聞き違いかと思った――思いたかった。 確かにジープは、かつて百眼魔王の宝物庫に収められていた宝具の一つであると聞いている。 三仏神の命により本来封印なりの処置をとられるところを、悟空の抗議と三蔵の『害はねぇだろ』という判断により、現在も自分の手元にあるというかいるというべきか。 因みに三蔵は、この件について三仏神に包み隠さず報告している。 その上で三蔵にも自分にも咎めがないところを見ると、三仏神も三蔵がジープを生かしておく事は予測していたと考えるのが妥当だろう。 それはさておき、先の件でジープと関わり合った自分達と三仏神以外で、ジープが百眼魔王の所有物だった事を知っている、ということは―― 「貴女は、百眼魔王と――・・・?」 知らず、声が上擦った。 彼の大妖怪率いる一族が桃源郷の半分近くの妖怪を支配下に治めていた事を考えれば、一族以外の者で百眼魔王に忠義を尽くす者がいてもおかしくはない。 まさか、この見目麗しい盲目の少女が、あの忌まわしい大妖怪の――? 「・・・その様子からすると、間違いないようですわね」 「貴女は、一体・・・」 「ご安心下さいまし。百眼魔王との関係を問うていらっしゃるのでしたら、私は直接関係しておりません。 あの 「・・・・・・」 やんわりと乞う口調だが、その実断るという選択肢は与えられていない。 けれどその気配に敵意や害意がないと判断した八戒は、雨の日に行き場の無かったジープを拾い、その後良き相棒として暮らしている事を話した。 「僕の知り合いが僧侶でして、その伝でジープが百眼魔王の宝物の一つである事、そして『禁忌の生き物』である事を知りました。本来なら封印される筈だったんですが、その知り合いの助力で、今も僕の手元で平和に過ごしているんです。 貴女がなぜジープの事を知っているのか、ジープをどうするつもりなのか、今度は僕が聞いてもいいでしょうか?」 「・・・・・・・・・」 沈黙を通す少女に再度呼び掛けようとして、少女の名を聞いていない事に気付いた。 これでは三蔵の事をとやかく言えないではないか。 仕方がないので気配で促すと、それを察したのか、少女は口を開いた。 「・・・その 「え・・・」 「その 「あ、あの」 コンコン 「失礼しまーす。目を覚まされました? 巡回していて自分達の話し声を耳に拾ったのだろう、自分にとっては何とも拙いタイミングで看護師が入って来た。 だが、この場に居座るわけにもいかないので、30分程したら戻ると少女に告げ、八戒は病室を後にした。 病院のロビーへ降りると、近付いて来たのは、紙袋を抱えた悟浄。 心なしか、疲労の色が窺える。 「お帰りなさい、ご苦労様でした。悟空は?」 「ジープ達をここに入れられねぇから、猿を番代わりに、敷地内の庭で遊ばせてる。 ・・・買い物一つでこんなに疲れたの、初めてカモ」 「ナプキンはお店の人に言えば用意してもらえたんでしょう?」 「アホ、問題はそれだけじゃねぇんだよ。下着が必要だろうが」 「あ」 男が女性の身の周りの世話をするのが如何に難しいか、思い知らされる瞬間だった。 診察を終えた少女の病室へ戻り、悟浄を紹介すると共に少女の名を問うた。 特別個室なので、表に名前は張り出されないのだ。 「――・・・ 「では葛葉さん、医師の診断では、貴女の栄養状態が回復するまで、数日間は入院しておく必要があるそうですが、その後は一旦僕達の家を宿代わりにして下さい。誓って貴女を傷付けることはしませんし、ここにいる悟浄がそのような真似をしかけたら、僕が親友として責任を持って葬り去りますから」 「待て待て待て待て、お前俺の事ナンだと思ってんの、ってか葬り去るって;」 「もちろん、貴女も遠慮はせず、この人が手を伸ばそうとしたら指を切り落とすくらいしてもいいですよ」 「待て待て待て待て、それじゃ俺がケダモノみたいじゃねーか。しかもこのテクニシャン悟浄様の指が1本でもなくなったら、うちの収入ガタ落ちだって;」 「――で、先程聞きそびれましたが、何か目的があって長安に来たんですよね? 親戚のお家・・・とか?」 「無視かよ!」 「・・・最終的な目的は、親戚、ではありません・・・それに、今の私には、何の足掛かりもない・・・まずは、その足掛かりを組むことから始めなければ・・・」 「「・・・・・・」」 やはり、詳細を語るつもりはないらしい。 ただ、行くべき所があり、そのための下準備が必要である、その事は分かった。 言いたくないのを無理に聞き出そうとすれば、彼女はここを離れ、再び危険な一人旅に出るだろう。 なら、暫くは干渉せずに傍で見守っていけば、やがては話す気になってくれるかも知れない。 そう判断した2人は、一瞬視線を合わせて頷きあった―― あれから10日―― 治療とリハビリを終えた葛葉は、晴れて退院し、悟浄と八戒の家に住む事になった。 家主達は客人のつもりだったが本人がそれを良しとせず、八戒の行きつけのレストランで胡弓の演奏をして、収入を八戒に渡すことで双方合意した。 この家の財布の紐を握るのが家主である悟浄ではないと勘付く辺り、結構聡いといえる。 共同生活にも慣れたようで、見えないなりにも八戒の家事の手伝いまで行うようにもなり、休日に訪れた悟空に菓子を作ったりもした。 旅暮らしが長かったせいか、洗濯機等の機械類の扱いは、一から使い方を教える必要があったが。 「葛葉さんは、いつから旅を続けているんですか?」 「・・・10歳の、秋からですわ」 「それは長いですねぇ・・・ずっと独りでですか?」 「いえ・・・運良く旅芸人の一座に加わることが出来たこともあります。 ただ――妖怪や盗賊山賊に襲われて、散り散りになったことも・・・」 「そうですか・・・すみません」 「謝ることはありませんわ」 一緒に暮らしているうちに、おぼろげながら彼女の旅の経緯が分かってきた。 どうやら桃源郷内でも北方に位置する国の出身らしく、長旅を経てもその肌は常に白い。 およそ7年前から国元を離れ、あの翼竜――アスコット、という名だそうだ(笑)――と旅を続けてきたという。 やはり一人旅は危険ということで、旅芸人一座のような流浪の民の集まりに身を寄せた時期もあるらしい。 結果、故郷の国から真っ直ぐ長安を目指したのではなく、かなりあちこちを巡り歩いたようで、長安に辿り着くのに相当の年月がかかってしまった理由は、ここにあると思われる。 そして、旅暮らしで身に付いた習性か、どんな時も女性らしい格好をすることはなく、外出時は北方の民族衣装らしい体の線を隠す着物をまとうことが多かった。 元々中性的な顔立ちであるのと相まって、ますます性別の判断がつけにくい。 髪を結い上げてスリットの深いチャイナドレスでも着りゃもっと客の目を引くのによ、と呟いた悟浄が八戒からぶっ飛ばされたのは、また別の話。 「――というのが、今のところ彼女に関して分かった事です」 「・・・・・・それをなぜわざわざ俺に報告する」 「いぃええぇ、わざわざだなんて。家庭教師に来たついでですよ、ついで」 「・・・(嘘臭ぇ)・・・」 「それにしても三蔵も、どうして葛葉さんに自分が昔逢っている事を言ってあげないんです?」 「言ってどうするんだ。茶でも飲みながら昔話に花咲かせろっていうのか。 阿呆らしい、半日同じ空間にいただけの人間とンなことしていられるほど、俺は暇じゃねぇんだよ」 「はぁ・・・」 その日はそれで打ち切りとなり、八戒は帰宅の準備を始めた。 寺院を出て一つ角を曲がった場所――塀の傍に大木があり、影を作っている――でジープを車形態に変身させると、それに乗り込んだ八戒はアクセルをふかした。 「この時間だと、丁度タイミングが合いそうですね」 商店街を走りながら呟く八戒。 普段、葛葉は演奏のアルバイトが終わると、自分達の家がある林の入り口まで乗り合い馬車に乗り、そこからアスコットを変身させて帰宅する。 アスコットもジープ同様知能の高い竜なので、店からでも目の見えない葛葉を乗せて帰ることは出来るが、店の女将が葛葉を気遣って店の外まで見送りに来るので、それが叶わないのだ。 そして今日のように、八戒の家庭教師のバイトがある日は、八戒が慶雲院の帰りに葛葉を拾うことにしている。 それが、葛葉がアルバイトをするにあたって双方で話し合った方法だった。 「あぁ八戒さん」 葛葉のバイト先である店の裏口をノックすると、人の良さそうな女将が顔を出した。 アルバイトの終業時刻より早く着いた時は中で待たせてもらうのだが、今回は葛葉の方が待っている筈、そう思っていたが、 「今日はお客様が自分の家のサロンで演奏して欲しいと言ってきて、葛葉ちゃんも是非行きたいと言うもんだからOKを出しちゃったの。遅くなるから、今夜はあちらで泊めて下さるそうよ。 八戒さんに断る前に決めちゃって申し訳なかったけど、身元のきちんとした人だから大丈夫だろうと思って――・・・」 |
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7頁目にしてやっとオリキャラの名前判明(笑)――と思いきや、あれ?と思われた方は正解。そう、香月が普段桃源郷編の話で使用するオリキャラの名前と違うのです。 そして彼女が飼う翼竜の名前も初めて出てきました。馬に変身するのでアスコット(笑)。解る方は笑って下さいな(アスコット・・・イギリスの有名な競馬場の名前。アスコット・タイの語源もここから来ているのです)。 |
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