「「「・・・・・・・・・・・・」」」 暫くの間、誰もが言葉を失った。 殺しはせずとも、怒りに任せて肩か腕にでも当てるだろう、そう、三蔵の表情を目にした悟空達は考えていた。 しかし―― 「・・・・・・何・・・?」 三蔵ですら、自分の見ている光景が信じられず、目を見開く。 目の前に繰り広げられた光景、それは。 「銃弾が・・・」 「空中で・・・」 「止まって・・・いる?」 前方に突き出された羅昂三蔵の右手から、白い光が放たれ、球体を形作っている。 その光球の中に、羅昂三蔵に向かって発射された筈の銃弾が留まっていた。 弾は、進みもせず、重力で落ちることもなく、まるで映像の一時停止のようにそこから動かない。 だがこれは、映像でも写真でもなく、現実世界での出来事だ。 目の前で起こっている不可思議な現象を、誰もが信じ難い思いで凝視した。 「もういい・・・・・・『 不意に、羅昂三蔵が誰にともなく声を掛けた。 ――否、声を掛けた先は、悟空達を取り巻く白い靄。 それは羅昂三蔵の声を受けて悟空達の傍を離れ、一陣の風のように三蔵の横を過ぎ、羅昂三蔵の背後で再びその実態を表した。 滑らかな白い毛皮、三叉に分かれた白い尾。 北の森で 「貴方がた2人共、古狐を使役しているのですか?」 八戒の質問に答えたのは、羅昂三蔵ではなく当の白狐。 「これを浄化する際、自我を取り戻す助けとするために名を与えた。 期せずして同じ音の名が付いたのは、天意故と捉えていただきたい」 「そんな事はどうでもいい。そいつは一体何なんだ」 八戒との会話を遮り、顎をしゃくって光球を示す三蔵。 羅昂三蔵が銃弾を止めるとほぼ同時に、三蔵に掛けられていた呪縛の術は解けていた。 こうやって話している間にも、光球の中の銃弾は一寸たりとも動かず、空中に静止したままである。 このような類の力は、流石の三蔵も目にしたことがない。 と、羅昂三蔵が朗々と謡うように言葉を紡いだ。 「『其は万物に生を与え、且つ死を齎すもの 流れること水の如く、捕らえられざること火の如し 見えざること風の如く、確固たること地の如し』 さて、これが何かお解りか?」 「・・・・・・・・・何だと?」 「この答こそが、私が『三蔵』たる所以であり、他の『三蔵』と一線を画す所以でもある」 そう言うと光球に左手を添え、毬を玩ぶようにコロコロと手の内で遊ばせていたかと思うと、 シュンッ |
「うをわっ!?」 ビシッ |
一瞬のうちに光は消え去り、それと同時に動きを止められていた銃弾は三蔵と悟浄の間の空間を切り裂き、寺院とは反対側の建物の塀に斜めに撃ち込まれた。 先程光球を回していたのは、戯れとしてではなく、そのベクトルの向きを変えるためだったのだ。 「・・・羅昂三蔵」 「羅昂で良い」 「なら羅昂、貴様、一体どういうつもりだ」 「言い出したのも、手を出したのも、貴公の方からだ。私はそれに対する答を出したまで」 |
「・・・何か、(どっちも)怖ぇ・・・」 「言ってる事に間違いはないんですけどね」 「・・・・・・(言えねぇ、八戒に似ているなんて絶対に言えねぇ)」 |
「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 無言で対峙する2人の『三蔵』。 と、それまで不穏な気配を放っていた羅昂が、不意に殺気を治め、深々と頭を垂れた。 「お待ち申し上げた、玄奘三蔵殿・・・そして供の方々。遠路遥々、よくぞ参られた。 当寺院を代表して心から歓迎する」 その変わり様に4人共(ついでにジープも)狐につままれたような顔になる。 その姿は、一瞬前まで凄まじい殺気を出していた人物とは到底思えない。 ふと違和感に気付き周りを見渡せば、通りは元のように人々で溢れかえり、夕刻特有の賑わいを見せている。 いつの間にか、空間に掛けられていた術は解かれていたらしい。 人々の表情に驚きなどはなく、三蔵達が閉鎖空間で戦闘を繰り広げていた間も、町の人々は何事も無く日常を過ごしていた事が判る。 そして先程の白狐――白輝、と呼ばれていた――も、その姿を完全に眩ましていた。 恐らくは、目には見えない状態で羅昂を守護しているのだろう。 「食事も部屋も用意させてある。じきに日没の刻となるゆえ、今日は当院に留まってゆかれよ」 そう言って羅昂は、数m先の正門(先の戦闘中には術で空間が区切られていたため、そんな物は見えなかった)へと歩き始めた。 4人も互いに視線を交わした後、羅昂を追って寺院に足を踏み入れる。 「――で、結局さっきのは一体ナンだったの?」 「三蔵の問いに対する答・・・真の『三蔵法師』たる証拠を示したと言っていましたが・・・何か判りましたか、三蔵?」 「・・・5つある経文は、以前にも言ったようにそれぞれ司る役割が異なる。 確かに、さっきの『力』は霊力によるものとは違った・・・だが、俺が聞いている経文の力とも違う筈だ・・・」 「えー、三蔵、判んねぇの?」 バッシ――ンッ 「っ 「『三蔵法師』は互いの交流が制限されていると以前言ったろうが!経文の力は互いに影響しあうんだ、簡単に確認出来るものじゃねぇんだよ!!」 「まあまあ三蔵落ち着いて。・・・さっき彼が言ってた言葉、あれがヒントということになりそうですね」 「 「そんな事言ってたっけ?」 「それは違う言葉です、悟浄。 ――『其は万物に生を与え、且つ死を齎すもの』・・・」 「『流れること水の如く、捕らえられざること火の如し 見えざること風の如く、確固たること地の如し』か・・・ この俺に謎掛けとは、いい度胸だ」 「もったいぶっちゃって、いけ好かねぇ奴・・・って、をわ!?」 「「「!?」」」 悟浄の叫び声に他の3人が振り向くと、いつの間にか悟浄の体を白い靄が取り囲んでいた。 「悟浄!」 「『白輝』か・・・!」 「悟浄、多分謝った方がいいと思う・・・」 「わ、解った、解った!スミマセン以後気を付けますから!!」 悟浄の返答に満足したのだろう、白輝は再びスゥ、と空気に溶け込んでいった。 今の白輝の行動が、羅昂が指示したものか、当人(当狐?)の意思によるものかは判らないが、どちらにしても、油断は出来ないようだ。 この邂逅で何が起きるのか、何が変わるのか。 それぞれ緊張した面持ちで、重厚な扉を潜った―― 僧正を始めとする寺院の僧侶全員の厚い歓迎を受けた三蔵+遠まわしに非難の視線を向けられた3人は、羅昂が用意させた夕食を平らげ、個々の部屋に入った。 そしてその夜半―― コンコン 「三蔵、起きてますか?」 八戒である。 起きてるも何も、まだ日付けが変わるまで1刻以上ある。ジジィじゃあるまいし馬鹿にしてんのかと思いながら(でも口には出さない)、三蔵は返事をした。 「起きている。用があるなら入れ」 カチャ 「失礼します・・・・・・あれ、貴方、灰皿持ってらしたんですか?」 部屋に入ってすぐさま煙草――流石に寺院の僧侶達の前で吸うわけにもいかなかった――を取り出したのだろう、三蔵に宛がわれた客間は、既にそこらじゅうに煙草の煙が漂っていた。 「わけねーだろうが。あったんだよ、初めから」 「・・・悟浄、灰皿が無いって嘆いてましたけど」 「知るか。好きなだけ嘆かせとけ」 「・・・この灰皿、値札シールを剥がした跡がまだ新しいですね・・・まさか・・・」 「鋭いな。私が3日前に調達した物だ」 「「!!?っ」」 不意に掛けられた第三者の声に、三蔵も八戒もハッとして扉の方を向く。 先程まで何の気配も感じられなかったそこには、いつの間にか、羅昂の姿があった―― |
羅昂三蔵の持つ『経文』の力が発動されました。ですが、この経文が司る役割は、まだ明確にはなっていません。 『何』を司るかは、羅昂の紡いだ言葉に表されています。 悟浄が言った(そして悟空と八戒にツッコまれた)言葉は、彼の有名な『風林火山』の一節です。 |
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