Shinning sun and brilliant moon





 「どーなってやがんだよ、これ!?」

 遥か300m先で屍になっていた悟浄が戻って来てみれば、何故か地面に横たわっている三蔵と、固い表情で傍にひざまずく八戒・羅昂。
 八戒が脈や呼吸・体温を、羅昂が『気』の流れを診るが、その間も、紫暗の瞳を覆う瞼は一向に開かれる気配がない。

「・・・体温は正常よりやや低めな程度、脈や呼吸も落ち着いていて乱れはないようですが・・・何といいますか、これは・・・」
「・・・眠って、おられる・・・?」
「そう考えるべきでしょうね」
「眠ってる?この状況でか?んなバカな」
「というより『眠らされている』と言った方が正しいかも知れんな」
「つーか俺、なーんも状況判ってないんだけど?」
「僕達にだって判りませんよ。この木の根に埋め込まれていた『物』を悟空が・・・、っ!」

 そこまで言いかけて、八戒は重大な事に気付く。

「悟空・・・・・・」

 ゆっくりと、恐る恐る背後を振り返る。
 八戒と悟浄の視線の先、大木が倒れたために抉れた地面の傍、見えるのはマントを羽織った小さな肩。
 斜め後ろから見ているため、その表情を窺うことは出来ない。
 事の経緯が把握出来たわけではないが、先程の物体が三蔵のこの状態と関係しているのは火を見るより明らか。
 となれば、その引き金が悟空の行動であることは、否定出来ない事実となる。
 間接的とはいえ自分が三蔵を傷つけてしまった事で、この少年は再びその心に深い傷を負うのだろうか?

「おい・・・」

 知らず、悟浄はゴクリと喉を鳴らす。
 そこにいるのは決して短くはない月日を共にしてきた弟分か。
 それとも過去二度に亘って対峙した、殺戮に悦楽を見出す化け物か。
 悟浄の呼び掛けに反応したのか、俯き加減だったその顔がこちらへ向けられた。

 どっちだ――?

 (あか)(みどり)が見つめる前で、黄金(きん)の瞳の持ち主はしっかりとこちらを見据えた。
 その輝きの強さに、2人は安堵する。
 その心中を他所に、悟空は何かを抱えながらこちらへと走り寄り、

「羅昂、これ・・・」

 そう言いながら羅昂の前へ差し出されたのは、先程の物体。
 不器用ながらも元通りに紙で包み直し、発光した面を下に向けて羅昂に手渡す。
 原因を突き止め、状況に応じた対処をする。
 以前はどうすればいいのかと八戒に訪ねていた悟空が、今度は自身の考えで最良と思われる行動をとった。

 ――猿も、成長してるってわけネ・・・

 もちろんそれは、唯一人の為だからこそなのだが。
 その精神の揺るぎのなさに、悟浄にも煙草を吸う程度の余裕は出てきた。

「んで?何よ、ソレ?」
「さっきの木の根に包まれていたといいますか、喰い込んでいた物です。この紙が破れた途端、中から光が射して三蔵を――」
「そんでいきなりおねんねってか?マジかよ・・・」
「羅昂、これをどうにかすれば、三蔵元に戻るんだろ?」
「そこまでは判らないが、これが鍵であることは間違いなかろう」
「そういえば、貴方さっき何か言いかけていましたね・・・」

 物体が落下するのとほぼ同時に聞こえた、『玄奘殿、それは――!』という声。

「これが何か、知ってたんですか?」
「中の物が何かは判らないが、この紙・・・封呪の真言をしたためている」

 そう言って、物体を包む紙を示す。
 目は見えなくても、呪符などの特殊な気を放つ物は判別がつくらしい。

「それにその大木――」

 そこまで言いかけた時。

「!・・・これは・・・何とした・・・」

 幾多の足音と共に背後から聞こえてきた第三者の声に、全員がそちらを振り向く。
 そこに立つのは、羅昂と同じような袈裟をまとった僧侶と、数人の薄墨の衣を着た修行僧らしき者達。
 大した荷も持っていないところを見ると、この近くの寺の僧と窺えた。

「・・・あなた方は・・・?」

 通り掛かりでないとすると、目的は唯一つ――この物体。
 つまりはこれが何であるか、その鍵をこの人物が握ると判断した八戒は、警戒しつつも慎重に切り出した。

「私は此処から南の方角にある月安寺の僧で法禅と申します。後ろの者達は我が弟弟子――そちらにお倒れの方は、もしや――」

 その言葉に、八戒の後ろにいた羅昂が歩を進め、凛とした声で答えた。

「長安より西行の旅の途中にあらせられる玄奘三蔵法師殿だ。この物体に依って妖しの術にかけられた様子・・・そなた達、心当たりがあられるようだな?」

 羅昂の、丁寧だがどこか居丈高な感のある口調に、法禅と名乗った人物は一瞬不振げな顔を見せたが、その額を飾るチャクラの存在を認めた瞬間目を見開き、深々と頭を下げた。

「仰る通りで・・・その御手にあります物は、今より十代ばかり前の住職らの手により封印された魔鏡。我々はその封印が解けぬよう見守る役目を担い、今日まで参りました――ですが、先程異変を感じ、駆け付けてみればこの有り様・・・」
「それって職務怠慢って言わねぇか、あぁ?」
「悟浄」

 喧嘩上等と言わんばかりの悟浄を、八戒が押し留める。
 今は何より、情報の収集が最優先である。

「この中身は、鏡なのだな?」
「左様でございます」
「おっちゃん達、三蔵を元に戻せんのか?」

 おっちゃんと言われて鼻白む弟弟子をたしなめ、法禅は重々しい口調で答えた。

「その方法を知るのは僧正のみ。私が今ここで三蔵様を・・・玄奘三蔵様をお助け申し上げることは、誠に不甲斐無きことではありますが――」

 全くだ、という台詞を心の中だけで吐くに留め、玲瓏な声音は、しかし威厳をもってきっぱりと言い放たれた。

「ならば、僧正殿に目通り願いたい」

 その足元に横たわる人物と同様『神に最も近き者』の印を額に持つ者に、一介の僧侶が逆らえる筈もない。

「・・・承知致しました・・・」

 自分達よりも二回りは年上であろう者が平伏さんばかりに頭を下げる姿に、羅昂もまた『三蔵法師』であったと改めて実感する3人であった――








「今より遡ること300年前の事と聞き及んでおります――」

 法禅の案内で僧正の私室へ通された4人は、三蔵を隣の客間に寝かせ、僧正に事の次第を話すと、僧正はおもむろに語りだした。
 事の起こりはこうだった。
 寺に一人の女性が現れ、手にしていた白木の箱を差し出した。

『これは、何の故あってか我が家に古くから伝わる魔鏡でございます。どうかこれを、僧正様の御手により封印していただきたいのです――』

 女性は自身を没落した貴族の末裔と名乗り、魔鏡の納められた箱と古文書一巻を当時の僧正に託して寺を後にした。
 古文書には魔鏡の謂れが書き記されていたという。

「そして、当時の僧正は検討の末、封呪の真言をしたためた紙で魔鏡を包んで土の中に埋め、その上から神木の苗を植えたのです。
 長い年月の間に木は成長し、その根は魔鏡を幾重にも包み込む・・・仮にその木が朽ちたとしても、若い芽が周囲から育ち、更に根を広げる――繰り返される大自然の循環の中で、悪しき力は永久に封じ込められると考えておったのですが――」
「その神木を、僕達が倒してしまったわけですね――」

 直接の原因は、先の妖怪の自爆なのだが。
 それも自分達の抹殺が目的である事を考えれば、やはりその責は自分達にもあると思う。

「羅昂は、あの木が神木であることを知っていたようですね?」

 先程、法禅の出現によって遮られた台詞を思い出す。

「周囲の木とは、明らかに沁み込む『念』の様子が異なっていた・・・節目の行事の都度祈りを捧げられて育った木でなければ、あのような『気』は発し得ない」
「流石は三蔵様、そのような事までお解かりになるとは・・・」

 羅昂が陰陽師の血を引くことも知らずに感嘆の声を洩らす老僧正に、羅昂は見えない目を眇めながら抑揚の感じられない声で返した。

「何分にも役に立たぬ目を持つ身故、自ずと気配には聡くなる」

 実際には言葉では表せないほどの辛い修行で培ったものなのだが。

「!・・・左様でございましたか・・・これは失礼を――」
「それで、玄奘殿を術から解放する手立ては?」

 謝罪の言葉など殆ど聞き流し、必要な情報のみを求める羅昂。
 時間が経つほど、事態の収拾が困難になってくるからである。

「はい。古文書によると、こうあります。
 『一対の鏡(これ)在り・・・』――」
「一対?んじゃ、同じ物がもう一つあんのかよ?」

 人の話を遮る無礼を自覚しつつも、つい悟浄は疑問を口にしていた。

「そのようでございますな。ただ、その片割れとなる魔鏡は、つい最近破壊されたと聞き及んでおります――3、4年程前でしたかの・・・」
「!!っ・・・・・・」







話の途中ですが、ここで改頁(一番話の腰を折っているのは香月という;)。
三蔵様はここから最終頁まで眠ったままです(爆)。
こちらでも書いているように、このシリーズはリロードの雀呂編以降の時系列としております。なので、暴走悟空との対峙は、六道編と砂漠編の2回のみで、ヘイゼル編はノーカウントです。ご了承の程を。
そして魔鏡というのが今回のキーワード。
さて、『もう一つの魔鏡』に心当たりのある方はいらっしゃるでしょうか?(怪笑)







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