悠久の旋律





 横たわる人物は、三蔵達が近付いてもピクリとも動かない。
 この場所に身を横たえたのが自主的かどうかはともかく、何らかの原因で意識を失っているらしい。
 その傍の地面に、2匹の翼竜は降り立った。

「お前さんのご主人様か?」
「ピィ」

 この種の翼竜は知能が高いのだろうか、ジープと同様、話し掛ければ反応が返ってくる。
 人語を操ることが出来ない点もジープと同じだが、それでも悟浄に向かって小さく鳴くその様子を見れば、横たわる人物が翼竜の主人である事は容易に理解出来た。

「このナリだと、土地の人間じゃないようだな」

 その人物の旅装束を一瞥して、三蔵は呟く。

「じゃあこいつ、腹減って倒れたのか?」
「自分と一緒にすんじゃねぇよ猿!」
「見えるところに外傷はないみたいですが・・・取り敢えず病院に連れて行った方がいいでしょうね」
「チッ・・・・・・」

 八戒の提案に、三蔵が小さく舌打つ。
 それもそうだろう。他人によって自分の行動を邪魔されるのを、誰よりも嫌う性格なのだから。

「しゃーねーっしょ?流石に行き倒れを見捨てて死なせたら後味悪ィし」
「町へ行ってからもう一度戻って来ればいいじゃん」
「阿呆、あの土地は日が暮れてから踏み入ることは出来ないってのを忘れたのか」
「「あ;」」

 苦々しく言い放つ三蔵の言葉に、悟空と悟浄が思い出したというように声を上げた。
 城跡地の周囲に自生している植物は、夜になると特殊な花粉を撒き散らす。
 それを吸い込むと、悪夢にうなされてしまうという。
 つまり、目的が城跡地へ向かう事である以上、日が出ている間に行動するしかないのだ。
 昨夜、三蔵が悟浄宅を訪れた際にすぐ出立しなかったのはこの辺りの事情にあったのだが、今、町の病院までこの旅人を搬送して引き返すと午後になっているだろうし、城跡で調査を終える頃には日没を迎えてしまう可能性が高い。
 だが、悟浄が言う事も尤もで、このまま放って置く程三蔵も人非人ではない。

「しょうがねぇ、今日は町に戻る。八戒、ジープを出せ」
「判りました。・・・ジープ!」
「キュウ!」

 八戒の呼び掛けに、ジープは承知したといわんばかりに一声鳴くと、林道へと戻り、再び車の形態に変身した。

「ボサッと突っ立ってねぇで、とっととこいつをジープに乗せろ」
「おまーサマは命令するばっかで、ちったぁ協力しようとか思わねぇのかよ」
「ハン、こちとら予定をブチ壊されてるってのに、そこまでしてやるほどお人好しじゃないんでな」
「マジムカつく・・・」

 額に青筋を浮かべながら、それでも倒れている旅人を抱え起こす。
 背丈はざっと見て悟空と三蔵の中間程度だが、旅の中で充分な食料にありつくのが難しかったのか、その身体は上背の割には軽い。

「よっ・・・しょ」

 体をくの字に折らせて肩に担ぎ上げたその時、反動でマントのフードが頭から外れた。
 サラ・・・、と衣擦れにも似た音を立ててフードの下から現れた髪に、八戒は息を呑み、悟空は黄金(きん)()を見開く。

「・・・・・・!」
「すげぇ・・・」

 重力に従って垂れ下がる長い髪は、この地に於いてはまず見ることのない白銀。
 月光を紡いでできたようなその輝きに、眼を奪われずにはいられない。

「何?何かあんの?」

 足の方を抱えている悟浄に、当然ながらその美しい髪は見えていない。

「すげぇんだ!こいつの髪、銀色でキラキラしてんの!
 三蔵もこいつみたく髪伸ばせば?ぜってー綺麗だって!」
「金と銀で2倍の輝きですねぇ」
「・・・楽しそうね、お宅ら」

 むしろこの2人の目がキラキラだ。
 つーかそんな事言ったって、『ざけんな』か『死ぬか?』しか返って来ないの、解りきってるでしょーに。
 しかも、俺相手なら確実に弾丸まで返って来るよな。この差はナニ?

「・・・・・・・・・」
「・・・三蔵?」

 『ざけんな』も『死ぬか?』も返って来ることなく(返して欲しかったわけではないが)、銀糸の髪を凝視する三蔵に、八戒は訝しげに声を掛ける。
 だが、八戒の呼び掛けには応えず、三蔵は暫く眉間に指を当てて思案していたかと思うと、急にきびすを返した。

「「「三蔵?」」」

 三蔵が歩を進めた先は、先程まで銀糸の髪の人物が横たわっていた場所。
 その少し横に、彼の人物の物らしき荷物が置かれている。

「三蔵?どうしたんだよ?」
「荷物が一体・・・」

 旅装束をまとっているのだから、当然それなりの荷物はあって当たり前だ。
 それにこの最高僧様は、自ら進んで荷物をジープへ運ぼうなんて殊勝な考えの持ち主では決してない――もしそんな事があれば、桃源郷に槍が降っても驚くまい。
 その点を誰より知っている悟空達は、目を丸くして見入った。
 荷物、といっても大層な物ではなく、着替えその他諸々が入っているらしい布袋と――

「マジか・・・」

 布袋の横に、立てるような形で括り付けられた、長さ1m程の物体。
 紫の繻子に包まれ、房の付いた紐で縛られたそれは、旅の持ち物としては異彩を放っている。
 それを認めた三蔵は、唸るように呟くと、再び方向転換して、旅人をジープに乗せようとしている悟浄の下へ歩み寄った。
 傍で見ていた悟空と八戒には、何が何だかさっぱり解らない。
 取り敢えず荷物を抱え、三蔵の後を追う。

「三蔵ってば、こっち来るんならついでに荷物も運べばいいじゃんか」
「んなこと、手前(テメェ)がすりゃいいだろ」
「ぅわ出た、俺様発言!」
「あはははは、流石三蔵ですねぇ」

 口々に勝手な事を言う2人には目もくれず、後部座席に乗せられた旅人の様子を窺う。

「ホント、すげぇ髪だな」

 痩せ細っているとはいえ、人一人を担いだ悟浄は、コキコキと身体を解しながら、感心したように呟く。
 ジープに乗せられても旅人は目を覚まさず、衰弱の激しさが窺い知れた。
 その様子を一瞥した三蔵は、つと手を伸ばすと、顔を覆っている銀髪を払いのけた。

「・・・・・・」
「・・・へぇ・・・」
「・・・これは・・・」
「え、何、ちょっと見えねぇってば!」

 銀の髪の下から表れたのは、多少の汚れはあるが、息を呑むほどに美しい相貌。
 長旅でやつれた面差しは、性別の判断が付けづらく、しかしそのため菩薩像のように神秘的な雰囲気を醸し出している。
 年の頃は十代後半、恐らくは悟空と同じか僅かに上、というところか。

「――ジロジロ見てんじゃねぇ、行くぞ」
「あ゛?」
「さっさと病院へ行くって言ってんだよ、早くしやがれ!」
「あ、はい!」
「あ、待ってよ三蔵!」

 先程まで不承不承という態だった三蔵の豹変振りに3人は顔を見合わせるが、答えの見つからないままジープに乗り込む。
 後部座席左端に先の人物が乗せられたので、悟空は真ん中だ。
 計5人+1匹(旅人の翼竜)を乗せたジープは、山を降りて病院へと向かった――








 地理的には悟浄・八戒の家と慶雲院の中間辺りの地域。
 精密検査を受ける事を考慮し、規模の大きめの病院を選んで敷地内へと入って行く。
 到着すると、ジープから降りた悟浄が、再び旅人を担ぎ上げようと車体の反対側へと移動する。
 と、同じく助手席から降りた三蔵が、遮るように言った。

手前(テメェ)は触んな」
「はぁ?何言って・・・」
「馬鹿が伝染る。――八戒、お前が運べ」
「はぁ」

 伝染るもなにも、さっきは悟浄に命じて車まで運ばせたのだ。
 悟浄と八戒は互いの顔を見て、首を傾げるばかりだ。
 とはいえ、最高僧に逆らって無事で済むとも思えない(主に悟浄が)ので、指示通り八戒は銀髪の麗人を抱え上げる。
 と、ジープの中でも飼い主にぴったりくっ付いていた翼竜が、不安そうに八戒を見上げた。

「キュウ・・・」
「大丈夫ですよ、きっと元気になりますから。
 貴方はジープと一緒に、良い子で待っていて下さいね。」
「キュ!」

 流石に病院内へ動物は連れ込めない。
 1匹も2匹も同じなので、暫くは自分が面倒を見ることになるだろう。
 病院の緑化地帯へと連れ立って飛んで行く2匹を微笑みながら見送り、八戒は3人の後を追った――







オリキャラを発見して病院に運ぶだけで1頁費やすとは思ってもみませんでした。
お陰で全13頁(核爆)となる予定。
悟浄の扱いの酷さが如実に現れておりますが、当館に於いては今更なのでそこはサクッと(笑)。







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