Shinning sun and brilliant moon





 『三蔵法師』とは、釈迦如来の教えである『経蔵』『律蔵』『論蔵』の3つを修め、その双肩に『天地開元経文』を担う責務を持つ、沙門の頂点に立つ者に与えられる称号である。
 『三蔵』を継承する際、額に浮かび上がる(チャクラ)は、その者が人でありながら神に近き存在である証なのだが。
 『三蔵法師』でありながら(チャクラ)を持たない者、(チャクラ)を額に抱きながら『経文』を持たない者。
 そのどちらも、この世に存在する――あるいは、した。
 前者に当て嵌まる人物はこの世に一人しか存在しない。
 そして、後者は――

「――じゃあ、あいつも『カミサマ』と同じなのか?」
「それとも今度こそコスプレ野郎?」
「ですが、計都ははっきりと言ってましたし・・・それに三蔵だって、彼の噂は聞いてましたよね?」
「噂は噂だ。真実を述べているとは限らねぇ。あの女の言う事も同じだ」
「じゃあ、あいつが『三蔵』だって事が、嘘だってことか?」
「心外だな」
「っ?」

 遠方から、それでもよく通る声によって投げ掛けられた返答に、4人は目を見張る。
 失念していたが、目の前の人物が計都の双子の片割れであり、その血脈の濃さを同じくするというのならば、盲目であるが故の感覚の鋭さも同様に備わっているのだ。
 しかも――

「計都の、声・・・?」

 その声は、4人の知る声によく似ていて――

「悟空、昨日計都が言ってた事を覚えてますか?『髪も、眼も、顔立ちも、声も、そっくり同じ・・・』って。あの人が計都のお兄さんである事は、間違いないようですね・・・ただ・・・」

 そこで先程の疑念が蘇り、眉を顰める八戒。
 こちらの言う事が聞こえていたなら聞こえていたなら話が早いとばかりに、三蔵は2、3歩前に踏み出し、羅昂に言い放つ。

「貴様か。『羅昂三蔵』を名乗ってるのは」
「如何にも」
「ではなぜ、経文を持っていない」
「経文・・・とな」
「こちとら急ぐ旅程をわざわざ他人の為に遅らせてんだ。貴様が真の『三蔵法師』ってんなら、その証拠を見せろ」
「証拠、か・・・(チャクラ)だけでは納得されないか?」
「『三蔵法師』の中にはな、何を考えたか弟子に(チャクラ)のみ与えて、経文は継承せずにそのまま放り出した奴がいる。
 要するに、印だけでは『三蔵法師』である証拠にはなんねぇんだよ」
「正論ではあるな。なら――」

 2人の『三蔵』のやり取りを、固唾を飲んで見守っていた悟空達が、ギョッとした。
 それまで穏やかに――というよりは淡々と――話をしていた羅昂三蔵が、凄まじい殺気をほとばしらせたのだ。

「三蔵!!」

 慌てて武器を出現させて構えた悟空の鼻先を、白い靄のようなものがよぎった。

 ――え?

 何処かで見たことのある『それ』が何だったか思い出す前に、八戒が警告を飛ばす。

「下がって悟空、如意棒が!」
「へ?」

 その言葉に、自分の持つ武器の先を見た悟空の目が見開かれた。
 岩をも砕く硬度を誇る如意棒の先が、蒸発してしまっているのだ。
 シュウゥ・・・と薄く立ち昇る煙が、そこで起こった事の名残であった。
 息を呑む悟空に冷や汗を垂らす八戒、そして蒼白になる悟浄。
 いつの間にか靄は、三蔵を除く自分達3人の周りをリング状に取り囲んでいる。
 つまり、自分達はここから一歩も動けず、三蔵達の戦いを只見ているしかないということだ。

「何だよこれ、何で俺達だけ・・・!」
「公平を期すため、という事でしょうか・・・」
「え、じゃああの2人が一対一(タイマン)で戦うのか?」
「そういう事に、なりそうですね」
「でもよ、こんな街中でドンパチ始めちゃっていいわけ?」
「その辺りも、抜かりは無いようですよ・・・周りを見て下さい」
「周り・・・・・・?」

 八戒の言葉に、悟空と悟浄は改めて自分の周囲を見渡す。
 夕刻近い通りは、多くの人々でごった返していた筈―――なのに。

「――誰も、いない・・・!?」
「え、嘘、何で?」

 この塀に沿って東向きに歩き出した時には、確かに異常は無かった。
 だが今は、この場には自分達以外に猫の仔一匹存在しない。
 只延々と、道と塀が東西に延びるのみだ。

「少し前に僕達が曲がった筈の辻が見当たりません。ひょっとすると、何かの術で空間を操作しているのかも知れませんね・・・」
「じゃあ、この囲いを抜けたとしても・・・」
「計都のお兄さんが空間に掛けた術を解かない限り、僕達はこの場所に閉じ込められたまま、ということでしょう」
「うぇ・・・妹と違って性格悪ぃのな」
「三蔵!どーすんだよ!?」
「どうもこうもねぇ。手前(テメェ)らはそこにいろ」

 3人の心配をする気は毛頭ないが、場合によっては己の身の危険も顧みず自分に加勢しかねないので、釘を刺しておく。
 この状況が何を意味するのかは三蔵にも判らない。
 只、殺気は感じられても、悪意・害意は感じられない。
 『三蔵』たる証拠を示すことと、何か関係があるのだろうか。
 とにかく目の前の人物と対峙しなければ、真実は明らかにされないようだ。
 目の見えない者相手に拳を振るうというのは、流石の三蔵も躊躇を禁じえないが、

「これだけコケにされりゃ、一発ぶちかまさないとこっちの気が鎮まらん」
「・・・貴方の問題ではないと思いますが」

 言うや地面を蹴り、一気に羅昂三蔵との間合いを詰めた。
 普段は他の3人の桁外れな身体能力に翳んでしまうことが多いが、彼とて人並み外れた戦闘能力を有している。
 だからこそ、行く手を阻む数多の妖怪を蹴散らし、ここまで生き延びてきたのだ。
 対人間であれば、まず間違いなくその差は歴然である。
 ――ところが、



 シュッ
 トスッ



「っ!?」
「「「三蔵っ!!」」」

 空気を切り裂く音と共に羅昂三蔵の手から放たれたのは、細身の短刀。
 それは、過たず三蔵の足元の地面へと突き刺さった。
 咄嗟に方向転換したために直撃は免れたが、間合いを詰める勢いのまま足を進めていれば、下手すれば足の指の一本くらいは落ちていたかも知れない。
 しかも短刀は1本に留まらず、次々と三蔵の立ち位置を正確に捉えて投げられる。
 それらをかわすうちに、詰めた筈の間合いは再び大きく開いてしまった。

「チッ・・・」

 相手の懐に入る加速度を利用して一発で片を付けようと考えていた三蔵は、目論見が外れた事に苛立ちながら舌打ちをする。
 ふと、北の森で、計都と出逢った時の事を思い返す。
 草木の生い茂る森の中を、何ら差し障りなく歩行出来る程の技能を会得していた計都。
 それはすなわち、目の前の人物も同様の能力を有している事に他ならない。
 短刀を只投げるのではなく、三蔵の足の位置、それもその動く先を読み、その僅かに手前、
 そのギリギリの間隔を保ち、相手を傷付けず、かつ自分から遠ざけられるよう綿密な計算が為されている。
 相手を侮っていた己自身に、知らず歯噛みする。
 接近戦が難しいとなると、残る手段は――
 一瞬の逡巡の末、懐から銃を取り出した瞬間、

「―――ッ!?」

 三蔵の目が驚愕に見開かれる。
 俄に金縛りにあったかのように全身が硬直し、身動きが取れなくなったのだ。
 法術使いが行使する不動霊縛術かと考えたが、それを成立させるには、呪言を相手の耳に届かせる必要がある。
 しかし、先の攻防の中で、羅昂三蔵がそのような呪を唱えた様子はない。
 自由になる視線を巡らせ、相手と自分の間に及ぶ『力』の在り処を探ると――

 ・・・・・・あの野郎、さっきの短刀で・・・!!

 先程攻撃を仕掛ける三蔵の足元に放たれた5本の短刀が、夕陽の反射とは異なる光を放っている。
 右に左にと投げられたそれは、地面の上に五芒星を描き、その頂点が結ぶ円陣の中に三蔵の影を捉えていた。
 陣の中に相手の影を捉えた状態で発動させると、本体をもその場に縛ることの出来る術――恐らくは陰陽道のものだろう。
 自分との間合いを引き離すだけではなく、ここまで先読みして短刀を投げていたとは――

「三蔵っ!!」
「悟空!」
「の、バカ!」

 見かねた悟空が、靄の囲いを跳躍して抜けようとした。
 が、

「っ!?」

 宙に躍り出た身体は、しかしその場で縫い止められたかのように動きを止める。
 振り向くとそこには、北の森で計都を護っていた白姫(びゃっき)と同じ巨大な白狐が実体化し、悟空のマントを咥えていた。
 下の方を窺うと、悟浄と八戒は、白狐の三房ある尾に押さえ付けられ、身動きが取れないようで、唯一そこから逃れられたジープが、八戒の傍で心配そうに見ている。
 白狐は、仔狐を巣穴に戻すかのように悟空を八戒達の居場所に戻し、諭すように言う。




「あ・・・ごめん」
「謝んのかよ」
「悟浄、此処は黙って従いましょう・・・少なくとも、僕らを攻撃する意思はないようですから」

 八戒の言葉に満足したのだろう、白狐はチラ、とホバリングするジープを見やると(ジープが怯えた)再びその輪郭を消し、靄の状態となって3人を取り囲んだ。

 傷を付けぬよう命じられている・・・ですか。

 白狐の言葉に、八戒は羅昂三蔵の思惑の片鱗を感じ取る。
 思えば不思議な話で、これだけ殺傷能力の高い古狐を目付けに出来る人物なら、これを自分達に差し向ければ話は一瞬のうちに解決する。
 だが、それをしないところを見ると、力で強引に捻じ伏せるやり方を、彼の人物は良しとしないのだろう。
 あくまでも、この戦いの中で、三蔵に何かを示そうとしているらしい。
 そんな八戒達の様子を横目で見ていた三蔵は、改めて羅昂三蔵に向き合う。
 紫暗の瞳で相手を睨み付けるが、光を宿さない瞳には表情が窺えず、その意図が掴めない。

 一体、どういうつもりだ・・・?

 三蔵の動きを封じても、自ら攻撃は仕掛けて来ない。
 相変わらず殺気を放ち続けているにも拘らずだ。
 つまり、三蔵が白旗を揚げるのを、待っているということなのか。
 三蔵が銃を扱うことを羅昂三蔵が知っていたのかどうかは定かではないが、恐らくは最初に三蔵が殴り掛かった段階で既にその次の攻撃を予測し、予防線を張ったのは間違いない。
 そしてその狙いは的中し、三蔵はその動きを封じられている。
 だが、ここまでは完璧に見える術も、実は唯一つ落ち度があった。
 全身の影を縫い止めることには成功しても、その影の形を末端まで正確に捉えることは流石に出来なかったようで、地面に描かれた五芒星陣の中に、銃を持つ左手の影は入っていない。
 そう――今の状態でも、銃を撃つことが出来るのだ。

 ――詰めが甘かったな。俺を此処までコケにしてくれた礼を、たっぷり返してやる。
「三蔵、まさか――!?」

 三蔵の酷薄な笑みを見た八戒が、制止しようと慌てて1歩前に踏み出す。
 その肩を掴んで止めたのは、悟浄だった。

「バカ、死ぬ気か!?黙って従えっつったの、お前だろうが!」
「ですが!」

 靄の囲いの中で2人が言い争っているうちに、



 ガウンッ



 耳をつんざくような音を立てて、三蔵のS&Wが、火を噴いた――







この話を考えた際に絶対入れたかったのが、この三蔵vs.三蔵のシーン。
流石に天下の往来でドスやら飛び道具やら出しては迷惑なので、その辺の配慮は万全です。
・・・万全だからって何やってもいいわけではないですけど(汗)。
ちなみに。
体格に伴う体力・筋力こそ三蔵に劣るものの、反射神経・判断能力・持久力は、実は羅昂三蔵の方が上なのです(笑)。







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