「なっ・・・・・・馬鹿なっ!!?」 凄まじい音と共に粉々に砕け散る封呪の枷に、珀乾は信じ難いと言わんばかりに目を見開いた。 「封呪の術を施した鎖が・・・?」 流石の三蔵も、驚きを隠しきれない。 「ヒイッ・・・」 凍て付くような気配を乗せた 年老いた陰陽師の目に映るのは、凝縮された羅昂の霊力か、それともその凄まじいまでの怒りが具現化したオーラか。 「父上、結界の強化を!」 珀辰から声を掛けられ、珀乾は慌てて祭壇に置かれた三鈷を羅昂へと向ける。 元々広間に施されていた結界――羅昂の経文の力の前では有って無きが如しだったが――の力を羅昂に集中させ、羅昂の しかし、 「っ!!?」 爆ぜるような音と共に、珀乾の手の中の三鈷もまた幾つもの金属片に成り果てた。 もはや力で抑えられるようなものではない、桁外れの霊力。 へたり込んだ珀乾に向かって、羅昂がゆっくりと歩み寄る。 「あ・・・あ、ぁ・・・」 「そうまでして強い力を欲するか・・・」 「父上!」 只ならぬ状況と捉えた珀辰が、珀乾を庇おうと駆け寄る。 それを察したのか、羅昂は珀乾の方を向いたまま、右手を珀辰の方へ軽く振り上げた。 その途端、 ドウッッ 『気』の圧力のみで、珀辰の身体を吹き飛ばし、のみならず、広間の壁まで打ち破ったのだ。 「珀辰!!」 今度は珀乾が、息子の身を案じて叫ぶ。 衝撃で気を失ったのか、ピクリとも動かない。 「ならば良かろう、そなた等の望むものを与えてやる」 温度の感じられない声音でそう言うと、懐から小さな珠を取り出す。 つかつかと珀辰の下へ近付くと、口を手でこじ開け、珠をその中へと捻じ込んだ。 気絶したまま、珀辰が無意識のうちに球を嚥下したのが、喉の動きで判った。 ――と、 「・・・ぅ・・・あ、うぁあああああっっ!!!」 絶叫と共に目をこれ以上ないくらい見開き、意識を取り戻したかと思うと、鎔けた鉄でも飲んだかのように喉を掻き毟り始めた。 それだけでは苦痛が治まらないのだろう、床の上を激しくのた打ち回り、足をばたつかせる。 あらん限りの力で床板を掻く爪先から血が滲むのが、傍目からも見て取れた。 「羅昂殿!一体何を――・・・!」 「見れば判ろう、私の霊力の欠片を珀辰殿に与えたまで。 ――尤も、身の丈に合わぬ力を一気に受け止めたがために、器が崩壊しかけているようだがな」 「そ、そんな・・・!」 その間にも、珀辰の狂ったような苦悶の声は、やむことなく響く。 鼻や口、耳からまでも血が流れ、羅昂の言葉通り肉体が崩壊しかけているのが明らかだった。 「これが、そなた等が欲したもの・・・強大な力を求めた浅はかさが招く、一族の末路だ。 血脈に頼り、血の濃さを追い求めた末に生まれた子は、一族の罪を背負う事を科せられ、決して幸せになることなどない・・・この私のようにな」 盲いた目に白銀の髪。 畏れられ、蔑まれ――そして一族を崩壊へと押しやった。 押し黙った羅昂の言葉を継ぐように、三蔵が畳み掛ける。 「誰かを犠牲にして成り立つ栄光など、虚構のものに過ぎん。そうまでしなければ成り立たない一族なら、今すぐ滅んじまえ」 「!―――」 己が信ずる道は、誰が為のものだったのか。 強大な力という栄光の果てに待つは、破滅しかないのに。 打ちのめされた珀乾は、ふと静かになった息子の方を見やった。 苦痛に抗う力すら尽きたのか、ぐたりと伸びた珀辰の四肢は、それでも時折痙攣を起こし、 だらしなく開かれた口から出た血反吐混じりの泡が、涙や鼻血と混じり、顔中を汚している。 這うようにして息子の傍に近寄った珀乾は、自分の手に負えない事を悟ると、羅昂に向かって平伏した。 「お許し下さい・・・どうか、お許しを・・・私が、私達が間違っておりました・・・ですからどうか、息子を・・・」 己が非を詫び、子の命を救ってくれと乞うそれは、只の一人の父親としてのもの。 「羅昂、そのくらいでいいんじゃないかな・・・」 「まあ、親の身勝手の所為で人生狂わされるって点では、気持ちは解らなくもないけどよ」 「・・・」 刹那、羅昂のまとう零下のオーラが鳴りを潜めた。 意外にも、悟浄の台詞が琴線に触れたらしい。 「・・・私とて、弱者を一方的に虐げるつもりはない。――見よ」 指し示す方向に視線を向けた悟空達は、あっと声を上げた。 呻き声を上げながら身を起こす珀辰。 苦痛に流れた涙と、苦悶に掻き毟った喉や指先の傷を除けば、その身体に先程まで見られた凄惨な出血は跡形もなかった、 「・・・・・・幻術か」 「然り。但し、あの者が苦痛を受けたのは事実だ。二度とあのような世迷い言を言わぬようにな」 「・・・計都を伴侶にと望んだの、根に持ってるんですね」 息子の手を取り、無事を確かめる珀乾に、羅昂は淡々と言う。 「――朧一族が私と妹を残して滅んだ原因は、私にある。 強過ぎる力を感情のままに解放し、御しきれなかったためだ。 そなた等には、まだ猶予がある。今なら、正しい道を選ぶことが出来る。 我が一族の二の轍を踏まぬよう、此度の事を その言葉に、老陰陽師は深く項垂れるばかりだった―― 領地の端の石碑の傍。 陽家の屋敷で客人として一夜を過ごした一行は、今度は堂々と徒歩で町を後にした。 最初とは打って変わり、当主自ら――流石に珀辰は傷の治療でそれどころではなかった――が先導に立って一行を町外れまで送り出したため、昨日派手に街道を爆走した一行であるにも拘らず、奇異の眼を向ける者は誰一人いなかった。 「いいのかおっちゃん、食料とか水とか、こんなにもらっちゃって?」 「貴方がたへの非礼に対する詫びと、血脈に盲信していた私達の目を醒まさせて下さった御礼です。どうかお納め下さい。 旅の御本懐が遂げられますよう、心からお祈り申し上げます」 「こちらこそ、広間の壁を壊してしまったのに、すいません。 御子息が一日も早く快癒するといいですね」 「その割にはお前、気功使ってやらなかっ・・・イデェッ!」 悟浄の呟きは、八戒が力一杯足を踏んだことで強制的に中断された。 自業自得で負った傷まで、こちら側が治療を施す必要はない。 「 見聞と視野を広めた上で、己に相応しい伴侶を見付ければ、次期当主として更なる成長が望めるでしょう」 「・・・そうか」 本心としては、明日の天気よりもどうでも良かったが、表面上は穏やかに返す羅昂。 取り繕うことを考えない三蔵に至っては、既にジープに乗り込んで煙草をふかしている始末だ。 これ以上社交辞令の遣り取りをしていては、そう長くない一行のリーダーの気に障る。 挨拶を切り上げ、残る4人もジープに乗り込み、星都の地を後にした。 「悟空、白輝の乗り心地は如何でしたか?」 「毛並みがサラサラで、スピードも超早かったし凄かった! あ、でも掴まっていないと振り落とされそうだから、やっぱ普段はジープがいいや」 「お、サルにしちゃフォローが効いてるな」 「俺サルじゃねえっ」 「煩ぇ」 「まーそれにしても、嫁さん一人選ぶのにも、ああいうところに生まれると苦労するんだねぇ」 「世間の若者が皆、僕等みたいな根無し草ってわけではないですからね。 伴侶の選定基準も、自然と親の影響を受けざるを得ないんでしょう」 ――まあ、常識もモラルもそれまでの生活も全て放り出して双子の姉と駆け落ちなんかするよりは、ずっとまともかも知れないですけど。 「でもさあ、ああやって陰陽師やってて、計都をお嫁さんに欲しいって言う奴は、他にもいるかも知れないってことなんだろ?」 「ばっ・・・おまっ!」 悟空の爆弾発言に、悟浄が冷や汗をかく。 羅昂のシスコン気質からして、その類の話にまともに答えるとは思えない。 そしてこの場合、怒りの矛先は白輝からの攻撃という形で理不尽にも自分に向けられる。 だが、悟浄の予想に反して、後部座席左端に座る人物からは、さも当然というような言葉が返ってきた。 「その通りだ。朧家の拠点である だが 何せ、5歳になる前には、己の伴侶を心に定めていたからな。 ――『おひさまのおよめさんになる』、と」 「へ?」 「へえ?」 「お日様・・・ですか」 「・・・・・・」 羅昂は見えない眼を、唯一目に映る『光』へと向ける。 4歳の冬、降り積もる雪の中、式神を使って日の出を『見』た彼女。 その冷たく激しい、目を射抜くような光に、彼女は将来の伴侶を見出した。 予言は、長い時を経て間もなく実現する。 「じゃあ、長安に戻ったら早速準備が必要ですね。この場合はやはり慶雲院で仏前式?でも計都が陰陽師なら神前式ということになるんでしょうか?もういっそ間を取って 「・・・ちょっと待て、一体何の話だ?」 「てゆーかどう間を取ったらそうなるワケ?」 「ああ失礼しました。まずは地固めといいますか舞台準備として、僕が海の見える土地にカフェを開く、そしてそこでプロポーズを・・・もちろん月給3か月分のダイヤの指輪は必須ですよね。そういえば三蔵法師の月給って幾らなんですか?」 「をーい、八戒さん、戻って来ーい」 「カフェダイニングって食べ放題?」 「いやダイニングじゃなくてだな・・・あーもう、ツッコミしきれねぇっ!羅昂、お前言い出しっぺならこのカオス何とかしろ!」 「・・・悪いが言っている意味が皆目解らん」 「だああああぁっ!!」 行く手を遮る敵を、蹴散らしながら―― |
第四話 ―了―
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あとがき ここも色々迷ったくだりでして、まず珠を飲ませる相手を父親にするか息子にするかというのと、あと死に至らしめるか否か(爆)という点。まあ死人が出ると後味悪いかなと思い、幻術ということにしました。雀呂の幻術のように、術に嵌った者は術者の思う通りの苦痛を味わいます。そして雀呂と異なり術者の目を見なくても良いのが凄いところ。 ラストの『おひさまのおよめさんになる』というのは、こちらをご覧いただければ。 |
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