦笑)。 |
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