悟空の言葉に、一瞬首を傾げる八戒。 確か、一番近い町までは後丸一日かかる筈じゃあ――? それとも、桃源郷全土に及ぶ地質の変化で自ら土地を捨てた者達が、新しく町を興したのだろうか? 「良かったじゃんかよ、これで今夜の寝床は確保出来たってことだろ?」 あと酒と女も♪と口の端を上げる悟浄。 「――どうしましょう、三蔵?」 「どうもこうも、行くしかねぇだろ」 「よっしゃ飯ー♪」 「じゃ、出発ですね。取り敢えずこの穴を迂回した後、悟空の言う方向へ進んでいきましょう。では――」 「待たれよ」 「まだ何かあんのかよ?」 「そうではないが、私だけ此処で降ろしてもらえないだろうか?少々気になるのでな・・・」 そう言って示すのは、巨大クレーター。 『術』が関係している以上、もしかしたら何か手がかりが残っているかも知れないし、ひょっとすると『術』による罠はこれ一つだけではないのかも知れない。 危険回避も理由の一つにあるのだろうが、自身に関わる事以外に関してはかなり無関心・無頓着であるといえる羅昂がこう言い出すのだ、やはり自分の得意分野となると食指が動くのだろう。 「悟空の言う町が此処から見える範囲にあるということは、さして遠いわけではあるまい。 どのみち私は宿に入るわけではないからな、先に行っておられよ」 「はあ」 何とも間抜けな返事を返してしまう八戒。 羅昂の言う通り、町に着けば羅昂は町を囲む簡易的な結界を張り、一晩中その外側で夜通し張り番をするのが習慣となっている。 そうしている間に、羅昂はヒラリとジープから飛び降りた。 振り向くと、悟空に向かって手を伸ばす。 「悟空、これを持っておけ」 「へ?」 「私が合流する際の目印だ」 そう言って悟空の手に落としたのは、爪くらいの大きさの水晶玉。 この薄暗がりでも仄かな光を放っているところを見ると、何らかの術を施しているらしい。 失くさないよう、ズボンのポケットの一番深い所へ押し込む。 悟空が玉をしまい込んだのを気配で確認した羅昂は、一つ頷くと、 「行かれよ」 そう言うだけ言うと、ジープの背後を回ってクレーターへと歩き始めた。 「気を付けて下さいね、羅昂」 八戒の言葉に、振り返るわけでもなくただ軽く手を上げるだけで応える羅昂。 ジープが走り出すと、その姿は瞬く間に闇に覆われていった―― 「さて・・・と・・・」 ウォーミングアップとばかりにコキコキと体の筋肉を解しながら、羅昂はクレーターの前へと歩を進めた。 おもむろに懐から取り出したのは、儀式の際に用いる短刀。 躊躇うことなくその刃に左手人差し指の先を滑らせると、滲み出る血で手甲をずらしてあらわにした右の手の平に それを地面にあて、常より長い呪文を詠唱した。 詠唱を終えた瞬間、地にあてた手の平を中心に光る文字と線で描かれた陣が現れたかと思うとそこから黄金の甲冑に身を包んだ人物が現れ、地面から手を離して数歩後ずさった羅昂の前でひざまずき、恭しく頭を垂れた。 正確にはヒトではない。羅昂の操る数多ある式神の中でも最も高位に在る、神の御業を操ることの許される者達の1人―― 「久しいな、 森羅万象を司る、式神の中でも最高位に位置する『十二天将』が一人。 土の属性を有し、地にまつわる事柄に長けた存在である。 「まずはこの大穴を元の平野に戻して欲しい。 それから、この近辺に設置されている術具があれば此処へ。 まだ発動中の術具は解除して持って来てもらいたい。良いか?」 勾陳は了承すると身を翻し、ヒラリと一跳びで大穴の中心に降り立つ。 そして身の丈より長い黄金の槍を何処からか取り出すと、それを大穴の中心に勢い良く突き立てた。 ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ・・・・・・ 緩やかな地響きが続いたのは僅かな間で、 巨大クレーターがゆっくり盛り上がっていったかと思うと、揺れが収まった時には、そこには周囲と変わらぬ大地が広がるばかりとなった。 地響きによって生じた砂埃の中から勾陳が現れ、再び羅昂の面前にひざまずくと、手にした物を恭しく掲げた。 ・・・陶板・・・呪符の一種?それも複数・・・ 呪符といえば紙のものが一般的だが、術の効果を長く維持させる時には木の板や金属板、そしてこのように陶板を用いる場合もある。 余談だが、羅昂が籍を置いていた寺院のある それはさておき、この陶板製の呪符。 素焼きの陶板に術者の血液を含む特殊な朱で真言をしたため、再び釜の中に入れて焼き付けているのが、羅昂には見えずとも判る。 真言の内容は、呪符の指定する範囲の上を特定の人物が通った時に、効果が発現する・・・先程羅昂がわざと発動させたのと同じ類のものだった。 この平野に、間隔を空けてばら撒き、攻撃対象が通過するのを待っていたということか。それにしてもこれは―― 羅昂の形の良い眉が顰められる。 「『土』を司る其方は、この陶板がいつ頃焼成された物か解るか?」 問われた勾陳は、一つ頷く。 淡々と告げられた内容は、その口調とは裏腹にとんでもないもので―― 800年前――!? 「これはこれは、神にいと近き存在と謳われる三蔵法師様にお越しいただけるとは、この上なき慶びにございます。 このような貧相な宿ではございますが、出来得る限りのおもてなしをさせていただきましょう。ささ、どうそこちらへ・・・」 日没からおよそ半時間後、 羅昂と分かれた三蔵一行は、悟空が見つけた町へと辿り着いた。 先の爆発があった場所からは南西に位置しており、平原と草原、森に接した豊かな場所で、成る程町があって当然といえた。 物陰でジープを降りると、ジープの変身を解かせる。 境界門に近付いて見れば、門から真っ直ぐ伸びる大通りは人の行き交いも多く、それなりに賑わっていた。 境界門で検問を受けた際に三蔵の身分は当然明らかとなり、早馬で伝令を受けた町長による案内の下、その町唯一という宿の敷居をまたぐ。 そこで宿の主人より受けたのが、先の歯が浮くような歓迎の言葉である。 『面倒臭ぇ』と顔に大書されている三蔵を尻目に、部屋へと案内する主人に宿の設備や周辺の飲食店・歓楽施設について次々訊ねる3人。 主人の隣に町長が並んで歩いているのは、この待遇が自分の指示である事を示したい為なのだろう。よくある事だ。 そうこうする内に、宿の最上階の最奥の扉の前で、主人と町長の足が止まった。 「こちらが当館で最も格が高いお部屋でございます。 大人数用になっておりますので、4名様でも各自一部屋ずつ寝室が割り当てられるようになっております。。 ささ、どうぞお入り下さい・・・」 扉を開けながら恭しく頭を下げる主人に促され、「・・・・・・」「失礼します」「おっ邪魔っしまーす♪」「うぃーっス」と入室する。 主人の言う通り、入ってすぐのリビングの壁に幾つもの扉が存在し、それぞれが個別の寝室となっているようだ。 紫檀のテーブルセットに青磁の茶器が用意されており、前時代的な感もあるが趣ある老舗旅館の一等客室といえた。 嬉々として扉を次々開け閉めする悟空とは対照的に、三蔵は艶のある紫檀の椅子にどっかりと腰を下ろし、悟浄はいそいそと大理石の灰皿を引き寄せながらもう片方の手で煙草に火を点ける。 八戒は宿に入った時のルーチンで水回りをチェックし始めた。 「それでは皆様方、ごゆるりとお寛ぎ下さいませ――」 「――永遠にな」 「――・・・え?」 ボソリと、聞こえるか聞こえないかという音量で発せられた町長の言葉に、最も入り口に近い場所にいた八戒が顔を上げた時、 自分達が入ってきた筈の扉は跡形もなく消え去り、只のっぺりとした白い壁だけがそこに存在していた―― |
ちょっとキナ臭くなってきました。 羅昂が事件の鍵を調べている間に、他の4人がピンチ。 囚われた4人を助けるべく颯爽と羅昂が登場・・・・・・するわけがないのです(^_^;)。 |
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